3.何故かやってきた美少女
麗菜がカレシと別れたという噂は、その次の日には瞬く間に校内の一部の生徒達の間で知れ渡る様になっていた。
浮気していた例のイケメン男子が、堂々と浮気相手の女子生徒とところ構わずいちゃいちゃし始めた為、麗菜がオトコと別れたという情報が、一気に拡散したものと思われる。
すると、まずクラスメイト男子の多くが色めき立った。
今度は自分が後釜として麗菜のカレシになってやろうと、次から次へと鼻の下を伸ばして彼女にすり寄ろうとしてゆくのが、傍から見ていても滑稽だった。
(まぁでも、あんな美人やしな……そらぁ皆、放っとかへんわな)
そんなことを考えながら、煉斗は別のことに意識を囚われていた。
麗菜からRソーシャル上で、プロテインドリンク一カ月分の配送手配が完了した旨の連絡が届いたのである。煉斗としてはそっちの方が遥かに重要であり、麗菜がフリーになったかどうかなど、端から眼中になかった。
(よっしゃー、これでこの先の一カ月は何の心配も無く筋トレ出来るでー)
内心嬉しくて堪らない煉斗は、つい頬が綻んでしまった。
そんな彼のにやにやした不気味な笑みを目撃したクラスメイト女子の一部が、物凄く気味悪そうにひそひそと言葉を交わし合っているのだが、煉斗にしてみればそんな周囲の反応などは全くどうでも良かった。
それにしても、麗菜の人気は大したものだ。
休み時間になると、入れ代わり立ち代わり、色んな男子が次々と声をかけてゆく。
その都度麗菜は、何ともいえぬ微妙な笑みを返しているのだが、余りの数の多さに辟易した麗菜の友人らしき女子生徒が、遂には交通整理の如き真似事をやり始める有様だった。
(あれはあれで、ちょっと気の毒やな)
内心で苦笑はするものの、しかし煉斗にしてみれば全くの他人事だった。
ところがどういう訳か、麗菜が時折、ちらちらと煉斗の方に視線を送ってくることがあった。
恐らく、ちゃんとプロテインドリンクは手配したから心配するなという目線での合図なのだろうが、それにしては妙に瞳が潤んでいる様にも見えた。
特別な感情を抱いている女性が、意中の相手に対してそういう目線を向けることもあるという話だったが、しかし煉斗はただ、ハッキングで彼女を助けてやっただけに過ぎない。
麗菜程の校内きっての美女が、自分に何らかの感情を向けることなどあり得ない話だろう。
それよりも今は兎に角、プロテインドリンクの到着が待ち遠しい。
麗菜からは、夜の到着便で届く旨の連絡が寄せられている。こういう細かな心配りは大変に有り難い。
煉斗が感謝のサムズアップを密かに送ると、どういう訳か麗菜は物凄く恥ずかしそうに顔を赤らめて、小さく頷き返してから視線を背けるという妙な仕草を見せた。
もしかしたら、自分の仕事出来る感に酔っているのだろうか。
(まぁ別に何でもエエけど)
煉斗としては、約束のプロテインドリンクさえ貰えれば、もう何でも良かった。
そしていよいよ、六限目が終わって放課後を迎えた。
自由の身と化した煉斗は速攻で帰り支度を整え、大急ぎで自宅のワンルームマンションへと駆け戻った。
◆ ◇ ◆
煉斗はR高校入学時に、今のワンルームマンションへと引っ越した。
当然ながら、ひとり暮らしである。
家族は現在海外に住んでおり、煉斗だけが日本に残っている格好だった。
実は煉斗も両親や姉妹らと一緒に海外へ移住する話があったのだが、何となく海外のネットワークはまだ敷居が高いと感じた煉斗は、ひとりで日本に残ることを選択した。
もっと己の技量を磨いてから、世界のネットワークに挑戦してやろうと考えた訳である。
既にひとり暮らしを始めて一年以上が経過しているから、家事全般や料理には相当な自信がついていた。
尤も、三度の食事の内、少なくとも一回分はプロテインドリンクだけで過ごす様にしているから、そこまで料理に精を出しているという訳でもなかったのだが。
ともあれ、帰宅した煉斗はベッド下のスペースを整理し、新しく届くプロテインドリンク一式が収まるだけの空間を確保するのに必死になっていた。
すると、陽が沈み始めた頃合いになってインターホンが鳴った。
煉斗は喜び勇んで玄関扉へと駆け寄っていった。
「はいはーい、いつもご苦労様でーす」
そういってハンコ片手に扉を押し開けた煉斗だったが、しかしそこには宅配業者の姿は無かった。
代わりに、私服姿の麗菜が妙に恥ずかしそうな顔つきで、ひとりぽつんと佇んでいた。
(……?)
煉斗は思わず、小首を傾げた。
そして麗菜の頭上越しに顔を突き出して、左右に視線を走らせた。が、幾ら探しても宅配業者の姿は無い。これは一体、どういうことであろう。
いや、もしかすると麗菜が代わりにプロテインドリンク一カ月分を運んできてくれたのだろうか。
しかし彼女のミニスカートからすらりと伸びる健康的で色気たっぷりの白い脚の周辺には、それらしい箱も袋も見当たらない。
つまり、肩に掛けているポシェット以外は、ほとんど手ぶら同然でやってきた訳だ。
こんな妙な話があるのか。
煉斗は部屋着の尻ポケットに入れていたスマートフォンを取り出して、宅配予定日時を改めて確かめた。
そこに記されている日時は、翌日の夜だった。
「あれ……明日か……っていうか美柄さん、ここで何してるんですか」
ここで漸く、煉斗は麗菜の訪問理由が気になった。
今の今までプロテインドリンクの在り処を探すのに必死で、そこまで頭が廻っていなかった。
どうやってここが分かったのか、とは思わない。麗菜には自宅住所を教えていたのだから、彼女がここを知っているのは道理だ。
だが、どうして彼女がここに居るのか。
その点が全くの謎だった。
「あの……迷惑、だったかな……?」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、上目遣いに問いかけてくる麗菜。
煉斗は、肩透かしを食った気分ではあったものの、別段迷惑だとは思わなかった。
が、矢張り彼女の来訪の目的、理由が分からない。
その点が少し不気味といえば、不気味だった。