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1.プロテインが欲しい青年

 私立R高等学校、二年B組の教室内。

 始業式後のロングホームルームを終え、通学鞄を抱えて席を立とうとした天笠煉斗(てんがされんと)だったが、不意に誰かが呼びかけてきた為、思わず左右に視線を巡らせてしまった。


「あの……天笠くん、でイイんだよね……?」


 透き通る様な艶のある声だった。

 正直、聞き間違いかと思った。

 煉斗は自他共に認める陰キャのぼっちである。

 そんな自分に近づいてくる奴など居ないだろうと高を括っていた為、まさか新学期の初日から声をかけられるとは思ってもみなかった。

 しかしどうやら、空耳ではなかったらしい。

 振り向くと、ひとりの美少女が不安げな面持ちで佇んでいるのが見えた。

 滝の様に流れるキャラメルブラウンのロングレイヤーカットが煌びやかな、校内でも屈指の美人である。

 確か、美柄麗菜(みづかれな)というクラスメイトの女子だった様に思う。

 そんな麗菜が何故煉斗に声をかけてきたのか、その理由がよく分からない。

 周囲からも、どうして麗菜程の美少女が煉斗の如き日陰者に接近しているのかが理解出来ない様子で、奇異と驚きの視線が容赦無く浴びせかけられていた。

 煉斗はしかし周辺の感情など全く意に介さず、のんびりした顔つきで麗菜の端正な面を見下ろした。

 身長差はおよそ20cm程。煉斗は体格に恵まれている上に筋トレの鬼だったから、そのシルエットは麗菜のグラマラスなボディラインとは極めて対照的だった。


「えっと……何か用スか?」


 用事があるからわざわざ呼び掛けてきたのだろうが、これまでの人生では家族親類、或いは学校の教師以外とはほとんど話したことが無かった為、何をどう対応して良いのかが分からなかった。

 死んだ魚の様な生気の無い煉斗の視線に、麗菜は微妙な表情で何かをいい淀んでいる様子だった。

 そうやってしばらくの間もじもじしたままの彼女に対し、煉斗はそろそろしびれを切らしてきた。


「……用事無いんやったら、俺もう帰りますよ」


 余りにじれったい為、煉斗は背を向けて廊下へと出た。

 すると後ろから、慌てて追いかけてくる麗菜の足音が響いてくる。彼女はのそのそと歩を進める煉斗の真正面に廻り込んで、少しばかり切羽詰まった様な声で再度、呼び止めてきた。


「あの、御免なさい……ちょっと、聞いて欲しいことがあって」

「……俺に?」


 煉斗は小首を傾げて、相手の顔をじぃっと眺めた。

 見れば見る程に美麗な顔立ちだったが、そもそもネットワーク技術と筋トレ以外には余り興味が無い煉斗にとっては、麗菜の美貌にどれ程の価値があるのかが、よく分からなかった。


「えっと……前に噂でちらっと聞いたことがあるんだけど……天笠くんって、うちのガッコで使ってるSNSにこっそり入ることが出来るの?」


 この時、煉斗は渋い表情を浮かべた。

 そういうことを、公衆の面前で堂々と口に出されるのは迷惑千万だった。

 そこで煉斗が、


「あのねぇ……んなことをね、軽々しゅう口にせんで貰えます?」


 とクレームを入れると、麗菜はしまったとばかりに柔らかな唇を白い両掌で覆い隠し、慌てて左右に視線を走らせた。

 周囲を行き交う生徒らは煉斗と麗菜の奇妙な組み合わせに多少の好奇心を抱いている様ではあったが、麗菜が口走った台詞には幸い、然程の注意を払ってはいない様子だった。


「ちょっと、裏行きましょか」


 煉斗が呼びかけると、麗菜は何度も頷き返して従う意向を示した。

 この後、ふたりは連れ立って校舎裏の焼却炉前へと場所を移した。


「んで、俺に何の用なんスかね。さっきの口ぶりやと、Rソーシャルに入れって話?」


 Rソーシャルとは、R高校が独自に導入している生徒及び教師用のSNSサービスである。

 R高校を運営する学校法人が、どこかのソフトウェア会社に作らせたオリジナルのSNSらしいのだが、実は煉斗、このRソーシャルに対しては過去に何度もハッキングを仕掛けて各サーバーに侵入したことがあった。

 麗菜はどこでその噂を聞きつけてきたのかは知らないが、恐らくはそのことを指しているのだろう。


「実はね、わたしの友達で前に、天笠くんに手伝って貰って、悪口とか陰口とかの証拠を押さえて貰ったって子が居るんだけど……」

「あー、あん時の……っていうか、あんだけ他所には漏らすないうたのに……」


 煉斗は少し腹が立ってきた。

 こんなことなら、気安く手伝ってやるんじゃなかったと後悔したが、しかし最早後の祭りだ。

 だが幸いなことに、この話は今のところ、目の前に居る麗菜以外には漏れていなさそうでもある。であれば、麗菜に対しても他所へ漏らすなと釘を刺しておけば事足りるだろうか。

 そんなことを考えていると、麗菜がいきなり頭を下げてきた。それも結構な勢いで。


「あの……お願いがあるの! 天笠くんに、その……わたしのカレシが浮気してないか、調べて欲しいの!」

「……はぁ?」


 面を上げた麗菜に、煉斗は胡乱な視線を返した。いきなりこのひとは、何をいい出すのだろう。

 しかし、彼女の表情は真剣そのものだった。

 どうやら本気で、麗菜は自身の恋人の浮気を疑っているらしい。


「御礼なら何でもするから……だから、お願い出来ない?」

「ん~、御礼ねぇ」


 そういえば、最近お気に入りだったプロテインドリンクが若干値上げして、少し買いづらくなっている。それを目の前の美少女に要求しても良さそうだ。


「うん、エエっすよ。そのカレシさんのID教えて貰えます?」

「あ……引き受けてくれるの!?」


 嬉しさの余りか、声が裏返ってしまっている麗菜。

 頼んできたのはそっちだろうに、何を訊き返しているのかと内心で訝しんだ煉斗。

 女子の発想というのは、よく分からない。

 尚、麗菜にはプロテインドリンク一カ月分を要望した。

 彼女は、そんなもので良いのかと目を白黒させていたが、煉斗としては他に欲しいものなど何も無かった。

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