表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破綻する進行  作者: 彼岸花


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/9

04

 シンギュラー発見から三百五十年後。

 人類文明はシンギュラー発電――――第一種永久機関のパッケージ化によって更なる飛躍を遂げた。光の届かない海底に巨大都市を建設しただけでなく、宇宙に数百人が定住可能な大型居住ステーション……通称コロニーを建設。活動圏、いや、生活圏を大きく広げた。

 ここでまた新たな飛躍が起きた。

 核融合発電の実用化である。シンギュラー発見前から研究は進められていたが、ここに来てようやく実用化出来た。そしてこれもまたシンギュラーの功績である。

 シンギュラーが生成する水について、長年の研究から新たな特性が判明した。それは無から生み出される水が、その直前に吸収した水と()()()()()()()()()という事。全く同じとは、温度だけの話ではない。密度や質量まで同じだと判明したのだ。

 つまりシンギュラーは、厳密には水を無から生産しているのではなく……吸収した水分子の『コピー』を、無から生み出している。

 これが重要だ。水分子とは、水素原子と酸素原子の化合物である。そしてどんな原子にも言える事だが、同位体と呼ばれるものが存在する。

 同位体とは原子に含まれる中性子の数で分類したもの。水素の場合、中性子がゼロの軽水素、中性子が一つの重水素、中性子が二つのトリチウムが有名だ。一般的に水素とは軽水素を指す。中性子が多い分、重水素やトリチウムの方が質量は大きい。

 このうち重水素とトリチウムが核融合の燃料として使える。軽水素が使えない訳ではないが、非常に安定しているため反応があまりに遅い。具体的には、恒星内部ほどの高温と圧力であっても、一個の軽水素が核融合反応を起こすのに平均百億年が必要だ。自然現象なら兎も角、産業として活用するなら素直に重水素などを使う方が利口だろう。

 しかし自然界に存在する水素のうち、重水素の割合はたったの〇・〇一五パーセント。トリチウムは更に少ない。中性子が過剰に多いと不安定になり、すぐに崩壊してしまうからだ。燃料として使うには濃縮・精製しなければならず、手間暇が掛かる分とても高価。特に高濃度トリチウムは、人類文明の中でも最高峰に位置する高級品である。当然これを燃料にする核融合炉は、いくら生み出す電力が膨大でも割高になりがちである。実験にも膨大な費用が掛かり、これが核融合発電の実用化及び研究を妨げていた。

 だが、シンギュラーの性質を使えば問題は解決する。

 シンギュラーに重水素やトリチウムをたっぷり含んだ水を与えるのだ。シンギュラーの水生成は、吸収したものと完全に同じものを作り出す。質量や体積も全く同じであり、ならば分子を構成するトリチウムの比率も同じという事。一度高濃度トリチウム水を作れば、後はシンギュラーがどんどん無から生み出してくれる。トリチウムは放射性同位体のため、高濃度トリチウム水を吸ったシンギュラーは被爆により短時間で枯死するが……その交換コストを考えてもより安価なトリチウム生産が可能だ。

 かくして燃料価格の問題が解決した事で、実験費用も低下。膨大な予算を誇る国家プロジェクトでなくとも、儲かっている電力会社であれば核融合発電の研究に取り組めるようになった。

 こうなると何もしないのは愚策だ。同業他社よりも先に核融合発電を実用化し、価格面で優位が取れれば新たな顧客を獲得出来る。逆に他社が先に実用化した場合、価格面で不利になり、顧客を奪われて売上が落ち込む。しかもシンギュラー由来の核融合発電は無から燃料を生み出し、国際情勢に全く左右されない、環境に優しい究極の国産クリーンエネルギーだ。付加価値は大きく、一度奪われた顧客を呼び戻すのは難しい。

 先んじるため、何より後れを取らないために、多くの電力会社が核融合発電研究に投資。激しい経済競争を経て、ついに実用化に至った。人類は安価で無尽蔵なエネルギーを手にしたのだ。

 そしてこのエネルギーは、人類社会に大きな変化を生む。

 それは産業の自動化だ。エネルギー価格の極端な低下により、コンピューターやロボットの運用費・維持費も大幅に低下。低賃金の人間を雇うより、ロボットに任せる方がより経済的となった。工事はどんどん無人化し、何もかもが自動化されていく。

 これは工場労働者などから仕事を奪い、一時は社会不安を招いた。しかしもう一つの技術が、この不安を解消する。

 農業の自動化である。本来、この技術はシンギュラー発電の効率化のために編み出された。『第一種永久機関のパッケージ化』として開発されたシンギュラー発電は、海底都市や宇宙ステーションにおける主要電力である。これらの施設は人の出入りが困難なのに加え、事故が起きた時には甚大な被害が出る環境に存在している。少しでも出入りが伴う作業を減らせば、大幅なコストダウンだけでなく事故の損害賠償などのリスクも減らせる。故に研究予算も多く割かれ、シンギュラー栽培の自動化技術は発展した。

 ここで培われた自動化技術は、主要農作物の栽培にも応用出来た。またシンギュラーは家畜の飼料としても使われていたので、「どうせなら全体的に自動化しよう」と畜産も少なくない部分で自動化技術が進歩している。

 更に宇宙ステーションなど閉鎖空間での定住を実現するため、人から出た廃棄物……要するに人糞や生ゴミなどを回収し、シンギュラーや作物の肥料にするシステムも発展した。何もかも自動化された事で、数十万人を養える規模の農場も、メンテナンス技師が数名いれば問題なく運用出来る。極限の省力化が成されたのだ。

 ここに核融合発電による無尽蔵のエネルギー供給も加わればどうなるか?

 答えは()()()()()()()()()()だ。数十万から数百万人分の食料を、たった数人の技師の人件費と安い電気代、時折交換する部品代で賄える。ほんの数人に給与を払えば、巨大都市の全住民に食料が行き渡る。

 ここまで安価になると、政府による「食料の無償供給」が可能となった。提供される食材の種類は限定的で、オーガニックなどの付加価値もない。だが生命を保つために必要な、最低限のものを国が保証してくれる……言い換えれば、生きるだけならもう働かなくても良い。貯蓄すら必要ない。

 無論、労働自体は禁じられていないため、仕事をしたければすれば良い。より良い生活にはやはり金が必要であるし、機械のメンテナンス技師や部品製造などの仕事は残っている。だが、選択する自由が生まれた。質を求めなければ、人生を妨げるものは何もない。

 戸惑う者も少なくなかったが、人はついに労働から解放されたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ