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プロローグ①

 もはや悲鳴も上げられないほど、ボロボロにされた兵士が城塞都市オストプロシア壁内へ担架で担ぎ込まれた。兵士は真っ青な顔で息も絶え絶え、千切れかけた右膝下は付き添いの兵士によって布を押し当てられている。しかし傷の大きさの割に布に滲む血が少なく、出血量の低下、すなわち生命が失われかけているのが分かる。


「こっちに連れてこい、早くしろ、もたもたするな。」


 頭から全身をすっぽりと覆う、灰色のロープを来た白髪交じりの男性が、負傷兵を運んできた仲間の兵士たちへ傲慢に命じた。傷ついた兵士は顔面蒼白、意識もうつろなまま中年『治療術師』の前へ仰向けに寝かされた。兵士の千切れかけた右足から止血していた布を邪魔そうに引きはがし、傷口に手をかざしながら祝詞を唱え始めた新任にしては態度の悪い中年『治療術師』。『治療術』と呼ばれるその力が傷口に添えられた右手に柔らかな光を帯びさせる。傷ついた兵士たちを囲む仲間の兵士たちは奇跡のような光景を目の当たりにしていた。千切れかけた足が少しずつ癒合し始めたのである。おそらくは猪頭鬼(オーク)に噛み千切られたであろう汚れた傷、その断端同士がゲル状に変化し互いを求めあうように足がつながり始めた、その時だった。

「お待ちください。」


 凛とした声が灰色のローブを纏った『治療術師』の施術を咎めた。せっかくの施術を邪魔された中年『治療術師』は不服そうに、声の主を探して振り返った。彼の眼前には白亜(はくあ)のローブを纏った青年『治療術師』が立っていた。ローブのくすんだ白と違い白磁のように輝く白い肌、淡い金髪がきらきらと碧眼(へきがん)を飾り立てている。鼻と口元はローブとおそろいの布で覆われていたが、誰もが初見で生きた人間とは思えない、あまりにも美しく彫刻のような青年治療術師がそこにいた。美しい青年『治療術師』は中年『治療術師』の不満を込めた視線に答えた。


「足を癒合させる前に、まず左足を持ち上げてください。まわりのみなさんも両腕を持ち上げて。」


 青年『治療術師』の声に周囲の兵士たちが動いた。言われた通り左足と両腕を持ち上げた。そして青年『治療術師』は自分の白いローブが血に染まるのも顧みず、右足の傷口を布で抑えた。


「・・・・・・いたい。」


 先ほどまで声も出せなかった負傷兵がうなりだした。見れば先ほどまで死人のごとく青ざめていた兵士の頬は紅に染まり、失われかけた意識が取り戻されていた。青年『治療術師』はその反応ににこりとしながらも出血が再開した傷口を抑え、自分の右膝を負傷兵の右足の付け根に押し当てた。傷口の上流にある動脈を圧迫したことにより出血が減少したことを確認した青年『治療術師』は帯を取り出し、負傷兵の太ももをきつく縛り始めた。


「切断から時間が経つとくっつく足もくっつけるのが大変になるぞ。」


 手柄を横取りされた中年『治療術師』は不快そうに嫌味を述べ始めた。止血が完了し容体が安定した負傷兵に鎮痛の施術を行いながら、青年治療術師は嫌味に冷静に返答した。


「あなたのやり方では足がくっついても、手足のそろった死人ができあがるだけです。」


 中年治療術師は悔しそうに言い返す。


「天国に行くとき足がないと困るだろうが。葬式だって死体の手足がそろっていたほうがいいに決まっている。」


 青年治療術師の白い肌が赤く染まり、周囲の目にも怒りの感情が見て取れた。


「彼はまだ死んでいません。これから彼の足が踏みしめるのは天国への階段ではなく、この町の地面です。」


 《どうせ死ぬ兵士なんだから足をくっつけといてやればよかろう。》


 そんな思惑で治療にあたっていた中年『治療術師』はその思惑が周囲に漏れたのを恥じ、そそくさと退散した。負け犬の如き中年『治療術師』には目もくれず、白亜(はくあ)のローブやその肌が血に汚れながらも美しさが損なわれない青年『治療術師』は周りの兵士たちに湯沸かしを依頼した。


「あの、足は・・・・・・。」


 負傷兵の同僚が心配そうに尋ねた。負傷兵の命は助かったようだが、問題は右足であった。命が助かっても片足を失うのはあまりに残酷だ。


「大丈夫、傷口をきれいにしてからちゃんとくっつけますよ。」


 青年『治療術師』は心配する兵士たちに優しく諭した。鎮痛の施術にて痛みを感じなくなった傷口に湯冷ましで洗い流し、煮沸消毒したピンセットで汚染部位を取り除く青年『治療術師』。その自信に満ちた施術が終わり、さきほどの中年『治療術師』がしたように、青年治療術師は傷口を癒合させ始めた。


「導管。」


 皆が固唾を飲んで見守るなか、女性の声がした。青年『治療術師』はやれやれと頭を横に振りながら煮沸消毒の鍋からストローのような筒を取り出した。


「これから入れるところですよ。忘れてませんよ。導師(メンター)。」


「なら言われる前に入れとけ。そして全身血まみれ、不潔だぞ。さっさと着替えろ。それから、」


 導師(メンター)と呼ばれた小柄な女性は、周囲の耳目が自分に集まるのを恥じるように下を向き、最後のほうは蚊の鳴くような声で言った。


導師(メンター)って呼ぶな。」

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