戦闘外傷救護講習④
「怪我人はまず後ろに下がらせる、治療は必ず後ろに下がってから行うこと。」
小夜は続けた。これがゾーニングという考え方である。戦闘が行われているところが災害医療でいう危険に暴露する可能性があるホットゾーン、そして後方の戦闘が行われていない場所が安全なコールドゾーン、応急処置はそこで行わせることを徹底して教えた。
「緊急搬送機材で後ろに下がったらまず確認するのは、会話が可能かを確認、次にちゃんと呼吸してるかを確認します。」
「会話ができて、呼吸に異常がなく、指の爪を押さえて五つ数えます。指を離してから二つ数える間に爪の赤みが戻るのが正常。」
小夜は自分の知識を可能な限り嚙み砕いて教えた。指の爪で循環状態を評価する毛細血管再充満時間と呼ばれるこの方法、小夜も災害医療講習で習ったのみの知識。指で爪を5秒圧迫後離し、二秒以内に爪に血の気が戻れば循環は正常、二秒以内に戻らなければ血圧低下などの循環障害の存在を示唆する。
「爪の赤みが戻るのが遅い人はすぐに両足を体より高い位置に上げます。この行為によって血液を体の中心に集めます。」
血圧計も存在しないこの世界、プレホスピタルケアを学んでいた過去の自分に心底感謝する小夜であった。
小夜は続けた。
「さっきの三つに一つでも問題がある人は、そのまま療養院直行、すぐに治療を受けたほうが良い人です。」
これは災害医療現場でロード&ゴーと呼ばれる重症者搬送システムを小夜が簡素化したものである。本来はこの他にも評価項目があるわけだが、それを全兵士に理解させるのは難しいと小夜なりの判断を行ったのがこの内容であった。
見ればゲオルグが真剣にメモを取っており、前線に出るはずのないヴィルヘルムまでもが一字たりとも聞き逃さない迫力でメモを取っている。二人の知識欲と対抗心が小夜を微笑ませた。
この前列で負傷した兵士を後列の兵士が後送するシステム、発案者の小夜はもちろんのこと兵士や将校たちも予想できなかった、その意図とは異なる戦果につながることをまだ誰も知らなかった。




