戦闘外傷救護講習①
小夜がこの仕事を引き受けてくれたことへの感激が治まらず、なかなか小夜を解放してくれないゲオルグと、そのゲオルグと小夜の間に割って入り続けるヴィルヘルムをどうにか引き剝がし、小夜はようやく家路に就くことが出来た。その道中小夜は思案した。
≪要するにプレホスピタルケアってことだよね。それは臨床経験無いんだよなぁ。≫
プレホスピタルケアとは病院到着前の応急処置のこと、これは救命救急士と呼ばれる救急隊員たちの仕事であり、小夜たち看護師は病院に到着してからの処置が業務の基本である。実践した経験はないが座学で学んだ知識を小夜はフル活用するしかなさそうだ。先ほどの軍議のなか、割と冷静な将校が現在の場外戦闘について小夜に教えてくれた。
猪頭鬼たちは自分たちが廃墟と化した、オストプロシアと同じ城塞都市とかつては呼ばれたところを根城としていた。そして定期的に猪頭鬼の巣窟となった城塞都市に遠征と呼ばれる攻撃を仕掛けているのが城塞都市オストプロシアの兵士たちだ。彼らの戦術はこうだ。まず猪頭鬼の巣窟にぎりぎりまで近づいて、両側の先端が尖った丸太を組んで木柵(木の杭を組み合わせて作成する防護壁)とし、そこから先へ猪頭鬼が進めないようにする。木柵が完成したら遠隔攻撃が可能な『爆炎術師』が猪頭鬼の住処で爆炎を発生させる。蜂の巣をつついた様に猪頭鬼が群れを成して城塞都市から現れ、弓兵たちが木柵越しに矢を射かける。兵士たちはその身長を超える槍を装備し、その腰には短剣を吊るしている。木柵最前列の兵士はその槍で木柵を越えようとしてくる猪頭鬼を突く。最前列の兵士が倒れたら、二列目の兵士が入れ替わり次は三列目とこれを繰り返す。木柵が破られそうになったところで兵士たちは一斉に後退し、追ってくる猪頭鬼たちに予め後退していた弓兵たちが再び矢を射かけ、最後に『爆炎術師』による『爆炎術師』が追手の足を止める。その間に後退していた兵士たちが失った木柵の代わりに槍衾と呼ばれる槍を前面に突き出したによる陣形を組み、木柵代わりの障壁となる。その後ろに弓兵や爆炎術師が退き、槍衾の後方から遠隔攻撃を仕掛ける。これを繰り返して城塞都市オストプロシアへ戻るのが彼らの戦術であった。
「かつては優秀な『幻覚術師』がいて、追手の猪頭鬼に幻覚を見せることによりもう少し有利に撤退できたのですが、その『幻覚術師』は戦いに倒れてしまい、このような単純な兵法しか取れなくなったのです。」
この戦術のどこが単純なのか、兵法の心得を持たない小夜にはわからない。ただ小夜に理解できたことは二つ、一つは木柵や槍衾といった障壁の後ろには原則的に猪頭鬼が存在しない。すなわちゾーニングがなされているということ。そして一列目の兵士が倒れるまで二列目の兵士に仕事はなく、三列目以降も同じだということであった。




