跨線橋
今日は月曜! “月曜真っ黒シリーズ”です!
札幌支社長を拝命してから2年余り、順当に行けばあと2年で本社へ戻り、創業家以外では最年少で然るべきポストに就く事になる。
なぜなら北海道は我が社創業の地であり、その支社長を務めるというのは特別の意味があるからだ。
今までは札幌支社長は代々創業家一族が務め、その中で最終的に役員にならずに終わったのは私の前任者は……先日の取締役会で辞職を表明した専務が溺愛している嫡男だけだ。
こんな風に言うといかにも自慢に聞こえてしまいそうだがオレは優秀でも何でもない!
母一人子一人とは言え、お袋はオレを育てる為、色んな職を転々とし随分と苦労を重ねた。
「佳寛!お前は母さんみたいになっちゃダメだよ!」が口癖だった。
だからオレは誰にも負けたく無かったし、後ろ指も指されたく無かった!!
中学ではキチンと許可を取って新聞配達を始め、塾にも予備校にも通わず中高とトップを取り続け東大へ入った。
本当は理三へ行きたかったのだが……さすがに受験者は異次元級の奴らばかりで……浪人は絶対できないオレは理二を選択した。“進振り”で農学部を選択し学卒での開発職を目指したが結局、今の会社では営業部へ配属となった。
ここで中高時代の“反骨心”が甦り「ここに居る奴らの誰にも負けない!!」と固く決意し、職務に邁進した。
仕事以外で気に掛けていたのはお袋の事だけだったので、もちろん彼女などおらず、入社して3年目に最年少の主任になった時、専務の息女(次女)との縁談が持ち上がった。
止む無く一度だけ“顔合わせの”食事をしたが……絶対にお袋とは合わないと判断し、翌朝には専務室の扉の前に立ち、その翌月には全国最下位の松山営業所へ赴任した。
お袋一人にするのは本当に忍びなかったので「せめて首都圏に帰り咲きたい!!」との一念で寸暇を惜しんで働き詰めに働いた結果、その年は前年比200%の実績を叩き出した。
「鈴木さんが来てから忙しくって仕方ないのよ!! いくら残業を付けてくれたって、労組からクレームが来るわよ!!」
冗談っぽく言いながらも本気で心配してくれたのが比奈子さんで……休日以外は営業所の粗末なソファーがベッドだったオレの世話を何かと焼いてくれた。
翌年のクリスマスイヴに初めて指輪をプレゼントしてそのままプロポーズ!!
「ああ、これで私も左遷一直線! あ、元からそうか!」と笑いながらプロポーズを受けてくれた比奈子を連れて正月に上京し、お袋と引き合わせた。
以来、お袋と比奈子の両親が良好な関係を保てているのは偏に比奈子のお陰だ!
「婚前旅行で東京に行けてよかったわ!」と比奈子が言うので
「君のご両親には申し訳ないが、君は来年、東京に住む事になる」
との宣言通り二人の新居は都内の3LDKのマンションとなった。
それから10年が経ち、オレ達夫婦は“佳子”と“寛輝”の二児を授かり、さいたま市内に戸建を購入してお袋を引き取った。
元々外向きな性格の比奈子はフルタイムで働き出し、お互いに対して優しいお袋と比奈子の間柄はますます親密になった。
そして1年が過ぎた頃……専務一派は長年の愚策が嵩じて自滅した。
更迭された札幌支社長(専務の嫡男)の後任の白羽がまさかのオレに立った。
専務の次女との縁談を断って左遷されて以来「潰されてなるものか!!」とひたすらやって来た事が奏功し三足飛び位の昇進! 勿論、創業家以外での就任は過去前例が無い!!
慣例に従えば4年で本社に戻れるから佳子の中学受験にも間に合うし、オレは家族全員で赴任したかったのだが、お袋が「住み慣れた都会を離れるのはイヤだ!」と言い出した。
「住むのは札幌だし都会だ」と言うと「雪道は慣れない年寄りには怖い!」とか色々な理由を付けて首を縦に振らなかった。
最後はオレの方が折れて比奈子にお袋の面倒をお願いする事にした。
比奈子は「子供たちはおばあちゃん子だし、私も今の仕事を辞めなくて済むわ! 浮気をしてもいいとは言わないけど私にバレない様にスマートにやってね!」とウィンクした。
「オレは比奈子以外の女は知らないし、浮気なんか絶対にしない!! そう!妻も子供も居るのにお袋にオレを孕ませたオヤジみたいな男には絶対ならない!」とつい声を荒げたら、比奈子は「ごめんなさい!!どうか許して!」とオレの首に縋って熱いキスをくれた。
ひと月に1回は、比奈子は子供達をお袋に任せて飛行機で千歳空港まで飛び、オレは仕事先から直接空港へ向かい夜のドライブデートを楽しんだが、それ以外の週末は、雪が降る迄が勝負なので……得意先や業界間での“ゴルフ付き合い”か、各営業所への視察を兼ねた“小旅行”で忙しくしていた。
そんなある週末、湖の傍の素晴らしい眺望のコースで接待を終え、温泉旅館で人心地ついてからタブレットを広げた。
やっておいた方が良い仕事だけを片付けて何となくニュース記事を見ていたら、とある地方紙の配信に目が行った。
『旧線の跨線橋 来年度には解体か?』
記事に付された跨線橋の画像が妙に引っ掛かり、オレは記憶を探ろうと窓の外の暗い森へ目を向けてみたが、何も思い浮かばなかった。
その夜、夢を見た。
両脇に草木が鬱蒼と茂り、つる草や苔に覆われた石造りの跨線橋下のトンネル。
とても小さなオレの足は……恐怖に竦みながら赤いぬかるみを踏んでいる。
背後から聞こえる呻く様な声は……
「たもつ!! にげて!にげて!にげて!にげて!」
声に押されて夢中で駆け出すオレの背中に女の恐るべき断末魔の声が突き刺さり、オレは足を取られて泥道に投げ出される。
痛みと、恐怖による失禁で火がついた様に泣き叫けぶオレはぐっしょりと濡れた袖に抱き上げられた。
「ああ、かわいそうにかわいそうにヨシヨシ」
仰ぎ見た女の顔は、青ざめて髪を振り乱しているが皺ひとつ無いお袋で……手に鉈を握っていた。
そしてその向こうの暗闇の中には……
不気味に痙攣する2体の魔物が見えた。
あの夢は一体何だったのか??
身に覚えの無い『たもつ』と言う名前は……
北海道の一直線に長い道を走りながらオレの心はこの悪夢に取り憑かれていた。
その翌週末、オレはある営業所へ視察に行った。
かねてからの打ち合わせの通り、オレよりずっと年かさの営業所長が出迎えてくれた。
「休みの日に出て来てもらって済まない!」
「いえいえ支社長こそお休みなのにわざわざお越しいただきありがとうごさいます」
「私はこれが仕事だから構わんさ! 接待ゴルフより遥かに有意義だよ。キミたちの努力こそが札幌支社を支え全社の礎となっているのだから、更なる躍進の為には現状の問題点を探し修正する事が必要だ!その力添えを私が出来る様、一緒に考えさせて欲しい」
「今だから言いますが……そんな事は前の支社長はおっしゃってくださいませんでした」
「私も今だから言うが……あんな旧態依然のやり方では伸びる業績も伸びないよ」
こうしてオレ達は和やか且つ真剣に討議を重ねた。
仕事の後、オレは所長に頼んで跨線橋へ連れて来てもらった。
「随分と歴史がありそうだね」
「ええ建設は第二次世界大戦前だそうです。軍事物資輸送用の貨車が通るはずだったのですが戦中の資材不足がたたって旧線そのものが未完成のまま廃線となったのです。所々架線跡が残っていますが、中には猟奇的事件の現場にもなりました」
「猟奇とは穏やかではないが……何があったんだね?」
「もう40年近く前の話……私はまだ子供だったのですが、跨線橋をくぐるトンネルの中で夫婦が鉈で首を斬られたのです。それはもう!大変な騒ぎでした」
「それは確かに尋常じゃないね!当然、犯人は捕まったのだろうが……」
「それが未解決のままなのですよ。この道は架線が通っていた跡なのですが、ここから下っていって三つ目のトンネルがそうです」
オレは出掛かった「子供が……」と言う言葉を飲み込んで所長と別れた。
独り架線跡を歩いて行くと“物心前”の記憶が、所々取り残されている錆びた線路の様に、浮かび上がって来る。
そして“そのトンネル”に足を踏み入れた時、オレは鮮血が飛び散る幻に襲われ、跳ねる様に後ずさって尻餅をついた。
そう!
あの時と
同じ様に……
あとで調べてみると夫婦の三歳になる息子が行方不明のままだと言う。
その子供はオレに間違いは無いのだろうが……
オレはお袋の実子で、お袋はオレを取り戻す為に夫婦に鉈を振るったのだと思う。
そう思う事が母の為だし
オレ自身の為でもある。
おしまい
今週もサスペンス仕立てにいたしました(^^;)
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