訓練場での事故③
小夜とヴィルヘルムが兵舎にて外傷救護講習を行っている頃、右胸に短剣が深く突き刺さった兵士が槍を使って作られた即席の担架で療育院に運び込まれた。ヴェルナーが慌てて『治療術師』を呼びに行き、テオドールは湯を沸かし始めこれから行うであろう煮沸消毒に備えた。
ヴィルヘルムは外傷救護講習に出ていたため不在で、以前ちぎれかけた足の治療でヴィルヘルムと揉めた中年『治療術師』が連れてこられた。彼は名をオイゲン・ハイドリッヒという。オイゲンはもともと帝都で『治療術』の研究職として働いていた。それほどの能力もないのに威張り散らす彼は帝都でもあまり評価されておらず、死亡率の高かった城塞都市オストプロシアの補充要員として派遣された。それなのに自分より若いヴィルヘルムに自分の治療を否定され、恥をかかされたことを根に持っていた。とは言え城塞都市オストプロシアの中では常識となりつつある小夜とヴィルヘルムの治療法を無視することもできず、彼は白亜のローブを羽織り、同色のマスクをしていた。
おどおどしながらもしつこく手洗いを勧めるテオドールに根負けし、手を洗った『治療術師』オイゲンは改めて兵士の右胸上方に刺さった短剣を見た。短剣は深く刺さっていたが貫通はしていなかった。軽傷であろうと軽く見たオイゲンは左手に短剣の柄を握り、右手で鎮痛の施術を始めた。短剣が刺さった周囲を高濃度消毒用アルコールが染み込んだ綿棒で拭くテオドール、それを邪魔そうに見下ろすオイゲンではあったが、特に咎め立てすることも無かった。オイゲンは右手に『治療術』の力を発揮しつつ、その左手でゆっくり短剣を抜き始めた。胸の傷が塞がりながら短剣が抜かれていくその姿はさながら奇術のようであった。オイゲンが得意げに短剣を抜き去ったとき、短剣が刺さった兵士の胸部には傷一つ残っていなかった。治療を受けた兵士はぐったりと療育院のベッドに横たわったまま。悠々と立ち去るオイゲンを見送るテオドールは、オイゲンが事故で負傷した兵士の顔を一瞥することも無かったことに怒りと不安を感じていた。




