感冒⑩
三人はいつもの恰好、すなわちシーツで作った白衣とマスク姿になり、ぐったりと横たわるエルフェリンのベッドサイドに立った。まずヴィルヘルムが『鎮痛の施術』を行い、テオドールがエルフェリンの左下腹部を消毒する。消毒に使うピンセットを持つ手が心なしか震えて見えるのは、テオドールが緊張しているのか、それとも小夜自身の不安がその視界を震わせているのか、小夜にはわからなかった。そんな中、エルフェリンの左下腹部に青白く光るヴィルヘルムの指が少しずつ、いつものように皮膚のトンネルを形成し始めた。そして色鮮やかなエルフェリンの腸管が見えたところでその施術を止めた。テオドールがその丸い瘻孔の縁を二つのピンセットで持ち上げる。腹壁と内臓が離れたことを確認し、小夜が少しずつ薄い塩水をエルフェリンの腹腔内に流し込み始めた。今のところエルフェリンに変化はない。慎重に少しづつ注入したいところではあるが、時間がかかればそれだけ感染のリスクが高まってしまう。小夜が震える手で予定していた量の塩水を入れ終わった後、先ほどの瘻孔をヴィルヘルムが閉じる。腹腔内に塩水を注ぎ込まれたエルフェリンの下腹部は心なしか少しふっくらと膨らんだように見えた。
≪ここまではうまくいった。≫
ヴィルヘルムとテオドールの労に報いようと、口を開いた小夜であったがびしょびしょに濡れたマスクがそれを阻んだ。施術の終了を待ち焦がれれていたように涙腺の堰は切られ、小夜のマスクをずぶぬれにしていた。清潔を保つ必要が無くなったヴィルヘルムが小夜の肩を抱き、テオドールが小夜の手を握った。泣くのを躊躇する理由が無くなった小夜は、二人のやさしさに甘えて声を上げて泣いた。




