城塞都市ケルニヒベルグ⑭
小夜は一目散に兵舎を目指し、忠実なる麗しき『治療術師』ヴィルヘルムはその後を盲従した。そしてヴィルヘルムが予想していた通り、小夜たちは頭痛を訴え続ける兵士のもとにその足を運んだ。横になったまま本日二度目の来訪にキョトンとする兵士を他所に、
「ヴィルヘルム、彼の背中を診て。背骨の内側に水が詰まった細長い袋があるのわかる?」
と彼の『診断術』を使わせた。もちろんその理由など聞くことなく、ヴィルヘルムは兵士を優しく左側臥位(左側を下にして横向きに寝ること)にさせ、その『診断術』で内部を診た。
「・・・・・・。あります。骨の間を水を湛えた長い袋が、その中に太い筋が通っています。」
≪さすがヴィルヘルム、それが脊髄腔(脊髄と呼ばれる太い神経の束が通っている腔)だ。≫
「その袋に孔空いてない?水漏れしてない?」
小夜はヴィルヘルムの能力に感嘆しつつも続けた。ヴィルヘルムの右手が腰から少しずつ頭に向かって、背中に沿うように動かされた。そしてその手は背中の上のほうで止まった。そして驚いたように小夜に首だけ向き直り、
「あります。袋の中からわずかな水漏れが!!」
とヴィルヘルムは興奮のあまり叫んだ。
≪硬膜損傷による低髄液圧症候群、間違いない。≫
頭痛を訴える兵士の前で大声を出してはいけないとヴィルヘルムを窘めつつも、小夜自身が叫びそうな自分を抑えるのに必死だった。低髄液圧症候群とは脊髄を守る硬膜という袋に孔が空き、そこから脊髄を保護する脳脊髄液が漏れる疾患だ。脳脊髄液が漏れてしまうので脊髄腔の圧力が下がり、脊髄の上部にある脳が下に下がってしまう。起立性の頭痛がその特徴と言われる疾患だ。治療はもちろん空いた孔の修復だ。ちなみに髄液が漏れていることを証明するにはMRIや放射性同位元素を用いた検査が小夜のいた世界では必須なわけだが、この検査をすっ飛ばして診断をつけるヴィルヘルムの『診断術』は小夜にとっても衝撃的だった。
≪本来なら硬膜外自家血注入療法、通称ブラッドパッチを行うとこだけど。≫
空いた脊髄腔の孔を塞ぐのには脊髄腔に患者の血液を注入する、ブラッドパッチと呼ばれる治療が一般的だ。これを行うと空いた孔は自然治癒力にて塞がる。しかしこの世界には『治療術』が存在し小夜のもとには天才『治療術師』ヴィルヘルムがいる。
「孔、塞げるよねヴィルヘルム?」
「お任せください、導師。」
興奮と歓喜にその美しい頬を赤く染めながらヴィルヘルムがその『治療術』を行使した。空いた孔を塞ぐために。
孔を塞いだ後兵士に十分な水分摂取を促し、兵舎を後にした小夜とヴィルヘルム。そのころ療養院ではテオドールから逃げ惑うエルフェリンが厨房を滅茶苦茶に散らかしていた。しかし治療成功の満足感に包まれた帰路を辿る二人には知る由もなかった。




