療養院②
「ありがとうございます。すごく楽になりました。」
小夜の指示で吊るされた両足を下ろされ、仰向けから右を向いた側臥位になったけが人が安堵のため息をついた。小夜の予想通り、仰向けで身動き一つとれなかった彼の背中は真っ赤に変色していた。もう少し放っておけば褥瘡(寝たきりなどによって、体重で圧迫されている場所の血流が悪くなったり滞ることで、皮膚の一部が赤い色味をおびたり、ただれたり、傷ができてしまうこと。床ずれとも呼ばれる。)が完成する一歩手間の状態だった。凸凹の二人は小夜による指示の的確さに唖然としていた。凹のほうが言った。
「やっぱり『治療術師』さんなのですね。ありがとうございます。」
≪違う、看護師。≫
と言いたい小夜であったが、どうやっても看護師という言葉が出てこないので、小夜は言い返すのを諦めた。
「ここはなんなの?管理者は誰なの?」
自分がどこにいるかもわからない状況の中、この滅茶苦茶な看護環境に怒りが収まらない小夜は凸凹コンビに再び詰問した。凸のほうが凹の後ろから自信なさげに言った。
「ここは怪我をした人を預かる療養院です。管理者は・・・・・・。」
凸は消え入りそうな声でつづけた。
「僕達ふたりです。」
《冗談じゃない。》
小夜は憤慨した。少なく見積もってもこの倉庫みたいな建物には50以上のベッドがあり、床にいる人を含めれば怪我人の人数は100を下るまい。
≪50:1看護?、冗談じゃない、どこの野戦病院よ。≫
そしてこの建物は見れば見るほど汚かった。ベッドの下には至る所に残飯が捨て置かれ、そこら中をネズミが駆け回っている。寝かされきりになっている怪我人たちは明らかに自身の排せつ物に汚れている。これでは怪我人たちは怪我が治っても不衛生で死んでしまうだろう。小夜は自分の置かれた状況がどうであれ、この不衛生すぎる環境がどうにも許せなかった。
≪これを何とかしなければ、感染対策室付き研究主任の名が泣くってものよ。≫
おそらく口から出てこないであろう自分の役職を心の中で呟き、小夜はこの建物の環境改善を決意した。




