療養院⑦
ヴェルナーとテオドールがビールのジョッキを片付けに厨房へ入ったのを見て、付いていくことにした小夜、予想通り厨房も薄汚れていた。厨房にはビールが入った樽が所狭しと並び、酸っぱいにおいがするキャベツの酢漬け、大麦と思われる穀物が置かれていた。冷蔵庫がないこの世界では水分を補給するために飲用にはいささか不向きな井戸水ではなく、その製造工程ゆえに水よりも腐敗しにくいビールを、保存がきく酢漬けのキャベツを、そして湯で煮た大麦の乳粥を戦闘糧食としているようだ。
≪これだけ?≫
負傷兵たちがガリガリに痩せている理由が小夜には理解できた。『治療術』による創傷治癒にてカロリーはもちろんだが、タンパク質が相当消費されることが予想できる。それなのにこんな精進料理のような食事では当然タンパク質が足りなくなる。だから逞しかったであろう兵士たちは傷の修理に元々付いていた筋肉の成分を奪われ、さらには過保護に寝かせきりにされていたわけだ。
≪そりゃ、良くなるものも良くならないわ。≫
「お肉とかないの?あるいは卵とか?」
テオドールが驚いたように目を丸くし、ヴェルナーが首を横に振った。城塞都市とは名ばかりの最前線基地であるオストプロシア、家畜など存在しないらしい。すべては後方から送られてくる糧食のみ。となれば保存のきかない肉や卵、もちろん牛乳も論外だ。
≪待てよ、牛乳・・・・・・。≫
「チーズだ、チーズとかないの?」
するとテオドールがおずおずと答えた。
「チーズ置いとくとネズミがかじるので、捨てろと前任者から言われてましたので・・・・・・。」
「先にネズミをなんとかしなさいよ。」
小夜は呆れながらも彼ら二人に同情した。
≪本当に何も知らないままここに派遣されて、何も教えてもらえないまま仕事しているのね。≫
小夜は自分たち看護師の完璧とも言うべき徒弟制度がいかに有難いものであるか、その創設者への感謝を感じずにはいられなかった。手取り足取り教えてもらった小夜の知識は、この世界でも十二分に通用している。
「さぁ、まずは厨房のお掃除。ネズミを追い出すよ。」
ヴェルナーとテオドールは敬礼にも似た仕草のあと、さっそく掃除に取り掛かった。




