感冒②
「お待ちしておりました。」
療養院でこの言葉をかけてきたのは、ヴィルヘルムではなくその後ろから巨体を覗かせるゲオルグであった。どういうわけかこの大男は、三日と空けずに、療養院の昼食会に現れるようになった。ヴィルヘルムがあれこれ理由をつけて追い返そうとするものの、面の皮が厚い人間の標本とも言うべきゲオルグにはどこ吹く風、嬉しそうに足繫く療養院に現れた。
「軍上層部は冬季の行軍に向けて着々と準備を進めています。これもサヨ殿の進言があったからのこと。呪いなんて存在しないことが分かり、兵たちの士気もますます高まっております。」
「この間も同じ話を伺いました。ゲオルグ殿。」
ゲオルグの雄弁に嫌気が刺したように、ヴィルヘルムが流し目でゲオルグを牽制した。
「はっはっはっはっはっは。これは失礼いたしました。」
≪暖簾に腕押し、糠に釘。≫
嚙み合わない二人の『術師』、その嚙み合わない会話を小夜はこの世界にないであろう言葉を使い頭の中で考察した。
「そう言えば、大事なことがありました。」
ゲオルグが思い出したように話し始めた。
「兵士たちに風邪が流行っています。」
周囲は何だそんなことかと苦笑していたが、小夜だけが笑っていなかった。
「ゲオルグ殿、風邪を引いた人はどんな症状が出ていますか?」
小夜の真剣な問いかけはゲオルグの話を真に受けなかった者の耳目を引いた。
「そうですね、高い熱が出て、寒気を訴え喉が痛いと嘆くものが多いですね。中には二三日動けなくなるものもおります。兵舎内であっという間に広まってるみたいで。」
≪季節的にもインフルエンザかな?≫
症状とその感染力から小夜は推察した。とは言えこの世界では感染症は安静、保温が関の山、あとできることと言えば・・・・・・。
「兵士たちに外出後のうがいを徹底させてください。」
するとゲオルグは笑った。
「サヨ殿に言われなくても、兵士たちは兵舎に戻ればまずはビールを煽るのが日常です。」
「いいえ、ビールを飲むのではなく水でうがいをさせてください。」
小夜の迫力に気圧されるゲオルグ、小夜が続けた。
「その風邪はふつうの物とはちょっと違います。今流行っている風邪は、喉に熱を出したり腫れあがる原因が留まるせいで起こります。うがいでそれを洗い流せば感染るのを予防できます。」
気温が下がってきた城塞都市オストプロシアでは水の保存が可能となってきていた。ビールを使ったうがいは誤嚥(誤って食べ物や飲み物が気管に入ること)したときのリスクが高いしその低いアルコール濃度では殺菌効果も期待できまい。
「この風邪のやっかいなところは、人から人に感染することです。特に集団生活をしている兵士さんたちには手洗いとうがいを励行するようご指導願います。」
「了解しました。導師。」
敬礼のような姿勢を取り、かしこまって答えたゲオルグにヴィルヘルムが繰り返し釘を刺した。
「いえいえお安い御用ですよ。ねぇ、私の導師。」
相変わらずのヴィルヘルムに閉口しつつも、集団感染の拡大を懸念する小夜であった。




