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7.イラっときた青年

 トータルコールドファジング株式会社は、ソフトウェアの脆弱性を発見する為の手法であるファジングテストとその専用ツールを、ひとつのパッケージとして販売している世界的な企業である。

 その本社はスウェーデンに置かれているが、日本にも法人向けのアプリケーションを販売する為の支社が幾つか配置されていた。

 ファジングテストは様々な観点から多岐に亘る脆弱性を衝いて、試験対象であるソフトウェアのセキュリティ上の弱点を洗い出す為に実施される訳だが、それらの脆弱性に関しては誰よりもハッカーが最も詳しい。

 それ故、トータルコールドファジング社では世界中のハッカーと契約を結び、独自の観点で脆弱性に関する情報を掻き集めている。

 それらハッカーの中には、煉斗の名も連なっていた。

 煉斗はトータルコールドファジング社からハッカーとしてのプロフェッショナル認定を受けており、同社とは一年以上前から取引が続いている。

 同時に煉斗は、トータルコールドファジング社や各国のハッカーコミュニティとの間で侵入テクニックに関する様々な技術情報をやり取りしており、日本国内のネットワークやサーバーに対しては、一切の痕跡を残さずに侵入することも可能としていた。

 のみならず、あらゆるデータベースの鍵情報も相当広い範囲で入手しており、国内各社のセキュリティ部門に於いては、煉斗の技術は半ば脅威と化しているといって良い。

 勿論煉斗はネットワーク上に於いては完璧に身を隠しているから、麗菜がぽろっと情報を漏らしたところで、その足取りが捕捉されることはまずあり得ない。

 それでも慎重には慎重を期した方が良いと考えている煉斗。その為彼は、校内では極力目立たぬ様にと陰キャのぼっちであり続けようと振る舞っている。

 高い身長と頑健な体躯の持ち主である為、見た目は幾分目立ってしまうかも知れない。

 が、その陰気な顔つきや死んだ魚の様な目線、更には常にひとりで行動しようとする態度でクラスメイトを寄せ付けぬ様にと努めている為、積極的に話しかけてくる者はほとんど皆無だった――ついこの間までは。

 煉斗は、そんな高校生活が三年間、ずっと続くものと思っていた。

 だが、そのリズムに狂いが生じ始めている。

 ここのところ、麗菜がやたらと声をかけてくる様になったからだ。


「ねぇ天笠くん、今日のお昼はどうするの?」

「購買で適当に済ませます」


 その日も煉斗は、無邪気に呼びかけてきた麗菜に対して仏頂面で応じてから、席を立った。

 購買で菓子パンや握り飯を購入し、その後は誰も居ない校舎裏やどこかの空き教室に移動して昼を済ませるということが多くなってきた。

 それもこれも全ては、麗菜との校内での接触を極力減らす様にと考えているからだ。

 ところが、今度は新葉が煉斗の後について廻る様になってきた。

 彼女は煉斗と同じく、どちらかといえば陰キャの部類に入る。

 それ故、彼女と一緒に居たとしても麗菜程の注目を浴びることは無いのだろうが、それでも常にぼっちを貫いてきた煉斗にとっては、少々調子を狂わされる相手であることは間違いが無かった。

 実際、煉斗が昼休みの誰も居ない家庭科室へ足を延ばすと、それから少し遅れて新葉も入室してきて弁当を広げるという光景が珍しくなくなってきた。


「……お邪魔して良いかしら?」

「はぁ、まぁ、どうぞ、ご勝手に」


 煉斗には別段、新葉の同席を断る権限は無い為、その様に頷き返すしかない。

 新葉は同じテーブルの差し向かいの席に陣取って、煉斗を真正面から視界に収めつつ昼食を取り始めた。


「天笠クンって、いつもひとりなの?」

「うん、まぁ、ひとりっスね」


 大抵はこんな感じで、新葉が問いかけてきて煉斗が短く応じるというパターンの会話しか無く、その後は言葉が途切れて黙々と昼食を進めるばかりである。

 が、この日は煉斗の方からもひとつの質問を投げかけた。


「上月さんは友達、居てはらへんのですか?」

「……天笠クンがなってくれたら、嬉しいかもね」


 これは逆をいえば、他には友人らしい友人は居ないという応えにも取れる。

 しかし煉斗と友達になりたいというのは、一体どういう意図なのか。その辺がよく分からない。


「俺なんかと友達になって、どうするんですか?」

「うーん、そうねぇ……勉強、教えて欲しい、かな」


 新葉の成績は麗菜よりも若干劣る程度であり、学年全体から見れば十分に上位クラスに入っているといって良い。そんな彼女がわざわざ煉斗に教わる必要があるのかどうか。

 どうにも腑に落ちない煉斗は、他に何か理由があるのではないかと推測した。

 そもそも、高校に入学してから一年以上が経つというのに、同性の友人がひとりも居ないというのは、一体どういうことなのか。

 煉斗の様に、ハッカーとしての身分を隠す為に敢えてぼっちを貫いているというのなら話は分かるが、新葉にはその様な理由は無いようにも思える。

 であれば、何か別の問題があるのだろうか。

 と、その時だった。

 不意に家庭科室の扉が開き、普段教室内ではまず見かけたことが無い女子生徒らが数人、顔を覗かせた。


「あれー? 誰かと思ったら上月じゃん。あんた、またオトコとシケ込んでんの?」

「うわー……地味子に見えて、相変わらずビッチだねぇー」


 その女子生徒らはいきなり嘲笑を浴びせかけてきたが、新葉は何もいわず、僅かに俯くのみ。

 すると、彼女らはそのまま家庭科室内にずかずかと足を踏み入れてきて新葉の座る席の周りをぐるりと取り囲み始めた。


「ねぇちょっと、何シカトかましてんの?」

「あんたさぁ、野島くん振っといてさぁ、なぁに他のオトコとイチャついてんのさ。何様のつもり?」


 件の女子生徒らは左右から一気にまくし立てるが、新葉は耐える様な顔つきでじっと視線を落としたままだった。

 この時、煉斗が聞こえよがしに舌打ちを漏らした。

 その余りにも敵意に満ちた視線を受けて、女子生徒らは一瞬怯んだ様子を見せた。


「な……何よ……邪魔、しないで欲しいんだけど……」

「邪魔してんのは、あんたらやで。俺の方が先に、上月さんと話しとったんやけどな」


 煉斗は凄みを利かせつつ、その女子生徒らの顔つきから頭の中で名前を検索した。ハッカーという仕事柄、少なくとも同じ学年の全生徒の名前と顔は頭の中に叩き込んであった。

 そしてリーダー格と思しき女子の名前がすぐさま脳裏に浮かんできた。


「えぇっと、水口さんやったかいな……あんた確か、D組のサッカー部員と付き合うてたんやったっけ。でも俺の知ってる限りやと、T工高の誰それさんと二股かけてるんやったかいなぁ」

「……!」


 その瞬間、水口と呼ばれた女子生徒の顔が一気に青ざめた。

 逆に新葉は心底驚いた様子で、煉斗の死人の様な生気の無い顔をじっと見つめた。


「え……ちょっと、な、何いってんのよ……チョーキモいんですけど……」


 水口なる女子生徒はそういい返すのが精一杯の様子で、慌てて家庭科室を飛び出していった。

 他の取り巻きと思しき女子らも、気味悪そうな顔つきで後を追いかけてゆく。

 そうして再び静かになった家庭科室内で、新葉はぽかんと口を開けたまま、煉斗の野暮ったい顔を尚も見つめ続けていた。


「上月さん……涎、垂れてまっせ」

「え? あ、ご、御免なさい」


 新葉は慌ててハンカチを口元に押し当てた。

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