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2.腕力が洒落にならない青年

 翌日、煉斗は浮気の証拠となるデータを入れたタブレットを持参して登校した。

 この日は授業初日ということもあり、一限目から六限目までは各担当教師の自己紹介や今後一年間の学習予定の話などで終始した。

 そうして放課後を迎えたところで、煉斗はRソーシャル上の麗菜のIDに簡単なメッセージを送りつけた。


「証拠揃えてきましたよ」


 すると麗菜が自席から、驚いた様子で煉斗席へと振り向いてきた。

 その美貌には、複雑な色が浮かんでいる。

 カレシに浮気されていたという悲しい事実に、証拠を押さえてくれた煉斗への感謝の念が絡み合い、幾つかの感情が綯い交ぜになっている様にも見えた。


「じゃあ、後で昨日と同じところで……」


 麗菜から返信が打ち込まれてきた。

 煉斗はタブレットを小脇に抱えて、教室を出た。こういう面倒臭いことは、さっさと終わらせてお役御免になってしまう方が後々楽である。

 ひと足先に校舎裏の焼却炉前でのんびり待っていると、麗菜が他所のクラス、或いは別の学年と思しきイケメン男子生徒を伴って姿を現した。

 痴話喧嘩に巻き込まれるのは真っ平御免な煉斗としては、証拠となる画像データだけを先に麗菜のスマートフォンに送りつけていた。

 まずはそれだけで勝負をかけて貰い、どうしても彼女の力だけでは追及出来ない場合に限って、煉斗が助け舟を出す腹積もりだった。

 やがて麗菜は、相手のイケメン男子生徒と真剣な面持ちで言葉を交わし始めた。

 最初は薄ら笑いを浮かべて麗菜に馬鹿にした様な視線を叩きつけていたイケメン男子だったが、麗菜が突き付けた証拠画像を見た瞬間に、顔が真っ青になっていた。


「ねぇ、どうしてなの? わたしの何が、気に入らなかったっていうの? こんな、こそこそと隠れる様な浮気なんかして……」

「う、うるせぇな……お前に何が分かんだよ! 何かにつけて比べられて、あんな奴が麗菜のカレシだなんてお笑いぐさだとかいわれた俺の気持ちなんて、お前には絶対分かんねぇだろうな!」


 そこまで卑屈になる程のことなのかと、煉斗はイケメン男子の弁明を聞きながら内心で小首を傾げた。

 確かに麗菜は校内屈指の美少女である上に、学力では学年トップ10の常連という才媛でもある。更にスポーツ万能で、女子生徒のファンも決して少なくないらしい。

 それに対して、麗菜のカレシというイケメン男子は、確かに顔は悪くない。しかしその言動はどうにも雑で品が無く、あれでは恐らく学力も大したものではないのだろう。

 しかしだからといって、そんなに卑屈になる程の差がある様に思えない。

 結局のところ、あのカレシが浮気に走ったのは彼の女癖に問題があるのではないかとも思えた。


(ま……どうせ一度は修羅場になるんやろうし、どんな形でも、決着に辿り着いたらエエんとちゃうかな)


 煉斗としては、取り敢えず御礼のプロテインドリンク一カ月分さえ貰えれば、それで良い。

 後のことは、本人同士に任せれば良い話である。


「だからって……浮気するぐらいなら、まずわたしに別れ話を持ち掛けるとか、他に何かやり方があったんじゃないの? どうしてこんな、ひとを馬鹿にする様なことを……」

「うるせぇ! 偉そうに御託並べてんじゃねぇよ!」


 この時、煉斗は喉の奥であっと声を上げた。

 イケメン男子がいきなり手を上げ、麗菜を押し倒したのである。彼はそのまま麗菜の柔らかな体躯に馬乗りの格好、即ちマウントポジションを取ったまま、更に拳を振り上げようとしていた。

 流石にこれは、看過出来ない。

 煉斗はほとんど一瞬で校舎裏の陰から飛び出し、イケメン男子の振り上げられた拳の手首付近を、がっちりと掴み取った。


「な、何だてめぇは……!」


 しかしイケメン男子は、最後までいい切ることは出来なかった。

 煉斗は日頃から徹底的に鍛え上げている剛腕を振るい、相手を焼却炉脇のブロック塀に全身から叩きつけてやった。

 その衝撃にイケメン男子は息が出来なくなったのか、苦悶の表情を浮かべてその場に蹲った。

 一方、麗菜は怯えた表情で上体を起こし、その美貌を今にも泣き出しそうな弱々しい感情に歪めていた。


「暴力はアカンでぇ、暴力はぁ」

「がっ……はぁっ……!」


 イケメン男子は尚も悶絶している。

 煉斗が放り投げた際、余り重くは無かった様に感じだ。どうせ大して鍛えていないのだろう。恐らくはモヤシみたいに、ひょろひょろな体格であることが伺える。


「悪いけど、さっき美柄さんがあんたに見せた画像はな、俺が掘り出してきたモンやねん。せやから、あれを揉み消したかったら、俺にいうてこなぁアカンでぇ。美柄さんに何ぼいうても、このひと、なぁんも分からへんからなぁ」


 煉斗は尚も苦しげに呻いているイケメン男子の前にしゃがみ込み、のほほんとした口調で静かに告げた。

 やがて目の前のイケメン男子は、忌々しそうな表情で必死に立ち上がり、何か捨て台詞を残して走り去っていった。


「……あれ、結局これって、どういう決着なんやろ」


 麗菜は確かに浮気の証拠を突きつけたものの、結末としては別れ話なのか、或いはもう一度やり直すのかがはっきりしていない様に思えた。

 が、当の麗菜は沈んだ表情ながら、ゆっくりと立ち上がって静かにかぶりを振った。


「もうイイかな、あんなひと……暴力振るうなんて、サイテーなひとだし……わたしも、目が覚めちゃった」


 僅かに涙が滲んでいるが、こういう場合、どの様に慰めてやれば良いのかが煉斗には分からない。

 陽キャ連中なら気の利いたひと言でもかけてやれるのだろうが、煉斗にはまず無理だった。

 ともあれ、麗菜が自分の中で結論を出すことが出来たなら、それはそれで良いのだろう。後は約束のプロテインドリンクさえ貰えれば、この件はこれで終わりである。


「ほんなら送り先だけ転送しとくんで、後の手配は宜しゅう頼んますよー」


 麗菜のIDに自宅のワンルームマンション住所を手早く打ち込んだ煉斗。

 そうしてそのまま、この場を立ち去るつもりだった。

 ところが、気が付くと麗菜が煉斗の上着の裾を摘まんでいた。その美貌には、何か訴えかける様な感情が張り付いている。

 何事かと振り向き、小首を傾げた煉斗。

 すると麗菜は、少しばかり恥ずかしそうに面を僅かに伏せてから、上目遣いに煉斗の野暮ったい顔を見つめてきた。


「あの……さっきは……どうも、ありがとう……わたし、その……凄く、嬉しかった……」


 この時、麗菜の瞳には妙に熱っぽい色が滲んでいた。

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