海に繋がる川⑧
小夜とヴィルヘルムが療養院に着いたとき、そこにはテオドールしかいなかった。
「あれ?エルフェリン来てない?」
小夜の問いにテオドールは首を振った。
≪どこ行っちゃったんだろう?≫
思案する小夜の耳に急患の報が入った。
「すみません。『治療術師』さんおられますか?」
声がする方を見れば、青い顔をした兵士が背負われて療養院に運び込まれてきた。
「どうしたの?」
小夜はそっと青い顔の兵士をベッドに寝かせ、えずきながら上腹部を抑える彼に左側臥位を取らせた。横になった兵士は答えられる状況に無く、担いできた兵士が代わりに答えた。
「さっきの魚食べてから兵舎に戻ったんです。こいつ同室なんですが、突然吐き始めて・・・・・・。」
小夜はしばらく思案にしてから言った。
「もしかして貴方たち、魚を生で食べなかった?」
「・・・・・・、すみません。生でも旨いのかなと、つい好奇心で。」
≪やっぱり、サケやマス系の魚を生食してから数時間後の症状だから・・・・・・。≫
「ヴィルヘルム、この人の胃袋の中を診て。」
わんわん
と鳴きそうな勢いでヴィルヘルムが嬉しそうに首を縦に振った。ようやく小夜の役に立ち実力を発揮できるのが相当に嬉しいらしい。
「・・・・・・、なんかいますね。白い紐みたいなのがうねうねしてます。」
≪やっぱりアニサキスか。そしてヴィルヘルム、君の透視能力って色までわかるのね。≫
アニサキスとは主に海の魚に寄生する線虫と呼ばれる生き物だが、海水と真水が混じる汽水域の河口近くにいる魚にも見られることがある。アニサキスがいる魚を食べると数時間後にアニサキスは胃や腸の壁に潜り込もうと暴れだす。アニサキスに寄生された人間は、この兵士のように吐き気と腹痛に苦しめられることになる。
≪ヴェルナーが良く火を通してから食べるようにと厳命してたけど、やっぱり漏れがあったか。≫
アニサキスを体内に取り込んで起こすアニサキス症は全員が発症するわけではない。事実、一緒に魚を生で食べたと思われるこの同伴してきた兵士は何ともないようだ。
≪とりあえず、治療可能な疾患でよかった。その他の食中毒なら一大事。≫
アニサキス症は原因となるアニサキスを取り除いてしまえばその症状は嘘のように改善する。アニサキス以外の食中毒だとウィルスや細菌等が原因であるから、治療が厄介になる。
「ヴィルヘルム、そのうねうねする白い紐取り出せる?」
「はい導師、胃袋に瘻孔を空けた時と同じやり方でできます。」
二人は処置のため手洗いを始めた。




