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6.図書室を選びたかった人気者

 R高校では各学期の定期考査の他に、二年生限定で実力テストなる試験が春と秋にそれぞれ一度ずつ、実施される。

 試験対象の範囲が決まっている定期考査とは異なり、この実力テストは高校入学後に学んだ全ての範囲が試験対象となる為、対策を立てるのは事実上不可能とされている。

 つまりその名の通り、本当に実力が試される試験という訳だ。いわば、大学の入試に近しい性格を持つテストであろう。

 それ故、下手に焦っても仕方が無いとすっかり諦めている生徒が大半だった。

 そんな実力テストの春の回が、先日終わったばかりである。

 その採点結果が各教科から返却され、生徒らが自身の点数に一喜一憂する光景が全ての教室で満遍なく展開されていた。

 煉斗は、教室内のそこかしこで集まっているそれぞれの仲良しグループの悲喜こもごもの声をそれとなく聞き流しつつ、自らの採点結果をスマートフォンに打ち込んで記録に残していた。

 するとそこへ、前触れもなく誰かが近づいてきた。

 麗菜だった。


「ね、天笠くん……結果、どうだった?」

「……それを俺に訊いてどないするんですか?」


 胡乱な表情で訊き返した煉斗に、麗菜はつれないなぁなどと苦笑を浮かべて覗き込んできた。

 麗菜は一年生の頃から定期考査では常にトップ10以内に入る優秀な実力者であるが、そんな彼女が何故、煉斗の成績などを気にするのだろうか。


「だって天笠くんっていっつも、わたしの上に居るんだもん。そりゃ気になっちゃうよ」

「ふぅん……そんなん気になるもんなんですか」


 実は煉斗、過去の定期考査の順位では麗菜に負けたことは一度も無かった。大体いつも学年の二位か三位辺りの位置をうろうろしている。

 麗菜曰く、それ程の実力者と思わぬ形で友誼を結ぶことが出来たのがちょっと嬉しい、ということらしいのだが、何が彼女の機嫌をそこまで良くしたのかは煉斗にもよく分からない。

 そもそも、煉斗は麗菜と友人になったという感覚が無かった。

 煉斗にとっては単にハッキングで助けただけの相手であり、一度彼女の方から自宅まで押しかけてきてカレーを一緒に食った仲という程度の認識しか無かった。

 しかし麗菜の方は、どうも少し様子が異なるらしい。

 そういえば彼女はあれ以来、教室の内外で何かにつけて声をかけてくる様になったし、時々一緒に帰宅することもあった。

 その都度、クラス内の男女から奇異と驚嘆の眼差しを向けられるのだが、煉斗にとってはどこ吹く風に過ぎなかった。


「それで、何点だったの?」

「オール100でした」


 その瞬間、麗菜は目を丸くしていた。この反応から察するに、恐らく彼女は煉斗の点数には及ばなかったのだろう。

 ちなみに麗菜は80点台が二教科で、残り三教科はいずれも70点台だったそうな。

 矢張り範囲が広すぎる上に、予測を立てることが出来ないという点で、麗菜も他の生徒らと同様に相当苦しめられたのだろう。


「ねぇ天笠くん……それだけ高い学力を維持する秘訣って何なのかしら」

「簡単ですよ。友達作らんと、ぼっちになったらエエんです。そしたら誰からも遊びに誘われん様になって暇になるから、勉強以外にやることなくなります」


 しれっと答えた煉斗に、麗菜は感心して良いのか気の毒に思って良いのかよく分からない複雑な表情を浮かべていた。

 ところがこの時、煉斗の後ろに座っている地味な見た目の女子生徒が、本当にそうなのかと疑問を呈する形で口を挟んできた。


「あの……アタシも友達なんて、全然居ないけど……そこまで勉強ばっかりは、やってないかな」


 そのクラスメイト女子の名は、上月新葉(こうづきわかば)

 黒のミディアムボブに黒縁眼鏡という外観の為に随分と大人しい女子生徒の様に見えるが、その顔立ちは決して悪くは無い。少しばかりお洒落に気を遣えばかなり垢抜ける要素が多いのだが、本人には全くその気は無さそうであった。


「まぁひとりで楽しめる趣味があったり、大好きな推しとかが()ったりしたら、その限りではないんでしょうね」


 煉斗が見るところ、新葉にも何か趣味がありそうな気はしたのだが、しかしだからといってそこまで追及するつもりはなかった。

 誰がどんな趣味を持っていようが、それはそのひとの自由だ。煉斗がとやかくいって良い問題ではない。


「でも天笠クンだって、全く勉強ばっかりしてる訳じゃないよね? だってその筋肉……ちょっと普通じゃないわよ。少なくとも筋トレには相当時間を割いてるんじゃなくて?」


 中々鋭いところを衝いてくる。

 確かに煉斗は筋トレにはまぁまぁ時間を費やしている方だ。

 が、そんなのは一日のうちでも精々小一時間程度だ。ゲームや読書の様に、何時間もかけてやるものではなかった。

 更にいえば、ハッキングは幼少の頃から毎日の様に磨いている技術だから、わざわざその習得の為に時間を割くこともなくなってきている。

 要するに今の煉斗は、帰宅後は結構な割合で空き時間が多いことになる訳だ。

 それを喜んで良いのかどうか。

 と、その時、他のグループから麗菜に声がかかった。帰りにカラオケに行こうというお誘いだった。

 そしてそのタイミングに合わせるかの如く、新葉が煉斗に、良かったら図書室で一緒に勉強しないかと囁きかけてきた。


「天笠クンがどんな風に勉強してるのか、ちょっと参考にしたいなぁって思って」

「え……ちょっと待って。それ、わたしも気になる……」


 カラオケに行こうと何度もお誘いの声がかかっている麗菜だったが、彼女は妙に焦りの色を浮かべて煉斗と新葉に食らいついてきた。


「美柄さん……さっきからあのひとら、呼んではりますけど」


 煉斗に指摘され、麗菜は苦しげに呻いた。

 今日は少し親しくしているクラスメイト女子の誕生日だから、是非一緒に来て欲しいと再三お誘いを受けているらしい。


「うぅ……ホ、ホントはわたしも図書室、行きたい……けど……」


 結局麗菜は泣く泣くカラオケ組に同行することとなった。

 その時の彼女の美貌は、物凄く後ろ髪を引かれている様な色に染まっていた。

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