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砂漠で発見された植物――――世界の特異点という意味を込めて『シンギュラー』と名付けられた種(厳密には亜種だが)について、発見から百数十年が経った頃。
科学界の混乱がようやく収まり、人類はこの植物の持つ特異な性質、即ち無から水を生み出す能力について、本格的な研究を進めた。論文さえ認められれば、その後の研究に大きな支障はない。むしろ既知の物理法則を覆す性質は注目の的となり、大勢の科学者がこの謎を解き明かそうと挑む。優秀なだけでなく様々な発想も集まる事で、シンギュラーの謎の幾つかはたちまち解き明かされた。
まず、水を生み出す性質は何時でも発現する訳ではないという事。
一定条件下……極端な渇水状態に置いた上で、一時的に大量の水に浸し、再び渇水状態に戻すという激しい環境変化が必要である。更に条件を満たしても必ず起きるものではなく、確率的な事象だと判明した。そして渇水・湿潤・渇水の変化が急激であるほど、温度や湿度など他環境の変化も急激なほど、発生率が高くなる。
それはシンギュラーの生息地域を再現すればある程度起きる(砂漠では昼夜の寒暖差が激しく、結露などで水分量の変動も激しい)現象なので、水生成の瞬間を観測するだけなら特段気にする必要もない。しかし細かな条件が分かれば、研究は更に進めやすい。生成される水の量や、環境変化毎の水生成量推移など、様々なデータが集まった。
それと成長・繁殖条件もほぼ完全に解明された。シンギュラーは十分大きくなると花が咲くものの、花粉の生成に問題があるため殆どが不稔(受精が上手く出来なくて種子が作れない性質。要するに子孫が残せない)である。稀に種子が実り、その一部は発芽もするが、大抵は成長途中で死んでしまう。
繁殖方法は主に栄養繁殖と呼ばれるもので行う。これは根や葉など、親から離れた身体の一部が新個体となるやり方だ。シンギュラーの場合肉厚の葉の根元が非常に脆く、葉が大きくなるか、強い風が吹くと簡単に千切れる。肉厚の葉には栄養や水分が豊富で、砂漠でも根が生えるまで生存可能。こうして次々と『新個体』が誕生する、という訳だ。
栄養繁殖の利点は、親と同じ体質の個体が簡単に増やせる事。多様性が少ないので環境変化により絶滅する恐れがあるものの、環境さえ合えば爆発的に増殖可能だ。また品質が安定しているので、人間が利用する時には個体差を考えなくて良いのでとても使いやすい。突然変異で『新品種』が出来た時も、その身体の一部を使えば簡単に増やせるため増産しやすいという利点もある。農作物としてとても使いやすい種だった。
これらの知見を得られた事で、シンギュラーの生産効率化と大規模栽培が実現。安価な大量生産が可能となった。そしてこれが様々な環境問題を劇的に改善する、特効薬となった。
具体的に何をしたかと言えば、『畜産業の改善』である。
シンギュラーは自ら水を作り出せるため、砂漠地帯でも栽培可能だ。土壌養分さえ豊富なら、肥料どころか水やりすら必要ない。塩害にも多少の耐性があるため、汚染環境にも強い。また天敵のいない砂漠に適応したため、捕食を避けるための有害成分を殆ど持たない。栄養バランスなどを考慮しければ、人間や家畜の殆どが食物として利用可能だ。特にウシなどの反芻動物と相性が良い。
シンギュラーのこれらの性質を利用すれば、砂漠や乾燥地域での畜産飼料として使える。
農業が出来ないほど乾燥した地域では、僅かに生える草で家畜を育てて食料としている事が多い。しかし草自体が少ないのだから育てられる家畜の数も少なく、どうしても飢饉となりやすい。
ではシンギュラーを飼料とすれば、どうなるか。乾燥地帯でもシンギュラーは大量に、農作物よりも多く栽培出来る。多量の餌があればその分多くの家畜を飼育し、安定的かつ多量の畜肉を生産可能だ。しかも肉は単に食料となるだけでなく、収入源としても優秀である。つまり飢餓や貧困を減らせる。また、食味や栄養価は良くないもののシンギュラーは人間も食べられるので、一時的な飢餓ならシンギュラーを食べてやり過ごせるのも利点である。
利点はこれだけに留まらない。シンギュラーにより畜肉の生産量が増えれば、その分穀物などの作物生産を減らせる。乾燥地帯で現代的な農業を行う場合、地下水などを大量に必要とするが、この地下水に含まれる『塩類』が塩害・砂漠化を引き起こす。農業を減らせれば砂漠化の進行を遅らせられるため、環境問題を食い止める事が可能だ。地下水の汲み上げには多くのエネルギーを使う=石油など化石燃料が必要なため、無理な農業の減少は温暖化など気候変動の対策にもなった。
生活が安定すれば、内乱や犯罪なども減らせる。普通の人間は好き好んで犯罪や殺戮をするものではなく、恐怖や追い詰められた末に凶行に及ぶのだ。みんなに仕事があり、食べていけるのなら、それだけで治安は格段に良くなる。
治安が良くなればインフラ整備もしやすくなり、更なる発展が可能だ。経済が良くなれば税収が増え、教育に予算を割く事も出来、今まで無視されていた環境破壊や気候変動にも目が向く。それが金持ちの道楽ではなく、自分達や子孫の生存に直結すると市民も理解する。
それは国の基本方針に影響を与え、今まで環境保護に消極的だった途上国の意識を変えた。
これまで人類は、世界的な問題に一致団結して挑む事が出来ていなかった。個々の国の事情として、経済発展や差別意識が付き纏い、他国との協調が難しかったからだ。しかしシンギュラーによる食糧問題、経済問題の部分的解決は、その困難の一部を取り除いた。
全ての問題が解決した訳ではない。だがほんの少し、多くの人にとって暮らしやすい世界になりつつあった。




