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9.好みが理解出来なかった隠れ美少女

 ところが、煉斗の出番は予想よりも早く廻ってきそうな雰囲気だった。

 圭亮は頑なに抵抗する麗菜と新葉に対して、ものの数分でキレ始めたのである。如何にも我慢の足りない、おつむの軽そうな男の典型だった。


「なぁ麗菜ァ、オマエさぁ、イイ加減にしろよなぁ。オレが遊んでやるっていってんだぜ? ナマイキ抜かしてんじゃねぇぞ」

「イイ加減にして欲しいのは野島さんの方です……どうしてわたしが、野島さんにそこまで、いわれなくちゃいけないんですか?」


 すると圭亮はいきなり右手を伸ばしてきて、麗菜の顎をぐっと掴んだ。

 そしてそのまま、強引に自身の方へと引き寄せる。まるで有無をいわせぬ王様ぶりだった。


「オマエさ、いつまでもオレが優しくしてると思ったら、大間違いだぜ? 調子に乗ってんのも……」


 しかし圭亮は最後まで、いい切ることは出来なかった。

 煉斗が剛腕を伸ばし、圭亮の右手首を強烈に締め上げたからである。

 途端に圭亮は情けない悲鳴を上げ始めた。


「あ……ぐぁ……い、痛い……痛てててて……ちょ……何だぁテメェはぁ!」

「はいはい、暴力はやめときましょうね。ガキやないんやから」


 その間に麗菜は自由となり、慌てて圭亮から身を離すと同時に、驚いた様子で煉斗の横顔を見つめてきた。

 煉斗も早々に力を抜いて圭亮を解放してやったが、その眼光は軽薄なイケメン男の顔を鋭く射抜いたままである。

 そしていつの間にか、圭亮の取り巻き連中が色めき立って煉斗の周りを取り囲んでいた。

 が、どの面々も幾らか腰が引けている。

 立ち上がった煉斗の体躯が、見た目だけでも恐ろしく頑強であることが分かった為であろう。

 対する煉斗は、憐れみを含んだ目線で尚も圭亮を睨みつけている。そんな煉斗に圭亮は、苛立ちを含んだ視線を突き返してきていた。


「ふぅ~ん……何だか知らねぇけど、オレに逆らおうって訳ね……あー、知ってるぜ、オマエ。噂で聞いたことがある……オレの情報網によるとさぁ、オマエって確か、一年の時からぼっち野郎なんだっけ? そんなハブられ野郎がオレに楯突いちゃって、大丈夫な訳?」


 圭亮の虚勢に満ちた台詞に、煉斗は苦笑を禁じ得なかった。

 もうここまでくると、どこかの売れない芸人による下手な漫才よりも相当に笑えてしまった。


「そらまた大層な情報網やね……ほんなら俺も、ひとつエエこと教えてあげましょか」


 煉斗はやれやれとかぶりを振りながら、小さく肩を竦めた。


「野島さんのお父さんは、某大手の鉄鋼メーカーにお勤めですね。せやけどちょっと前に、インサイダー取引に関わった疑いがあるっちゅうて、内部監査に引っかかったみたいですわ。これ下手したら家宅捜索モンですよ。御子息の野島さんが、こないなとこで油売ってる場合ですか? 明日にはお父さん、逮捕されるかも知れんてな大変な時やのに」


 その瞬間、圭亮の顔面が蒼白になった。

 まるで幽霊でも見たかの様に両目を大きく見開き、パクパクと口を開閉している。取り巻きの連中も、その圭亮の変化に困惑し、どうすれば良いのか分からない様子で狼狽えるばかりだった。

 クラスメイト達も、煉斗が冷たくいい放った台詞に愕然とし、互いに顔を見合わせている。

 恐らく彼らは、インサイダー取引の何たるかについては、余りよく分かっていないのだろう。

 しかしビジネスの世界に於いては、この疑いをかけられるということはそれだけで不名誉な話であり、下手をすれば事業ひとつが潰れてもおかしくない程のインパクトを誇る。

 恐らく圭亮は、その重みを理解しているのだろう。

 だからこそ、彼はここまで恐怖に満ちた色を浮かべているに違いない。


「オ、オマエ……何でそんなこと……っていうか、親父、そんな拙い状況になってるなんて、ひと言も……」

「あのねぇ野島さん。ひと言だけ、いわせて貰いましょか」


 煉斗は駄々っ子を諭す様な口調で、猫撫で声を放った。

 しかし顔は笑っていない。その眼光は未だ、鋭さに満ちている。


「あんた如きが情報戦で俺に喧嘩売ろうなんてな、10年どころか100年早いわ。出直してこいや」


 すると圭亮は、がくがくとネジが壊れた工作機械の様に何度も頷き、くるりと踵を返すと慌てて教室を飛び出していった。

 彼の取り巻き連中もすっかり怯えた表情で、その後に続いてゆく。

 そして後に残ったのは煉斗と麗菜、新葉、そして驚きの表情に染まっている他のクラスメイト達。

 煉斗はもう馬鹿馬鹿しくなって、再び帰り支度に手を付け始めた。

 ところが、その手が止まった。

 麗菜が感謝と感動に満ちた表情で、煉斗の腕に縋りつく様な格好で袖を掴んできたからだ。

 同じく新葉も、半ば惚けた様な顔つきで煉斗の逆の腕に白い両掌を添えていた。


「天笠くんが凄いっていうのは、わたし、知ってたつもりだったけど……ホ、ホントに、凄いひと、だったんだね……」

「アタシも、ちょっと、感動したかも……天笠クン、アナタ一体、何者……?」


 しかし煉斗は渋い表情で、左右で変に感動しているふたりの美少女にクレームを返した。


「あのですね、帰る準備出来へんので、手ぇ放して貰えませんやろか」


 ここで漸くふたりは我に返った様子で慌てて手を放し、半歩程、変な勢いで飛び退いた。

 煉斗としては別段そこまで大したことをしたつもりは無かったのだが、麗菜も新葉もすっかり心酔し切った様子で、尚も凄い凄いと称賛の言葉を連発していた。


(いちいち大袈裟やなぁ……)


 呆れ顔で深い吐息を漏らしながら、煉斗は頭を掻いた。

 その傍らで麗菜と新葉も、大急ぎで帰り支度を整え始めた。それからものの数十秒後には、ふたりは通学鞄を肩にかけて、煉斗の前に並んで佇んでいた。


「さ……帰ろっか!」

「天笠クン、何か奢らせて欲しいな……助けてくれたお礼に」


 妙に瞳をきらきらと輝かせている美少女ふたりの笑顔を受けて、煉斗は思わず眉間に皺を寄せた。

 やっぱりこのふたり、ちょっとおかしい。


「ねぇ、天笠クンって何が好きなのかしら」

「プロテイン」


 煉斗の応えに、新葉は意味が分からぬといった様子で小首を傾げた。

 一方、麗菜はその隣で乾いた笑いを漏らしていた。

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