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療育院⑨

「なんだ、どうした。せっかくの夕食を楽しんでいたのに。」


 赤ら顔の老年『治療術師』と呼ばれた男の態度は明らかに不信感に満ちていた。食事を楽しむという言葉から、彼の食べていたメニューは兵士たちの粗末な戦闘糧食より良いものであるのだろう。


「おいおい、ずいぶん負傷兵の数が減ったな。みんな死んじまった訳ではあるまいな?」


 ぶつぶつ言いながら中を進む『治療師』は黒いローブを羽織っており、そのローブには古い血液が彼の治療経験を誇示するかのようにこびりついていた。


「まさか、元気になったものは退院していきました。これもひとえに『治療術師』様のおかげです。」


 テオドールは療養院の現状を説明しながら、どうにかこの『治療術師』を連れてきた。そして右足の腫れた兵士のもとに案内したテオドールはこれまでの重圧に深いため息をついた。気の弱い彼にとってこの任務は重かった。


「なんだ、ちゃんとくっついてる。ただ腫れているな、いつも通り。こうなるとなかなか治癒は難しい。」


 老年『治療術師』は残念そうに呟いた。ヴェルナーと火を起こし、湯を沸かしていた小夜は厨房ではらはらしながら会話を聞いていた。


≪テオドール君がんばれ。≫


 女である自分が出しゃばれば、一から説明が面倒になる。ここはテオドールに任せた小夜であったが、


「あとはこの兵士が持つ生命力次第だな。よろしく頼む。どうにもならない時にはあまり苦しまぬよう考えてやってくれ。」


とあろうことか安楽死まで提案し、『治療術師』はその場から去ろうとしているではないか。この惨状を我慢できず仕方なく小夜は厨房から飛び出した。


「彼の足の中には膿が溜まっています。何とか取り除けませんか?」


 小夜は踵を返した『治療術師』に縋るように言った。『治療術師』はこちらに向き直ったとたんに叫んだ。


「女だ。なんでこんなところに女がいるんだ。お前『治療術師』なのか?」


 やっぱりこうなったかとかぶりを振りつつ、小夜が答えた。


「わたしは『治療術師』ではありません。でもこういう怪我人を何人も見てきています。足の膿を出さないと彼は死んでしまうかもしれません。」


 医学用語使えないこの世界で『治療術師』に病状を説明するのは難しい。小夜は言葉を選びながら伝えた。だが『治療術師』は鼻で笑うように言った。


「『治療術師』でないなら施術に口を挟むな。偉そうに。何の権限があってそんな偉そうな口を叩く?」


≪たまにいたな~、こういう医者。≫


 医者以外の医療スタッフであるコメディカルスタッフを部下としか捉えられず、彼らからの進言を自分への批判のように受け取り、攻撃的になる医者とこの『治療術師』が重なって見えた。


「大体こんな最前線で女がいたら、それこそ猪頭鬼(オーク)の呼び水になっちまう。面倒はごめんだね。」


 そう言い残して態度の悪い『治療術師』が帰ろうとしたとき、若い男の声がした。


「あのー、どうして膿が溜まっていると思ったんですか?」


「当てずっぽうを真に受けるな。儂は先に戻るぞ、ヴィルヘルム。」


 老年『治療術師』が療養院を去った後、一人の若い『治療術師』らしき男が残った。

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