表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

商店街


人の気配が感じられず、まるで格好だけ立派なセミの抜け殻の様な商店街の大道を、少年が足をブラブラと、そして右往左往しながら愉快げに歩いている。


普段なら左右の窪んだ、洞窟の様に建てられた店々から、番頭さんやら頑固な店長から大声で「おい、坊主、危ねぇからイゴイゴすんな!」とでも叱られているだろう。

だが、悲しい事にその肝心の店すら開いて居らず、みなシャッターを下ろして亀の様に閉じてしまっている。


淋しい道。



無駄に、空が高い。一面の古ぼけたガラス張りの天井。所々穴が空いており、一定間隔で紐で吊るされた紙看板がプラン…プラン……としている。


一体いくら掛かったんだか、と少年は、おやおや、と目を見張った。

人が居なければ埃も立たぬ、少年少女の笑い声はここから先の、駅の近くに新しく建てられたショッピングモールに吸い込まれたらしい。



暫く、歩く。


カツン…カツン……と。


どうやら彼は、ほぼ閉鎖状態のような施設を巡るのが昔から好きらしく、この時だけは世紀末の世界に居るようで、何もかも重圧から逃れられた様な感じで、気分が落ち着くらしい。


変わった思考であると本人も自覚しているのだろう。当然、人には言っていない。


「……おい、坊主」


右からであった。


カツン…カツン……と歩いていたのに、途中で止めてしまった。


そう、右の、本屋らしき四角い窪みの店。

そして、それは唐突であった。故に多少ビクッと少年は軽く跳ね上がる。


「……こ、こんにちは……!」


一応、元気よく、されど威嚇するように挨拶する。


「行儀が良いな、どうだ、本、見ていくか?」


老人であった。頭に黒いシミが点々と入っており、しわくちゃの。六十は遠に過ぎているだろう。


「あ、え、えぇ……とぉ…」


一瞬、少年は迷う。


老人は薄ら笑いを浮かべ、片手に兵法書のようなボロボロの本を持ちながら顔をプラプラと扇いでいる。


「どうだ、ほれ、はよぅ決め」


何故か老人は、催促してきた。


「なら……」


少年は、別にこのまま行こうと思った。


が、彼の体は思考と反して吸い込まれる様にして、古い本屋に入った。入らねばならん理由も無いのになのに、なぜか、ふと入ってしまった。魔物の巣窟のような匂いと雰囲気を醸し出す、商店街の一角に。


「意外とキレイだろ、毎日毎日、客さんも来ねぇのに掃除してるんだぜ」


「確かに……立派…ですね」


入るなり見えてくる大山の如き本の山々、昔ながらの、そして木枠の本屋にしては随分と整えられ、木目がありありと見えるでは無いか。


だが、それにしてもこんな古典的な本屋、ソレこそ漫画や図鑑の中でしか見たことが無い。


「なんで坊主は、どうせ買うもんなんてねぇのに、こんな商店街を彷徨いてたんだ?」


「趣味ですよ、こういう雰囲気の場所、好きなんです」


「そりゃ…珍しいねぇ、最近の子にしては」


プハァ……と、一応客が来ているのに、ポケットからゴソゴソとタバコを取り出し、椅子に座って一服やり始める。

そして、続けて老人はまるで、少年に本を選ばせる隙を作らせないように話し掛けて来た。


「坊主、昔はな、ここの商店街も活気に溢れてたんだぜ……俺の家内と出会ったのもココだった」


バンバン、と老人は自分が座っている木椅子の横に据え付けられた机を叩いた。


「あの時、そう、確か十二くらいの時だったな」


「……惚れ気話…」


うえぇ、と少年が両手を広げて、わかり易く面倒くさそうな表情を作るが


「まぁまぁ、聴けって」


老人は構わず続けた。


「俺は当時、そう、夏目漱石の、成長していない『坊っちゃん』みたいな少年でな、ここいらじゃ有名だったんだよ」


どうやら老人は無鉄砲、きかんき、生意気、まさにガキ大将の典型だったらしい。

いつもいつも、商店街で気に入らない年上の不良グループを見つけて、一人で殴り込みに行き、あしらわれる。


金がなくなった事を口実に、友達たちの前でわざと自分の勇気を見せる為に食い逃げまがいをして、店番に怒られる。

そして、どんな些細なことでも舐められたらじっとしてはいられない、そんな男であった。


だが、そんな小僧はある日不思議な本屋に立ち入ったそうな、新しく店を構えたらしく、きれいな合成木材の、整えられた新品のピカピカとした本屋。


店主も若く、二十手前くらいの女性だった。


当然、老人は……否、少年は、好奇心で居ても立ってもいられず、一人で見に行った。


その本屋に近づくうち……いつも商店街には鳴らぬハズの、小鳥が囀るような風鈴の音。東京から来たらしく、英語で、なんとも洒落た看板を立てているでは無いか。


「…入るで」


まだ声変わりがしていない、高い声と共に少年はカラン…ッと入店する。


瞬間、鼻腔を貫く本の…紙と木が織り交ぜられたような匂い…の奥に、何処か優しい感じもした。ともかく安心する。


「あら……小さなお客さん…初めてのお客さんだわ…」


すると奥からシトシト…という上品な音と共に、百七十近くの、長身の女性が現れる。

少し色素の薄い黒長髪の、丸くトロンとした目の女。


「小さいって言うなや!」


馬鹿にされたセイだろうか、また、更に高い声。

少年は女性を見上げながらイライラして喋る。


「はいはい、どんな"ジャンル"の本をお探しですか?」


「ジャンルってなんや!」


入店早々、聞き覚えの無い単語を言われ、自分から田舎臭さをプンプンと感じられ、少年は軽く赤面する。


「ジャンル……ってね、分類、例えばレキシ…とか、セイブツ……とかの本の種類の事だよ」


別に本を買いに来た訳でも無いのに聞いてしまった己の意志の弱さに驚く。


そう、少しチラッと見て、帰るハズであったのに……思わず反応し、対話してしまった自分自身に、同時に酷く怒ったようである。


不快気な顔


「ふ~ん、そうなん、でもエエわ、別に買いに来た訳じゃないし」


「あらあら、可愛らしい」


「うるさいわ、もう来んわこんな店!!」


面白うも無い、と言いながらカンカン!と下駄をほうり投げる様に鳴らしながら、店に入ってから一分にも満たぬ間に少年は出ていった。


「どうせ、それでツイツイ何度も行ってしまった〜みたいな感じでしょう」


老人の話の途中、考察の誘惑に耐えられなくなった"少年"が話の腰を折るようにして割り込む。


「カッカッカッ、いいところだのに、まぁ、そうだなぁ……」


アレから何度も何度も、ついつい。


学校帰りの勉強場所に使ったり、部活で疲れたら寄ってみたり、ただ本は決して買わなかったらしい。


「俺は本は嫌いだったからな、あんなの、長くて読める気がせんわ」


「でも……」


少年は言いつつ、ツゥぅと、そこいらに仕舞われていた大量の本の中の一冊を取り出し、開き、指で擦る。


「それにしては、随分と綺麗ですね……」


「…………あの頃は、良い……地域だったわ」


「活気に溢れとった、俺の…黄金期だよ」


すると、少年は不思議そうな顔をして


「…ショッピングモールの近くに移転して、店を開けばまだまだ行けるんじゃ無いですか?」


他の店もそうしてますよ、ほら、あそこ、言っても土地代未だに安いですし…黄金期はコレからですよと付け加える。


「……やっぱり坊主、お前、俺の話聞く気無かったろ」


「………?」


「…フンッ、さぁ、帰った帰った、もう閉店だよ」


(自分から入れって言ったクセに……)


だが、自然と怒りは沸かなかった。


老人の言い方に何処か愛嬌があったからだろう。

それに、元々本を買う気などサラサラ無かったし。


「お爺さん、お元気で」


「…おう」


だが、多分この老人と二度と会うことは無いのだろう、そう少年は何故か直感した。


故に…つい、ついギョッと凝視し、プハァ……とまたタバコを吹かす老人から離れて行くウチ、自然と涙が溢れた。止め処なく、溢れた。

きっと、きっと昔はここも…人の笑い声が絶えなかったのだろう。


ガラン…とこの世の終わりのような色をした、哀しい商店街。


ただただ、虚しかった。

少年は再度考えても、どうして自分が泣いているかも分からぬまま、タッと走り出した。


過去を置き去る様に、新しい場所へと向かう様に。




少年の背後には、寂しくも美しい思い出の数々が山のように積み上がっている。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ