訓練場での事故⑥
エルフェリンの導きで療育院に戻った小夜とヴィルヘルム、二人の前には明らかに青い顔で呼吸苦に苦む兵士が横たわっていた。
「なにがあったの。」
テオドールの訴えを理解し、小夜とヴィルヘルムを連れて帰ってきたエルフェリンの労に報いる暇もなく、テオドールは小夜の質問に答えた。
「右胸に短剣が刺さった兵士です。『治療術』は施術頂いたのに、どんどん状態が悪化していくのです。」
小夜は慌てて頻呼吸の青白い顔をした兵士に駆け寄った。看れば確かに傷は塞がり跡さえも見えないが、兵士の状態からは低血圧と換気障害、そして頚静脈の怒張:すなわち首の青筋から静脈還流障害が疑われる。小夜は左の胸に耳を当てその呼吸音を聞き、その後右の胸から呼吸音がしないことで確信した。
≪緊張性気胸だ。≫
小夜の頭の中にこの診断名が浮かんだ。人間の胸腔内には肺という二つの風船があり、それが呼吸を司っている。この兵士はその風船の一つに穴が空いた状態。ただしその二つの肺という風船は胸腔という瓶の中におさめられている。おそらく穴が空いているであろう肺から漏れ出た空気が、胸腔という閉鎖空間の中に充満し、内部の圧力が上昇した結果正常な左肺や心臓等が圧迫されている。それが緊張性気胸と呼ばれる状態であり、ほおっておけば致命傷となりえる状態である。『治療師』オイゲンは見事に体表にある傷を塞いでくれた。しかしながら塞がらなかった穴の空いた右肺からはその呼吸による空気が漏れ続け、体表の傷という抜け道を失った胸腔の中に漏れた空気が充満し正常組織を圧迫している状況にある訳だ。兵士を助ける方法は、胸腔という閉鎖空間を解放し、空気がいまだ漏れ続けている右肺の穴をふさぐこと。
「ヴィルヘルム、右の胸に孔を空けて、小さくていいから。」
小夜はヴィルヘルムに指示を飛ばした。まずは内部の圧力が上がり過ぎて正常組織を圧排している空気を抜く通気孔作成を指示しその直後、
「お手柄だぞ、テオドール君、エルフェリン。」
と功労者に最高の笑みで報いた。
その言葉にテオドールははにかみ、エルフェリンは褒められたことだけは理解したようにニコリとした。




