閑話①
夕日の赤が小夜の一軒家を包み始めたころ、その家を緊迫が支配していた。獣の如く四つ足で立ち、尻尾を逆立てるエルフェリン。明らかに臨戦態勢とわかるポーズを取りながら、
シャー
と獣らしき威嚇音を吐き出した。
「仕方ないんだよ。わかってよ、エルフェリン。」
小夜はエルフェリンの反応を見て悲しそうに呟いた。その右手にはナイフのような短い棒が握られている。その棒をみてエルフェリンは髪の毛を逆立て、歯を剥いて再び威嚇音を響かせる。
「いいね、その感じだと私もやりやすい。」
小夜は微笑んだように見えた。その表情に怯えた様に後ずさるエルフェリンを一歩ずつ小夜は追い詰め始めた。
しばらく格闘した後エルフェリンは仰向けで両肩に小夜の太ももを乗せられ、諦めたように歯を磨かれていた。
「なんでこんなに嫌がるかね。」
エルフェリンは目に一杯の涙を湛え、体では抵抗できない状況で抗議の視線を小夜に向け続けた。木の柄に動物の毛を多数植えたものだが、現在の歯ブラシと遜色ない磨き心地である。
「なにが気に入らないんだか。」
うっかり嚙まれないようにエルフェリンの奥歯を磨きながら小夜は呟いた。実は『術師』と呼ばれる者たちやヴェルナーとテオドール、要するに知的階級には歯磨きの習慣があったが、庶民の兵士たちは歯磨きという行為自体を知らなかった。よって若いうちから歯を失う兵士も少なくなく、なにより彼らの口臭ときたら・・・・・・。
小夜は『術師』たちがするように、ミントの葉を細かくしたものを使っての歯磨きを推奨した。もちろん各食後に。しかしなかなか普及しない歯磨き、仕方なしに小夜は兵士たちに言った。
「兵役明けで国に帰ったとき、虫歯があったり、口が臭いともてないよ~。せっかく生きて帰ってもお嫁さんもらえないかも。」
この言葉は若い兵士たちの心に深く刺さったようだ。なにより兵士たちのほとんどは家族以外の女性と口も聞いたことがない、恋愛経験0に等しい男子たち。恋愛経験については小夜も偉そうなことは言えないが、それでも女性である小夜からの勧告は彼らの生活に歯磨きというものを定着させた。しかしながら唯一小夜の言葉が響かないエルフェリンとの格闘はこれからも続く。




