感冒⑨
人間を含む哺乳類の腹腔内には腹膜と呼ばれる内部の臓器を包み込む膜が存在する。その膜はとても広く、そしてその内部には多数の毛細血管が文字通り網の目の如く走っている。そして腹膜はその毛細血管から腹腔内の水分を吸収することができる。小夜が思いついたのは腹膜投与と呼ばれる方法だった。これは血管から薬を投与するのが難しい小動物や、人間でも抗癌剤などを投与するのに用いられる手法で、体表から腹腔に繋がる瘻孔を作成し、そこから薬剤等を投与する方法だ。エルフェリンの体液よりも濃度の薄い液体を腹腔内に入れ、その浸透圧(水分を通す膜を通じて、水が濃度が低いほうから濃度の高いほうへ移動する圧力)にて腹膜からの水分吸収を期待する。そんなやり方だった。しかし小夜の不安は尽きない。こんな方法で水分を吸収させるやり方を小夜は一度も見たことが無い。さらにこの方法には危険が伴う。以前彼らが作成した胃瘻の場合、胃は自身の持つ酸が感染に対しその威力を発揮する。しかし腹腔内には感染防御策は無く、感染源が入り込めば最悪腹膜炎を起こしてそれこそ致命傷になりかねない。しかしひどい脱水症状を呈しているエルフェリンを救うには、この方法しかないと小夜は確信した。
「テオドール君、エルフェリンのへその下、左側を消毒して、ヴィルヘルムそのあとエルフェリンの・・・・・・。」
小夜は押し寄せる不安に堪え切れず泣きそうになる。しかしそれに挫けることなくヴィルヘルムに告げた。
「そこに孔を、エルフェリンの臓腑を、傷つけることなく、孔を・・・・・・。そこから、さっきの水を注いで、孔を閉じます。」
≪成功するまで絶対泣くものか。≫
押し寄せる感情を歯を食いしばりながら抑え、文節を区切るように小夜が指示した。するとヴィルヘルムはその美しい顔に優しい微笑みを浮かべ、
「導師、私はいつ何時もあなたを支持します。」
と全幅の信頼を言葉にした。小夜は涙がこぼれないように上を向くので精一杯であった。




