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人類が異常に気付いたのは、シンギュラー発見から五千年後の事だった。
人類の版図は、四千年前よりも更に広がった。コロニーの数は何倍にも増え、大きなものは小さな衛星に匹敵するほど拡大。自然環境の再現も上手くいき、『天然資源』だけで全人類の需要を満たせるようになった。
人口は右肩上がりを続けていたが、生み出す資源の総量は釣り合いが取れている。理論上資源の枯渇はなく、文明の発展を妨げる要素はない。未だ母星周りの開拓が主だが、星系内の他惑星に活動拠点も出来つつある。新たな母星で生まれ育った、『異星人』が生まれる日も遠くない。人類文明は栄華を更新し続け、永遠の繁栄を謳歌する……そんな時代に、とある報告があちこちのコロニーから出るようになった。
人が、突然消えるのである。
消えるといっても、この世から跡形もなく失せる訳ではない。移動していた人が忽然と消え、離れた場所に現れるというものである。『ワープもどき』と名付けられたこの現象は、移動している当人に自覚はなく、自称目撃者が一方的にそう話している。
最初は気の所為と言われ、或いはSNSなどで目立つための嘘だとも言われた。しかしあまりにも多くの人々が証言をし、ついには幾つもの国の議員までも口にし出す。更にカメラなどの映像記録でも、突然人が消え、少し離れた位置に現れる光景が確認された。消える前に一瞬動きが完全に止まるなど、奇妙かつ共通点のある『動作』も確認された。
科学的にあり得ない、と言おうにも、今の人類はシンギュラーという『非科学』によって繁栄してきた。新たな非科学が発見されないとは断言出来ない。だから実際に研究をしてみれば――――確かに、非科学的な現象が確認された。
時間の進み方に異常が生じていたのだ。
具体的には、時間の進み方が想定よりも遥かに遅くなっていた。平均値を算出してみれば、本来想定される時間より十倍も遅い。しかもこれが局所的ではなく、観測した限り宇宙全体で起きていた。宇宙に関しては今の人類でも隅々まで支配下に置いている訳ではないので、観測結果に議論の余地はあるが……人間の生活圏で得られた結果については、どう足掻いても否定しようがなかった。
十倍も時間が遅くなっているのに、何故殆どの人々は気付かなかったのか? その理由は単純で、誰もが遅くなった時間の中にいたからだ。人の思考も時間と共に進むのだから、時間が遅くなれば認識だって合わせて遅くなる。これでは気付く筈もない。
しかし時間の遅さは場所によって差がある。それもかなり顕著に。このため遅い場所から早い場所を観測すると、時間が飛んでいる……移動している物体が瞬間移動したかのように見える事があるのだ。目撃者や映像記録は、この時間差を観測した。一瞬止まる理由は不明だが、時間差の補正に伴うものと予想されている。
問題は、何故時間の進み方が遅くなっているのか。そして時間の進みはこれからどうなっていくのか。
少なくとも、人類が映像記録技術を編み出した過去数千年でこのような現象 ― 時間遅延現象と名付けられた ― は確認されていない。即ちこれはここ数十年、或いは数年の間に発生し始めた出来事と言える。唐突に発生したのなら何か原因がある筈で、そしてこれがどんどん悪化していく可能性も考慮しなければならない。
文明を脅かすかも知れない異変。人類は一丸となって、この謎を追った。科学の粋を集め、これまでに蓄積してきた知識と技術を総動員。徹底的に研究し、様々な仮説が考えられた。
まず有力視されたのは、シンギュラーにより生み出された質量が原因というもの。高重力化で時間の流れが遅くなる事は、相対性理論により証明されている。シンギュラーが無から水を生み出した事で宇宙全体の質量が増え、その影響で時間が遅くなったのではないか。
しかしこの仮説はすぐに否定された。時間を歪めるほどの重力には、惑星どころか恒星並の質量が必要だ。今までに人類が生み出したシンギュラー由来の質量は、精々衛星数個分。確かに増えた分だけ遅くはなっているだろうが、それは人類に認識出来るほどの値ではない。
他には宇宙空間の収縮説、惑星運動の減速説などが出てきたが、いずれも確たる証拠はない。百年、二百年、三百年……繁栄した人類でさえ答えに辿り着けないまま年月は流れ、そして時が経つほど時間は遅くなっていった。




