五稜郭
少年が五稜郭の木橋を、カツ……カツ…と歩いている。彼の趣味は城巡りである。週末になると、このように城や城趾に赴いては見回し、堀の深さに驚き、青葉の香りを一杯…鼻に記憶させる。
五稜郭は、かつて旧幕府軍が新政府軍と戦う際に、最後に立てこもった要塞だ。
真上から見てみると分かりやすいのだが、従来の日本風の城とは違い、五つの出っ張った小要塞のような突起拠点が円環状に一定間隔で作られ…さながら星のような見た目をしている。勿論、高低も殆ど無い。
少年は、そんな五稜郭をタワーの上から見た後に、こうして実際に橋まで来てみた。
(思ったより……あまり、上から見た時の突起は感じられんな…パッと見では攻めやすそう……)
なにせ、横から見ればただの大きめな角が飛び出ているだけである。
だが、その実は、突起拠点の内二つが常に連携するようになっており、実戦となれば左右から砲撃を浴びせられるに違いあるまい。
そして、そのまま少年は、ずんずんと、新政府軍になったつもりで五稜郭内部へと侵入してゆく。
城内は高低差がないおかげで、疲れはしない。
が、まるで迷路のようにカクカクとしているため、いつどこから襲われるか…そう考えれば周囲の観光客が皆敵に思えたりもした。
また、何を思ったか、少年は手頃なベンチを見つけ、ひと休憩を採ってみる。
固い、石のベンチである。
(……ここに、土方歳三や、榎本武揚らが居たのか)
もしかすると、今座っている石ベンチにすら彼等の足跡が有るのかも知れない。
(彼等にとっては…ここが最後の希望……)
どんな心境であったのだろうか。
迫りくるは、雲海の新政府軍。
だが、不思議な事に考えれば考えるほど、この五稜郭が大きく、頼もしく思えてくる。
日露の時代の三笠のような、太平洋戦争ならば大和のような。そんな感情を、旧幕府軍の兵士たちは、この大要塞に向けていたのではあるまいか。
(もう少し、空気を吸おうか)
少年は、まだまだ居座るらしい。
五稜郭、もう一度行ってみたいですね。