邂逅③
先日右足から排膿した負傷兵は以後膿が溜まることもなく、状態も改善しその結果食欲も戻り、数日で元気に退院して行った。その他の兵士たちは食事と衛生環境が改善したことから次々と退院し、療養院はその開院以来初めてが空床(傷病人がいないこと)を迎えた。その間もヴィルヘルムは毎日療養院へ通い詰めた。そして治療の方法、救急処置のイロハや感染対策を重点的に小夜から学んだ。初めて会った日以来小夜をヴィルヘルムは、
「導師。」
と呼んだ。この世界にもメンターは存在するようだ、小夜が来た世界よりも少し仰々しい意味で。あの湯本君と同じ顔と同じ声で、
「導師。」
を連呼されるとあの時の淡い勘違いが呼び起こされる。小夜自身が最もふさわしくないと考えていたロマンスのときめきが蘇ってしまう。ヴィルヘルムに幾度となく、
「導師って呼ぶな。」
と言ってもこれだけはなかなか直らない。物覚えの良いヴィルヘルムであるが、小夜の知識に感心するたびにこの言葉が漏れる。
「その膿のもとを殺す液体はどうやって作るのですか?」
ヴィルヘルムは目を輝かせながら小夜に質問した。
「多分、ここで作れるのはアルコールくらいだろうなぁ。」
実践派のヴィルヘルムは治療のたびに石鹸で創部を洗う方法に限界を感じているようだ。さすが帝都で天才の名を欲しいままにしたヴィルヘルムは筋が良い。小夜は出来の良い教え子に感心していた。二人はビールを蒸留することにより、高濃度のアルコール消毒液を手に入れた。これで創部の消毒がしやすくなる。感染を予防できれば現代外科医療を凌駕して余りある『治療術』でかなりの負傷兵を救うことができるだろう。
「それにしても帝都では出てこなかった膿がなぜここでは頻繁に我々を苦しめるのでしょうか?」
ヴィルヘルムの問いに小夜はにこやかに答えた。
「おそらく帝都で使った武器が清潔だったんだよ。その罪人を試し切りみたいに切った武器が。ここで人間を傷つける猪頭鬼とやらは野生動物並みに不潔なんだろう。」
この答えを聞きながらヴィルヘルムはその美しい瞳をますますキラキラさせながら小夜を見つめた。
《やれやれ、またか。》
「導師。」
予想されたヴィルヘルムのつぶやきに小夜はため息をつかされた。そんなところに伝令の兵士が駆け付けた。
「城壁近くで戦闘があり負傷者が一名運び込まれました。顔が真っ青で今にも足が千切れそうです。新任の『治療術師』が診に来てくれるらしいのですが・・・・・・。」
不安げに訴える兵士の顔、小夜には見覚えがあった。それは先日まで療養院にいた兵士の一人であったのだ。ヴィルヘルムと小夜の治療をその目で見た彼は、この二人に治療を任せたいと望んでいるように見えた。
「ヴィルヘルム、先に行って治療をお願い。私もすぐに行くから。」
ヴィルヘルムは学んだばかりの知識を活かすこの機会に胸を高鳴らせつつ、急いで現場に向かった。




