療養院⑥
「まずこの国の名前を教えて。」
二杯目のビールを受け取りながら小夜は聞いた。この問いにヴェルナーが答えた。
「プロイゼ帝国です。そしてこの街は城塞都市オストプロシア。サヨさんは外国から来たのですか?」
「うーん、わたしはニホンに住んでたのよ。」
「ニホン?聞いたこともない国です。」
小夜の答えに二人が声を揃えた。
「ニホンから来たっていうより、ニホンの宿屋で寝てたはずなのに、ここのベッドで目が覚めたのよ。」
二人はうんうんと首を縦に振っていた。誰もいなかったはずのベッドに突然小夜が現れたわけだから、二人とも何らかの超自然的なものを感じていたのであろう。小夜の荒唐無稽な話を二人は受け入れた。
「まず怪我人たちは兵士だって言ったよね。誰と戦ってるの?」
「猪頭鬼です。サヨさんの国にはいないんですか?」
「いないし聞いたこともないね。」
どうやら人間よりも大きな怪物で、悪逆非道、男性は嬲り殺しか食料とされ、女性は無理矢理彼らとの子供を作らされる。吐き気のするような話にせっかくのビールがまずくなりそうな小夜であった。女性が猪頭鬼に攫われるとあっという間に繁殖して猪頭鬼の数が増えてしまう。このため最前線の城塞都市オストプロシアのようなところには女性は置かれず、帝都やその周辺でそれはそれは大事に扱われるのだという。
≪だからみんな女の私を見て驚き、従順に従ってくれるわけだ。≫
「この世界には、病気やけがの状況を見極めて、薬を使ったり、悪いところを切り取ったり、痛みをとったりする人、ああ面倒くさい。」
小夜は医者と言いたかったのだが、この言葉も出てこなかった。回りくどい説明が必要になる。小夜はこの七面倒くさい言語のルールをなんとなく理解していた。この世界に存在しない言葉は一部の名前を除いてこの世界の言葉では話せないか意味のない文字の羅列になるのだ。小夜はこの世界に医者も看護師もいないことを理解して次に進むことにした。
「『治療術師』ってなに?」
二人は喜んで説明をしてくれた。幼少期から見込みのある者たちを帝都に集め、それぞれの特徴に合わせて『術師』に育てる。小夜にはちょっと信じがたかったが、『治療術師』は切り傷を縫合することなく塞ぎ、折れた骨を手術もなしに元通りにできるらしい。他にも炎で敵を攻撃したり、風を吹かせたり、幻覚を見せたりと小夜の世界におけるファンタジーにて『魔法』と呼称される『術』というものがこの世界には存在していることを小夜は理解した。
ちなみに小夜の前にいるヴェルナーとテオドールの二人は『術師』としての才能に恵まれなかったものの、読み書きができたため治療院の世話人としてここに派遣されたとのこと。この世界では男性は『術師』に選ばれるか、代々世襲の職人や農夫として仕事を受け継ぐか、兵士となるか、ヴェルナーとテオドールのように読み書きができるものは国から仕事を割り振られるか、それが決まりであった。対して女性は一部『術師』として研究を中心に行うものもいたが、その大多数が帝都や周辺の安全な都市に置かれ、仕事をすることはあっても猪頭鬼と接する機会のある兵士にだけは絶対になることがなかった。
「さて、そろそろ仕事にかかりますか。」
「まだ何かあるんですか?」
夕食の時間までビール浸りで過ごそうと思っていたヴェルナーとテオドールは小夜に睨まれ渋々ジョッキを片付け始めた。




