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悪い女




きっと彼女の瞳には悪魔が宿っている。




ソレが私の心を掴んで離さない、同年代の…高校生とは思えぬ程の魅力を、魔性の何かを、彼女は持っている。抗い難い何かを。


「立花さん、今度、映画館……一緒に行きませんか?」


七限目が終わり、ホームルームが終わり、皆鞄に単語帳やら教科書やら電子辞書やらを詰めつつ、伸びをし、腰を曲げている。


彼等は呑気なモノだ、私がこんなにも胸の鼓動を早め、思わず尿意を催つつ、彼女……立花楓と相対していると言うのに、部活の話やら明日の遊びの集合場所やらの話で持ちきり。


本当に、羨ましい。



廊下で二人でタイマンで、コソッと静かに会話している私達に、誰も気付いて居なかった。まるでソコに空気でも存在しているかの如く。


「映画……館?」


二人きりで?と立花は肩まで届く黒髪を揺らし、狸の様なまん丸の瞳をうるうるさせて、私の心にコレでもかと訴えた。


窓から見える空は既に赤く…血のように染まっている。


「えぇ、二人きりで、ちょうどこの前…私の知人から割引券を貰いまして」


四方から聞こえ続ける笑い声、話し声、それらは決して私達に向けられたモノで無いことは明白であるが、どうしようもなく、私には恐ろしい怪物達のうめき声としか受け取れなかった。


鞄を持つ手に汗が滲み、ツゥぅと、背中から腰のベルトの位置にかけて、きっと、べろべろのシャツのセイだ。嫌な、不快感と恐怖を伴う汗が一直線に下った。


「二人きり……ふふっ、二人きりですか」


「……はい」


そして彼女はニィぃと滑らかな笑みを浮かべ、指を私の口元に、急に、蝶が花の蜜を吸うが如く、水が高いから低いへと流れる如く、トッと置いた。


柔らかい、それでいて何処か良い香りのする指である。この世のモノとは思えない感触。


当然、私は困惑し、頰を紅潮させる。


「え、あっ……」


動く事も出来ず、傍から見ればトントおかしな、されど当事者からすれば魅惑の時間が流れてゆく。


「勿論」


続けて、彼女は言った。勿論と。もちろん、私は次の言葉を、彼女の喉から繰り出される蜜を、頭をボーッとさせて待つ。

何も考えられず、ただ与えられたエサを食らう動物のように、私は操られる様にして、ひたすら待つ。


「……勿論、行きたいです」


幸運にも、少し間を置いて、行きたいです、と確かに彼女は言い放ったのである。

ソレは私の短い闘争と、この恐ろしい現実の終結を意味する。


「……」


だが、私は不器用にも次の言葉を紡ぐ事は出来なかった。だって、彼女が、目の前の悪魔が余りにも美しく見え、目を奪われて居るのだから。


悪魔だ。決して"私を"捉えて……きっと、一生離さない、逃げれない。


瞬間、ゴーン、ゴーン、と五時を告げる救いの鐘の音が、街を震わす。今まで異世界に身をおいていた様な私の精神は、物理的な音によって現実へと戻された。


鐘の音は、私にとって呼吸であった。


________



「……ケンジ、ケンジ!!」




「……え?」


そう。


夢とは儚いモノである、何故か私は椅子に座り、机に突っ伏し、ツゥぅと悲痛げに泣いていた。


顔をクシャクシャにし、怯えながら。


何故……先程まで、立花さんと………


言いかけた私の言を遮る様に、私をケンジと呼ぶ友人が続けて


「ほら、先生、怒ってるぞ」


前を見ろ、と注意し、からかう。


日常か、そのハズ。コチラの方が正解なのである。

良かったと安堵さえした。


「どうしたの研二君、体調でも悪くなった?」


受けている授業は国語らしく、女性の教師が教鞭を持ち、教壇から降りつつ、近付いてくる。


「…いえ…立花さんと…」


私は寝ぼけていたのだろう、何も考えず、ボーッとし、つい口走った。


ソレは禁忌の言葉である。なぜかって。


教師はハッとし、驚きながら……されど優しくゆっくりと近付き、私を抱擁し


「ゴメンね……辛かったね……楓ちゃんの事は、また話し合おう」


立花楓は既に死人である。


されど彼女の残り香が、声が、瞳が、毎夜毎晩……なんと昼寝の時になってまで、化けて出てくるのだ。

コレは私の幻想だろうか、一ヶ月間も、私は幻覚を見続けて居るのだろうか。

そうに違いあるまい、でなければ…全く、悪い女である、死して尚、彼女は私を捉え続けるのだ。

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