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更に百年ほどの月日が流れた時、人類は一つの転換点を迎えた。
シンギュラー発電の発明である。
仕組みはシンギュラーが持つ、とある特性を使って発電を行うというもの。具体的には、シンギュラーが生成する水の温度だ。
シンギュラーが無から生み出す水は、直前に吸わせた水の温度に依存する。例えばシンギュラーに五十度の水を吸わせた場合、生産される水の温度も(シンギュラー自身の体温との熱交換を考慮しなければ)五十度になる。つまりシンギュラーに高温の水を吸わせると、同じ熱量の水が生み出されるのだ。そしてシンギュラーは砂漠に生息していた植物で、原種でさえ九十度近い熱水を吸わせても問題なく生育する。品種改良すれば百二十度超えの環境でも生存し、根は大気中に露出していれば水蒸気も吸収出来るため問題なく吸わせられる。よって百度超えの熱水も生産可能。
高温の水はエネルギーの塊だ。この『熱源』をスターリングエンジン……内部のガスを高温で膨張、冷却により伸縮させる事で動かすエンジン……に投入する。すると熱エネルギーを運動エネルギーに、運動エネルギーを電気エネルギーに変換する事で発電が出来る。つまりシンギュラーから『電気』が得られるのだ。
勿論水の持つエネルギーは有限なので、何時までも発電は出来ない。電力を取り出すほど温度は下がり、やがてエンジンは回せなくなる。そうなったら水を纏めて排出。この排出時の流れで水車を回し、今度は水力発電を行う。更に送電やエンジン類の稼働で発生した熱を回収し、僅かだが蒸気を生んでタービンを回す事でも電力を生み出す。
これら複数の仕組みにより、電力を生み出すのがシンギュラー発電だ。やっている事は既存の発電方法でしかなく、発電量も原子力発電などと比べれば小さい。かなりの大規模でなければ、都市の需要を満たすのは難しいだろう。
しかし重要なのは発電量ではない。
この発電方法における真の革命は、シンギュラーが自らの生育に必要なエネルギー……光や給水に使う電力を自前で賄いつつ、外部に電力供給が行える事だ。シンギュラー発電で得られる電力は、考案時点の効率でさえシンギュラーを栽培するのに十分などころか、僅かだが余りが生じる。
即ち無から永遠に電力を生み出す、第一種永久機関が完成したのである。この事実に人々は驚き、歓喜した。フィクションでしかなかった、無限のエネルギー機関がついに実現したのだと。だがシンギュラー発電の考案者達は、更にその先を見据えていた。
シンギュラー発電の真価は、『パッケージ化された第一種永久機関』である事。
シンギュラー発電では、必要なエネルギーは全て内部で賄う。稼働に必要な電力を自給自足出来るという事は、燃料補給などの『管理』は不要。しかもシンギュラーの栽培では肥料の供給も必要ない。何故なら質量保存の法則により、収穫したシンギュラーの身体には、シンギュラーが育つのに必要な物質が全て詰まっているからだ。水を搾った後のシンギュラーで堆肥を作れば、次のシンギュラーが育つのに必要な栄養素を賄える。
つまり一度設置すれば、メンテナンスなしでエネルギーを供給し続けてくれるのだ。パッケージ化とは、この施設一つで全てが完結するという意味である。
実際には設備点検や部品交換があるため、完全な『密閉』は現実的ではない。現実的ではないが、その頻度を大きく減らせる。本来物資搬入のため年に数百〜数千回必要な出入りを、最低限のメンテナンス十数回分に抑えられるのだ。雇う人材も少数で良く、極論メンテナンスのため月に数回出社してくれる人が一人いればどうにか稼働させられる。現実的に考えれば管理や清掃などの要員も必要なので、数十人は労働者が働く事になるが……それでも一般的な発電施設よりも、数分の一〜数十分の一の人員で回せる。
これは単に費用削減が望めるというだけではない。出入りを最小限に抑えられるという事は、出入り自体が困難な場所での運用に適しているとも言える。例えば海底や地底、そして宇宙など。人類の長期間滞在が不可能だった領域に、その滞在に必要なエネルギー施設の維持が容易になったのだ。しかも少数で運用可能なので、宇宙のように特殊な訓練を積んだエリートしか行けない環境でも十分に機能を発揮出来る。
長期の滞在が出来れば開発のコストも低下し、『都市』の建設も不可能ではなくなる。『都市』というのは単なる生活空間ではない。食糧生産、ゴミ処理、治安維持……多くの人間が暮らす事で、生活のために必要な作業の分担が行えるという事。生活に必要なものが全て賄えれば、人はそこに定住出来る。定住すればそこで次世代を生み、新たな世代が暮らし、一生を終える事だって出来る。
それは生活空間の拡張だ。
今まで人間は宇宙にも海にも地下にも進出した。星のあらゆる場所を征服したと言っても過言ではない。だが定住しているのは、何時だって大地の上。どれだけ開拓して生活空間を広げても、陸の上から進出した事はない。しかしシンギュラー発電の実用化により、その『原則』が覆ろうとしている。
人類が新たな一歩を踏み出すための、下準備が整い始めていた。




