表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

闇ギルドの受付嬢まとめ

『MASRACは無課金詠唱を逃さない!』徴税官マルサ 魔術詠唱協会

魔術詠唱管理団体『マスラック』のマルサ=カンリ


今日も魔導電卓を睨んでいた。

「107語……昨日より3語増えてるわね」

カチカチとキーを叩く小気味よい音が、薄暗い事務所に響く。

電卓のパネルには通貨単位が刻まれていた。

『107ギル』


「はぁ……どこまで長くなるのよ」

ため息が漏れる。

この数字が示すのは、ある魔法使いが唱えた呪文の長さ。

そして納税義務額でもある。

魔法詠唱1語につき1ギル──マスラックの根幹だ。

つまり、言葉が長くなるほど財布は軽くなっていく。


「何度言っても詠唱を短くする気がないのよね……あの爆裂魔法の子」

机の端に積まれた未納通知の山をめくると、件の名前がまたあった。

『納税者:コウマ 詠唱内容:「爆裂…〜以下略」』

「正式書類で略しちゃダメでしょ」


通常の魔法詠唱の単語数を大きくオーバーした詠唱。

書類フォーマットが追いついて無い。

これでも平成の脱税王ガブリエのために拡張した枠なのだが……


■ガブリエ

魔法体系を無視した長文詠唱により、マスラック創設のキッカケとなった。

今では『長文詠唱ドラグ教の始祖』とされ社会科の授業で習う。

ドラグ教の信者を炙り出すのは簡単だ。

ある一説を口ずさむと今でも始祖の長文暗唱が出来るという。

彼女との納税バトルも、もう30年前の話しだ。

旧姓はインバースだったか。



コウマは始祖の再来にも思える。

「新しい時代ね……」

懐かしそうに呟いた。

マルサもそろそろ名前が変わる。

古いしがらみは捨てても良い頃だ。


椅子から立ち上がり書類を鞄に放り込む。

目指すは魔術都市アドリブハラ。

明日からは詠唱コンテスト――魔導士たちの無課金詠唱が空を舞う季節である。


「どうせまた『芸術だから非課税にしろ』とか言い出すんでしょう」

本来は、教育や芸術利用は無課税だ。

しかし、無駄に詠唱を長くするだけ

公共性が無いコンテストに適用する理由は無い。


――


中央快速馬車から黄色い各駅停車に乗り換えアドリブハラ駅で下車。

ドアを開けると街の空気が華やかだった。

浮かれた雰囲気の中、コンテストのポスターが至るところに貼られている。

『目指せ前人未到の千語!詠唱のその先へ!』


「1回千ギル納税する覚悟はあるのかしら?」

呆れながらも確実に会場へ向かう。

今日は、どんな長文詠唱も逃さないハンターだ。

「さてっ、今日も取り立てますか」

ローブの内ポケットに忍ばせた白紙の納税書が出番を待っている。


──中央通りは歩行者天国だった

賑わいを極めていた。色とりどりの魔法陣が輝く空。

メインステージには次々と魔導士が登壇する。

魔法と詠唱の長さを競い観客席は満員だ。

老若男女、魔族から人間までドラグ教の幅広さを実感出来る。


観客のドラゴニュートが興奮して叫ぶ。

「すげーな!人間だけど詠唱の長さは魔族にも負けないぞ!もっとやれ!」


マルサは広場の端で、席には座らず観察を続けていた。

「詠唱はロマンじゃない納税対象よ」

彼女の心は常に徴税の手続きと未納通知の山でいっぱいだ。


そんな中、ひときわ大きな拍手が巻き起こる。

始祖の再来とも言われるコウマ

彼女はマイクを握ると、にやりと笑う。

「みなさん!魔法と言えば爆裂魔法です!今日もいきましょう!」

そして、通常の爆裂魔法には無い即興アドリブの長文が始まった。


――我が魂、かの紅蓮に染まりて未だ燃え尽きず

~~錆びついた秩序を灼き尽くし、腐敗せし課税制度を灰燼に還せ

紅蓮爆葬魔法!――


「やっぱり更新してきたわね」

数字を書き込み簡易納税書の準備をする。


空に炎が弾け観客席が熱狂の渦に巻かれる。

興奮した観客が口々に叫ぶ。

「記録更新だ~!」「さすが新世代はキレが違う」「気絶してるの運んでやれ~」


――


……「コツン」

熱狂していた会場が足音1つで静まった。

ステージに1人の女性が上がる。


観客席が両手を合わせ祈りを捧げ始める。

――ガブリエ

教祖様だ


壇上に上がると信者達をゆっくりと見回す。

「っっっツ!」

ふと視線が合うと顔が止まり微笑まれた。


だが飛び出す訳には行かない。

彼女は代表としてコンテスト開催申し込みにより、道路使用許可を出した警察から納税されている。

これからの1回は脱税では無い。


かつての旧友ライバルとの再会に下唇を噛む。

ガブリエは飽きたのか視線を外し演目へと進んだ。


――


会場全体で経典が詠唱される。

コンテストのメインイベントだ。

太陽が傾き街中が黄昏に染まる――


しかし、やっと終わるかと思われた時に会場がざわつき始める。

――終わらない


経典の続きがある。

その詠唱は単なる呪文ではなく、一篇の詩のように複雑で奥深い。

聴衆はその長大な詠唱に息を呑み魅了されていた。


マルサはメモ帳を開き、淡々と詠唱の語数を数える。

「千語を超えた……これが今のガブリエ」

年を取っても留まるところを知らない長文詠唱への研鑽。

尊敬の念さえ抱きそうになる。


ゆっくりと

『物語の終わりを子供に言い聞かせるかのように』ガブリエが詠唱を終えた。

通常の激しい爆発では無く、空へとドラゴンが舞い上がって行く幻想的な魔法。

ドラグ教の最新詠唱


一瞬の沈黙の後

再び会場が盛り上がる。


今は平成では無く令和なのだ。

それは経典の新約と言えるだろう。


――


コンテストも終わり

帰り支度をする中、マスラックの役人たちが出口を封鎖。

未納者への取り立てを始めた。


「詠唱の長さに比例した課税は違法だ」

と参加者は主張したが、マスラックは合法なのだから敵う訳も無い。

マルサは帳簿を手にコウマに近づいた。

「あなた未納額が膨大よ。納税しないと差押えになるわ」

コウマは肩をすくめて言った。

「これが私の詠唱、誰にも止められない。それに借金には誰かさんのせいで慣れてます」


この子には何を言っても響きそうもない。

とりあえず今日の分の納税書を手渡した。

コウマは太陽に透かしてみたりしながら興味無さそうに去っていった。

「あれは払わないわね」

新しい催促状の作成を準備しておこう。


――


──夜の帳が魔術都市アドリブハラを包む頃。

会場裏手の小さな広場にてマルサとガブリエは向き合っていた。

「昔の爆発魔法では無いのねリイナ」

マルサの声はいつもより穏やかだった。

どこか親しみを感じさせる。

今は、あくまで個人として接触している。


ガブリエが昔では考えられないほど真面目に答える。

「詠唱は文化。でも納税は義務。私たちはその間で揺れている」

マルサが思わず声を失う。

納税に理解が無いと思っていた。


「でも今日は警察が払ってくれるから、わざとめちゃくちゃ長くしたわ」

昔ながらの悪そうな顔で笑う。

「払ってくれなければステージに飛び出していたわ」

マルサも昔のように軽口で返す。


「魔法って言うのは自由にやらせてほしいのよ」

ガブリエは代表として言った。

「どれほどの情熱と個性を持っているか私もわかってる。だけど秩序も必要なの」


「秩序ね……厳し過ぎると魔法が死んでしまうわよ」

「それは、私も同じ気持ち」

「マスラックを背負っても、詠唱の美しさや自由を否定したくはない」

2人の視線が交わる。

共に魔法を愛する気持ちは同じだと気づいた。


マルサは温めていた計画を切り出す。

「詠唱の長さに応じた税率の見直しとかどう?」

ガブリエは目を丸くし、しばらく考え込んだ。

「……そんなことができるの?」

「私たちには力がある」

マルサは断言した。

管理団体の利権は伊達じゃない。


夜風に揺れる魔法灯が2人を優しく照らす。

「そうね、信者たちにも言ってみるわ」

ガブリエは微笑み続けた。

「明日の結婚式でも友人代表として、ちゃんと詠唱するわよ」

「それを聞いて安心した」

マルサも笑顔で応えた。


「マルサも名前が変われば丸くなるかもね」


――


華やかに飾られた結婚式場。

集まった友人知人たちの顔に幸福が満ちていた。

「本日は皆様にお集まりいただきありがとうございます」

司会者の声が響き渡る。

マルサは華やかなウエディングドレスに着替え、少し照れたように微笑む。

「私たちの門出に、こうして皆さんが集まってくれて本当に嬉しい」


食事と談笑が続く中、正面のドアが雑に「ドンッ」と開かれる。

「お祝いの魔術詠唱、させてもらうわよ」

ガブリエが姿を現した。


長文詠唱の教祖の出現に新婦側の参加者がざわめく。

出席者の半数がマスラック職場関係だ。

マルサが手で落ち着いてと合図をして言う。

「友人代表を呼びました。宿敵ライバルとも言えますけどね」

笑えない冗談に、会場から乾いた声が聞こえる。


ガブリエが深呼吸をしてから、長文の詠唱を始める。

「風よ、我らの祝福の声を運び、光よ、未来を照らせ……」

詠唱はまた千語を超え、会場の空気が魔力で満ちていく。

しかし、職業病なのか参列者達は静かにメモを取り課税額を計算し始める。


夢のような光と風の祝福魔法だった。

やはり魔法の実力は世界一とも言えるだろう。

夢でも見ていたかのような結婚式魔法が終わる。

「詠唱1300ギル、課税対象です」

うっかり若い徴税官が声に出してしまう。


「やっぱりここでも!」

ガブリエが会場から泥棒のように機敏に逃げ出す。


マルサは苦笑いしながらも立ち上がり、控室から財布を準備した。

「今回は私が立て替えるわ」

会場は笑いに包まれ、祝福とともに魔術と課税の複雑な関係は続く。



──こうして、魔術詠唱課税は終わらない。

緩やかに改善の兆しが見える……のか?










長編を短編化し

登場人物もコメディ寄りになりました。

かなり話がトントン拍子です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ