第3話
* *
【少女記者の勘】
海戦記念広場で「ディプトン週報」を売ってるサッシュって人は、ちょっと無愛想だけど親切な人だった。新進新鋭の街頭商人って感じね。まだ助手らしいけど。
売り上げの秘訣を聞いてみると親切に教えてくれたし、本当に正攻法って感じだった。うちの雑誌のことをよくわかってくれてる。なんだか嬉しい。
こういう人ばっかりだったら、もっと売れるのにね。
でもこのサッシュって人、なんだか不思議だった。
まともに学校に行ってないって話だけど、かなり博識な雰囲気がある。話したこと以上に、もっといろんなことを知ってる気がした。
歳は私より少しだけ上っぽいけど、ずっと年上のような印象。
物腰も穏やかで、荒っぽい下町の人とは住んでる世界が違う感じ。お医者さんや学校の先生みたいな雰囲気で、すごく落ち着いている。
まあ言い方がちょっとどうかと思うことはあるし、私を子供扱いしたところは減点材料だけど……。真面目で妹思いの優しい人みたいだから、そこは勘弁してあげようかな。
うぅん、気になるわ。とても気になるわ。
これはもう記者の勘ってヤツね。わかんないけど。
よし。ついていこう。
* *
「だからなんでついてくるんだ」
俺はまとわりついてくる自称記者の人を、なんとか振り払おうと頑張っていた。
メリアナは俺の隣を歩きながら、当たり前のような顔で答える。
「だって女の子の一人歩きは危ないから」
「商店街は大丈夫だろ。まだ昼間だし」
左右に雑貨店やパン屋やカフェが並ぶ大通りを歩いていく。
首都なのでこんな区画も石畳で舗装されており、町並みはオシャレだ。馬の糞とか紙くずがあちこちに転がってるけど、死体は転がっていないので治安は良い部類に入る。
「ただし昼間でもスリや万引きはそこらじゅうにいるからな。気をつけろよ」
「私だって記者なんだから、それぐらい知ってるわよ。妹さんを迎えに行くのも、それが理由でしょ?」
「ああ、そうだよ。うちは親父が病死してて、兄貴も軍隊にいる。男は俺一人だから、俺が家族を守らないとな」
前世は一人っ子だったので、兄妹がいるのは悪い気分じゃない。
「お兄さんは将校とか?」
「ただの兵卒だよ。北部のどっかの要塞にいるらしくて、たまに手紙をくれる。お袋は紡績工場の女工なんだが、妹の学校が終わる方が早くてな。おっと、ここだ」
廃業したパブを改装した学校の前で、俺は立ち止まる。
そして首を傾げた。
「あれ?」
「サッシュ兄さん!」
十四歳になったばかりの妹が元気に飛び出してきた。母と一緒だ。
「母さん、こんな時間に珍しいな。仕事は?」
「よくわからないんだけど、工場の機械が止まっちゃったらしくてねえ。今日は早じまいだから迎えに来たんだよ」
工場帰りの母はそう言い、メリアナを見た。
「おや、そちらのお嬢さんは?」
「あっ、はじめまして! 私は『ディプトン週報』の記者、メリアナ・ワーナードと申します。サッシュさんにはお世話になっています」
礼儀正しく挨拶するメリアナ。
「これは御丁寧にどうもね。あたしはサッシュの母のリンダ。こっちは末っ子のシスナですよ」
母も丁寧に挨拶し、妹がそれに続く。
「あっ、兄が、お世話に、なってます! シスナです!」
「はじめまして、シスナさん」
女性三人の挨拶をぼんやり見ている俺。
すると母と妹が顔を見合わせ、そっくりの表情で笑った。
「サッシュにもそういう人がいたんだねえ」
「ダッジ兄さんにも教えてあげないと」
なんか誤解があるような……。
俺は咳払いをした。
「この人とは今日が初対面だからな。仕事の取引先の人だよ」
「ふぅん」
妹の視線が俺とメリアナを往復している。完全に面白がっているな、こいつ。
俺たち家族は面白いだろうが、メリアナにとっては不快だろう。俺は真顔で首を横に振る。
「俺をからかうのはいいが、初対面の人をからかうのはよせ。失礼だろ」
「あっ、そうだね……ごめんなさい」
妹がぺこりと頭を下げたので、俺はうむうむとうなずく。
「それでいい。母さんも変な想像はしないでくれ」
「そうだね。今日会ったばかりにしては、なんだか距離感が近いようだけど……」
言われてみればそうだな。
俺に寄り添うように立っていたメリアナが、ふと思いついたように俺を見上げてきた。
「ねえねえ、妹さんが保護者同伴なら、あなたは自由に行動できるんじゃない?」
「いや、夕飯の買い出ししないと」
しかし母がにっこり笑う。
「ちょうど暇だから、あたしとシスナでやっとくよ。この子にも我が家の料理を教えておかないとね。ワーナードさん、何か御用なら息子を使ってくださいな」
「ありがとうございます!」
俺の意思を無視して話がどんどん進んでいく。
メリアナは俺を見て、ふふっと笑った。
「あなた、うちの雑誌の良さをちゃんと見抜いてたわよね? その御褒美に、うちの専属画家に会わせてあげる」
「専属画家?」
「そう。なりたかったんでしょ、画家」
口から出任せ言いました。すみません。
ちらりと母たちを見ると、二人ともニコニコしながら力強くうなずいていた。
「サッシュ兄さん、女性のお誘いは断っちゃダメだよ」
「たまにはのんびりしておいで」
優しいことを言ってくれているようだが、「さっさと行け」という圧がすごい。家族だからわかる。
ここで行かないと言い出すと後で面倒なので、俺は渋々うなずいた。
「家に荷物を置いてからなら」
「オッケー! じゃあ決まりね!」
なんだか妙なことになってきた……。
次回更新は1時間後です(12時半)。
本日はコミカライズ版「マスケットガールズ!」の発売日です。こちらもよろしくお願いします。