責任
「パラディジャベリン!ガンモード!!」
モノトーンの聖騎士は四本の槍を前方に並べ、その大きな刃をパカリと割って、内部に隠してあった銃口を出現させた。そして……。
「一斉掃射!!」
バババババババババババババッ!!
四つの銃口がチカチカと明滅し、文字通り瞬く間に大量の弾丸を発射した!
もちろんそれが向かう先はビブリズ第二機甲隊副隊長イリタ・リスキ!ゲイム・F・サードジェネレーションだ!
「そんなもの!!」
しかし、ゲイム・Fはその巨体に似合わぬ機敏な動きで、パラディジャベリンの一斉攻撃を見事に回避した。
「速いな……!」
「当然よ!トップスピードもパワーも現行の第五世代を遥かに上回っている!空中戦で、このゲイム・Fに勝てるマシンなど、隊長の風連凰とドラグゼオくらいのものよ!」
そう自慢気に語りながら、ゲイム・Fは両手に握ったマシンガンの引き金を引いた!
バババババババババババババッ!!
攻守交代!ゲイム・Fが空中から攻め立てる……が、パラディジェントもまた素晴らしい敏捷性を発揮し回避。弾丸は地面に穴を虚しく開け続けるだけだった。
「ちっ!」
「ピースプレイヤーの性能で勝敗が決まるわけではない!そもそも俺のパラディジェントもドラグゼオ達、特級にも負けない最高のマシンだ!!」
聖騎士が手に持った槍を指揮棒のように振るうと、宙に浮いていた四本の槍が散開し、ゲイム・Fを取り囲んだ!
「これなら避けられないだろ!落ちろ!旧式!!」
バババババババババババババッ!!
四方から絶え間なく発射される弾丸の嵐!ゲイム・Fに逃れる術はない……と、思われたのだが。
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
「何!?」
「もうそいつらの動きは把握している!」
ゲイム・Fはアクロバティックな動きで、これまた弾丸を躱し切った。
「ならば!!」
パラディジェントは再び手に持った槍を指揮棒代わりに振るうと、敵機を囲んでいた四本の槍が銃口を仕舞い、純粋なる槍となって突撃した!
(タイミングをずらし、回避直後を狙う!これなら……)
エクトルの選択は間違ってなかった。ほとんどの相手にはその戦法は有効だろう。
しかし、今回の相手、イリタ・リスキには……。
「この動きは……」
リスキは脳内のデータベースを検索。昨日見たパラディジャベリンの動きで現在の自分に対して有効であろうものを探し当て、それに対する適切な動きを自らの身体に、ゲイム・Fに実行させた。
「見えた!!」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
ゲイム・Fは槍を容易く躱す……だけに飽き足らず……。
「鬱陶しい棒ね!!」
ガギィ!ガギィ!ガギィン!!
手の甲から伸ばした刃で弾き飛ばした!
「なんだと!?」
エクトルは思わず叫んだ。必殺の攻撃が掠りもしないどころかあまつさえはたき落とされるなど、思いもしなかった。
(まさかあのフォーメーションからの時間差攻撃を躱されるとは、どんな反応速度……いや、彼女は把握していると言った。つまり事前にパラディジャベリンの動きを……)
「あくまでプログラム」
「!!?」
「その槍の動きはあくまで事前に組まれたプログラムの組み合わせでしかない。アタシはそのプログラムのほとんどを研究所でのあなたの戦いぶりを観察し、解析した」
(昨日一日、あの短時間で我が槍の動きを全て記憶しただと!?それはある意味、反応速度どうこうよりも恐ろしいことなんじゃ……!!)
歴戦の勇士であり、スティンマジェネラルにも一歩も退かなかったエクトルは恐怖で、身震いした。イリタ・リスキという女の底知れぬポテンシャルに。
「メイン武装が通じないあなたに勝ち目はない!諦めて、アタシとゲイム・Fに屈指なさい!!」
バババババババババババババッ!!
ゲイム・Fはマシンガンを乱射しながら最高速で突撃してきた!
「ちっ!!」
一方のパラディジェントは回避に気を取られ、思うようにスピードが出せない!なので、あっという間に刃の届くところまで、入られてしまった!
「近づいて来るなら!!」
カウンターで槍を突き出す!しかし……。
「あなたなら……そう来るでしょうね!!」
ブゥン!!
「くっ!?」
聖騎士の思考を読んでいたゲイム・Fは急停止!からの、急発進!そして刃をクロスさせながら、撃ち下ろす!
「はあっ!!」
「舐めるなぁ!!」
ガギィン!!
「ッ!?」
「ぐっ!!?」
パラディジェントもまた即座に槍を引き、それを防御に使用!柄で二本の刃を受け止めた!
「惜しかったな……!」
「そういう言葉は、窮地を切り抜けてから言うものよ。繰り返しになるけど……パワーなら第三世代のゲイムの方が上よ!!」
ガキャアァァァン!!
「――ッ!?」
パラディジェントは力任せに吹き飛ばされた!しかし、それでも空中で受け身を取り、きちんと足から着地する。
「憎らしいほどしぶといわね。そんなに長く苦しみたいなら、望み通りにしてあげるわ!」
両手のマシンガン、胸部のマイクロミサイル、腰の横のビーム砲、ゲイム・Fは全て展開させ……パラディジェントへ向けて、発射した!
バババババババッ!ボシュ!ビシュウッ!!
「集まれ!パラディジャベリン!!」
主の呼びかけに応じ、四本の槍が再び集合、石突を合わせ、パラディジェントの前方に巨大な十字を作った。そして……。
「聖槍風車!!」
エネルギーを放出しながら、高速回転!力場を形成し四本の槍は一つの盾と化した!
ドゴオォ!ドゴオォ!ドゴオォォォン!!
槍のバリアはゲイム・Fの攻撃を全てシャットアウトし、主に見事に守って見せた。
「そのパターンは……初めて見たわね。でも、直ぐに……!」
リスキは即座に目の前で起こったことをインプットし、それを攻略する段取りを立て始める。
(惜しいな……)
一方のエクトルはそんな彼女の姿を見て、感心すると同時に悲しい気持ちになった。そのどうしようもない感情が、口から溢れ出す。
「我がパラディジェントをここまで圧倒するとは……昨日のペザンテ、現在のゲイム・Fという全く特性の違うマシンを使いこなしているのも素晴らしい。君の才能と努力がよくわかる」
「何を急に……上から目線で偉そうに……!」
「そんなつもりじゃない!俺はなぜこれだけの力を持ちながら、それををこんな暴挙のために使っている!この力はビブリズを守るためのものじゃないのか!!」
「何の責任もない!いえ、責任から逃げた根なし草のあなたにはわからないでしょうね!アタシ達が背負う重圧を!そしてよりによってそれを守るべき国民がわかってくれない苦しみもね!!」
「イリタ・リスキ……」
「このメガリ市を守るためにラトヴァレフト隊長と第一機甲隊は命を落とした!命を失ってまで、国民のためにオリジンズを駆除した!なのに!なのに遠くからニュースで知っただけの奴が真顔でこう言うのよ!“オリジンズが可哀想”、“駆除ではなく、保護することできないのか”ってね!!」
「オリジンズ愛護心がイカれた連中か……」
「きっとミエドスティンマの件だって発表されたら、奴らはまた同じようにアタシ達を非難するわ!命懸けで戦ったアタシ達を!そんな奴らのためにアタシ達は……もうわからなくなっちゃったのよ……」
「君は誰よりも優しく真面目なのだな……」
「アタシはフルメヴァーラ隊長を信じる!彼なら!アタシ達と同じ痛みを知る彼なら、もっとビブリズを良くしてくれるって!!」
ドゴオォ!ドゴオォ!ドゴオォォォン!!
さらに苛烈を極めるゲイム・Fの攻撃!槍のバリアで防ぎながらもエクトルはリスキへの感情を切り離し、戦況をどう打破するか考えることだけにエネルギーを集中させる。
(完全に俺の動きは見切られている。今まで通りのやり方を続けても勝ち目は薄いだろう。ったく、ただでさえこちらは飛べないというハンデがあるというのに。ここでいきなり飛べるようになれば、奴の虚を……)
エクトルの目の前では今も槍が高速回転し、銃弾の嵐から守っていた。
回転しながら、宙に浮いていた……。
「んん!?もしや俺、飛べるんじゃないか!?」
瞬間、パラディジェントはバリアを解除し、槍と自分自身を散開させた!
「逃げるの!!」
「その質問の答えはノーだ。この戦いを終わらせる!!」
パラディジェントのダッシュ!からのジャンプ!その先にはパラディジャベリンが……。
「よっ!」
「何!?」
「名付けてパラディジャベリン、ライドモード!……ただ乗っかっただけだがな」
モノトーンの聖騎士は宙に浮く槍の柄に着地し、スケボーのように乗る。そして……。
「ゴー!パラディジャベリン!!」
乗ったままゲイム・Fへと突撃した!
「そんな使い方……聞いてないわよ!!」
バババババババババババババッ!!
ゲイム・Fはマシンガンを乱射し、迎撃を試みる……が。
「もう一度!聖槍風車!!」
キンキンキンキンキンキンキンキン!!
残りの三本と、手に持っていた一本で新たにバリアを形成し、銃弾を全て弾き返す!色んな意味で乗りに乗ったパラディジェントを止めるには至らない!
「射撃で止められないなら!!」
マシンガンを投げ捨て、刃を構える!カウンターで仕留めるつもりのようだ。しかしそれも……。
「はあっ!!」
ブゥン!ブゥン!!
「――!!?」
容易く躱される。パラディジェントは乗っていた槍から跳躍し、横薙ぎの斬撃を回避すると、ゲイム・Fの頭上に浮かせた別の槍に飛び移り、鉄棒のようにぶら下がった。そして……。
「えーと……よし!破邪連脚!!」
ガンガンガンガン!!
「――ぐっ!?」
ゲイム・Fの頭をストンピング!容赦なく踏みつけた!
「くっ!人の頭を!!」
ブゥン!!
「くっ!?」
「無駄だ……もう当たらんよ」
羽虫を振り払うように刃で斬りつけるが、ある意味羽虫以上の空中機動力を得たパラディジェントには掠りもしなかった。
聖騎士は体操選手のように回転跳躍すると、また別の槍に騎乗……したかと思ったら、また別の!さらにまた別の槍に!槍を足場にしてゲイム・Fの周りを飛び回った!
「これは……」
「少なくともこれで空中移動能力ではイーブン、小回りに関しては俺が上だ!!」
パラディジェントは今度はゲイム・Fに向かって跳躍!途中で槍をキャッチすると勢いそのままに突きを繰り出した!
ガギィン!!
「――ぐあっ!!?」
ゲイム・Fは為す術なく胸の装甲に傷を刻まれた!
それで満足することなく、パラディジェントはまた槍を蹴り、反転!
ガギィン!!
そしてまた別の槍を蹴って!別の槍を蹴って!蹴って!蹴って!蹴って!突いて!突いて!突いて!突く!
ガギィガギィガギィガギィガギィィィィン!!
「きゃあぁぁぁぁっ!!?」
あっという間にゲイム・Fの全身は傷だらけに!各種武装も破壊されてしまった!
「フィナーレといこうか」
頭上を取ったパラディジェントは手に持った槍に乗り、急降下!今まさに思いついたばかりの必殺技を放つ!
「破邪旋回斬!1080!!」
バギィ!バギィ!ガギィン!!
「――がっ!?」
スケボーのトリックを決めるように三回転しながら、翼と胴体をすれ違い様に斬りつける!
浮力を失ったゲイム・Fは当然墜落。そして最大の武器を失ったということは……イリタ・リスキの敗北ということである。
「……まさかこんなお遊びみたいな手に負けるなんて……」
「俺もこんなことができるなんて、思いもしなかった……そう、思いもしなかったんだ」
「……何が言いたいの?」
「人間はちょっとした発見や刺激で大きく変わる。それを君達はミエドスティンマのコアストーンを使ってやろうとしているらしいが……あれはさすがに刺激的過ぎる」
「………」
「もっと小さな、些細なことでいいんだ。日常の中にあるほんの小さなことで。今こうしている間も、誰かが君達が背負っている重責について、ちっぽけなことをきっかけに寄り添えるようになっているかもしれない……」
「それがこの国全土に広がるまで、待てと言うの?」
「あぁ、そう言っている」
「なんて無責任な……」
「俺は根なし草だからな。世界中を回って見て、人の嫌な部分もたくさん見た。けれど、人の素晴らしいところも……たくさん見てきた」
エクトルの脳裏に過ったのは、今は亡きラマプ村の人達の笑顔だった。
彼らの純粋な笑顔が心の奥に残っているからこそ、エクトルという男は……。
「だから君も……もう少しだけ信じて待ってみないか?」
「勝手なことばかり……でも、あなたの言葉通りになってくれたらと、思わずにいられない……」
絞り出したリスキの言葉は、まさしく祈りであった。
世界とそこに住む人達への無垢なる祈りだったと、エクトルはそう感じた……。




