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No Name's Trust  作者: 大道福丸
国を滅ぼす毒
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悪い老い方

 一年前のいたましい事件、その犠牲者を弔う慰霊祭はどうやら晴天に恵まれそうだ。太陽が爛々と輝き、爽やかな風が会場である公園を優しく吹いている。

 だが、対照的に彼女の顔は曇っていた。否、曇らされた。

 一応、部下ということになっている男によって……。

「フルメヴァーラ……朝っぱらから何の冗談?」

 ユリマキ将軍は慰霊祭の弔辞を読むステージで第二機甲隊隊員に囲まれ、銃を突きつけられていた。

 しかし、彼女は彼らには目もくれず、真っ直ぐと目の前の男、首謀者であるラスムス・フルメヴァーラをじっと睨み付ける。

「銃を向けられて、この胆力……負けん気の強さは衰えていないようだな」

「できることなら、自分でも少しは落ち着きたいと思っているのだけど……定期的にワタシの心を逆立てる不届き者が現れるのよね」

「――ッ!?」

「ひっ!?」

 視線を銃を構えている隊員に向けると、圧倒的優位にあるはずの男達が気圧され、たじろいだ。

「……あなたが何か企んでいることは知っていたわ。でも、いつの間にかミイラ取りがミイラになったみたいね。ワタシのところには、異常無しの報告しか上がってこなかった」

「大きな勘違いをしているようだな。貴様がわたしに送り込んだスパイの何人かは、最初からわたしの同志だ。彼らの情報のおかげで、貴様の生粋のシンパの目を欺くことができた」

「……なるほど。ワタシとしたことが、馬鹿みたいなミスを……!!」

 苦虫を噛み潰したようにユリマキの顔が険しく歪んだ。彼女にとって、ここ数年で一番の屈辱の時だった。

「この周辺の貴様の部下も、我が精鋭が捕らえた。もはや貴様を守るものはない」

「そこまでワタシを殺したいの?どんな理由で?まさかワタシがラトヴァレフトを殺したなんていう下らない陰謀論を鵜呑みにしてるわけじゃないでしょうね?」

「フッ……」

 ユリマキの発言をフルメヴァーラは一笑に付した。

「何がおかしい……?」

「あなた自ら軍事のいろはを教えたこのわたしがそんな愚かな人間だと?あの一件でラトヴァレフトが死に、第一機甲隊が全滅したのは、あなたにとっても予想外だった……でしょ?」

「……ええ。それこそワタシが鍛え上げた愛弟子とも言えるエイノがたかがオリジンズごときに……」

 ユリマキはそう静かに語りながら、もう一人の愛弟子フルメヴァーラから目を逸らした。

「……最低限教え子への信頼と愛情が残っていて安心しました」

「なら……」

「だが、今貴様は嘘をついたな」

「な!?何を!ワタシはラトヴァレフトの死には関与してない!!」

「いいや、している!なんと言っても、メガリ市を襲ったオリジンズは……あなたが作ったものなのだから」

「――なっ!?」

 この危機的状況においても毅然とした態度を崩さなかった女将軍が大きく狼狽え、ついには言葉を失った。

「メガリ市を襲ったオリジンズについては詳細不明のまま早々に調査が打ち切られた。それはそうだ!大量の犠牲者を出した原因が自分にあるとしたら困るものな!」

「証拠はあるの!なければ、そんなものただの空想でしかない!!」

「ミエドスティンマはなぜ研究所にやって来た?」

「……え?」

「あれは本来、繁殖するのに人もオリジンズもいない場所を選ぶ。そういう生態の生き物だ。だが、奴は人のいる研究所に、我がビブリズに落ちて来た」

「……ミエドスティンマが人間の居住区の側で繁殖を試みた例は少ないが確認されている。散々奴について調べたあんたなら知っているでしょうに……」

「あぁ、知っている……その数少ない例はミエドスティンマの死骸を人類が利用しようとした結果に起きたということはな!」

「――ッ!?」

「奴が同族の死骸に引き寄せられるのは周知の事実。ゆえに国際的にミエドスティンマの骸を扱う場合は報告する義務がある。もし……もし、ミエドスティンマの骸が研究所にあるのに、報告されていないとしたら、それは何故だ?それは……生物兵器の素材として、あんたが利用していたからじゃないのか?」

「……妄想もいい加減にしなさい」

「妄想かどうかはすぐわかる。わたしの部下が今まさに研究所を調査している。仮に今回駆除したもの以外のミエドスティンマの死骸が見つかったら……きっとそこに生物兵器の実験データも残っているんじゃないか?あなたが愛弟子を犠牲にすることにまでなってしまった計画のデータを簡単に破棄するとは思えない」

「……せ」

「ん?」

「焦がせ!ピュルレーテス!!」


ボオォォォォォォォォォォッ!!


「「――ッ!?」」

 ユリマキの胸元が光ったと思ったら、全身から炎を噴き出しながら、赤い機械鎧を装着した。銃を構えていた隊員達はその余波である熱風に吹き飛ばされる。

「……それはわたしの推測が正しいと認めたということで、よろしいか?」

「いえ、あまりにお粗末なストーリーを聞いてられなくなっただけよ!あんたの推測は未だ推測でしかない!そしてこれからもただの戯れ言だと鼻で笑われて終わるのよ!!」

 ピュルレーテスは両腕と両脚、胸、そして背中から大砲を展開!その全てを前方のフルメヴァーラに向けた!

「ラスムス・フルメヴァーラ!あなたは第二機甲隊を煽動し、クーデターを企てた!言い訳できない国家反逆罪!緊急事態における超法規的措置として即刻死刑を言い渡す!!」


ボボボボボボボボボボオォォォォォォォッ!!!


 発射されたのは圧倒的熱量を誇る炎の塊!それがフルメヴァーラに……。


ドゴオォォォン!!


 見事命中した!着弾点では真っ赤な炎がメラメラとこれ見よがしに燃え滾る!

「やったか!?」

「――せ」

「え?」

「消し飛ばせ!風連凰!!」


ボオウッ!!


「!!?」

 突如として巻き起こる突風!その風が燃え盛る炎を跡形もなく消し飛ばした!

 そして炎の中から現れたのは、翼の生えた桃色の美しいピースプレイヤー、ユリマキもよく知るこの国の英雄が使っていたマシンだ!

「風連凰!?回収していたの!?」

「かつての部下が見つけ、届けてくれた。わたしはこれを手にした時に自分の役目を悟り、覚悟を決めた……あなたをこの手で倒す覚悟をね!!」

「ッ!?なんて生意気な!!ワタシを倒そうなんて、百年早いのよ!!」


ボオォォォォォォォォォォッ!!


 ピュルレーテスは再び全身に配置された砲口から炎を放射した!しかし……。

「……無駄だ」


ボオウッ!!


 風連凰が巻き起こした風によって、業火は一瞬で何の害もない小さな火花になり、いとも容易くかき消されてしまった。

「くうぅ……!!ワタシの、ピュルレーテスの炎が……!!」

「怖かったのか?」

「な、何を……!!」

「あんたがラトヴァレフトと決定的に距離を取り始めたのは、この風連凰と奴が適合したからだ。ちょうどその頃から軍の将来についても意見が食い違うようになり、あいつの意見に賛同する者も目立ち始めた」

「確かにそうだったかもね……けれど、別にワタシはエイノに恐怖など……」

「本当か?本当に心の底からそう言い切れるのか?あんたがラトヴァレフトを殺すつもりはなかったというのは嘘偽りない真実だろう。だが……心の中で、この国のために命を捧げた英雄としての死を望んではいなかったか?」

「黙れ……」

「奴なら大丈夫と思ったのも本心だが、冷静なあんたのことだ、もしもの時のためにわたし達、第二機甲隊を援軍に出すことも考えていたんじゃないか?だが、あんたはその考えを押し潰した……自分を脅かすカリスマ性と力を持ったラトヴァレフトに死んで欲しかったから!」

「黙れぇ!!」

 ピュルレーテスは両腕から今度は剣を生やして、激情の赴くままに突撃した!

「風連戟」

 対する風連凰も戟を召喚し、真っ正面から迎え打つ!


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 凄まじい刃と刃の打ち合い!剣と戟を火花を散らしながら、両者は全力で打ち合った!

「あんたは悪い老い方をした!権力にすがり、猜疑心に蝕まれた!気高く戦場を駆けていたあの時のあなたはもういない!!」

「そうしなければ、この国を守れなかった!何の資源もない吹けば飛ぶような小国を!!誰かが汚れなければいけないのよ!!」

「それが生物兵器の開発か!それがピースプレイヤーの供給をHIDAKAから別の軍需企業に乗り換えることか!!」

「あなた、そこまで……」

「士官学校から軍組織まで、一貫的かつ抜本的改革を望むわたしと、遠隔操作型、自立稼働型のP.P.ドロイドを積極的に導入し、軍人の命すら守ろうとしたラトヴァレフトの意見は衝突することも少なくともなかった……だが!だがしかし!外の情勢に影響されない自国でのピースプレイヤー開発生産については、心は一つだった!もしラトヴァレフトが生きていたら!わたしと協力していたら!あと何年かで形になったかもしれないのに!!」

「ワタシだって同じよ!!より強力で安全な武器を部下達に供給したい!そのために長年の付き合いであるHIDAKAを切り捨てて、新たな取引先を……」

「あんたの目的はキックバックだろ!」

「くっ!?」

「下らない言い訳はやめろ!あんたは部下や国のことなど何一つ考えていない!あんたが新しく選んだ会社のバックについている存在を知っているか?あのレイシスト集団T.r.Cだ!!ジベのマイナーチェンジを主力機に採用などしたら……ビブリズは世界中からの笑い者だ!!」


ガギィン!!


「くっ!?」

 刃が砕けた……ピュルレーテスの剣の刃が風連凰の戟によって砕かれた!両者の間を破片が舞い、憎悪と驚愕の表情を隠す仮面を映し出す……。

「貴様はいくつもの罪を重ねてきた……それを断罪するのは、教え子であるわたしと、ラトヴァレフトから託された風連凰の役目だ!!」

 桃色の鳳凰は戟に猛烈な風を纏わせると、ピュルレーテスへと容赦なく撃ち下ろした!

「風雅烈斬!!」


ガギィィィィィィィィン!!


「――ぐわあぁぁぁぁぁっ!?」

 赤い機械鎧は桃色の特級マシンの渾身の一撃によって砕け散り、中から飛び出たユリマキは地面を転がり、這いつくばった。

「ぐ、ぐうぅぅ……!!」

「今日という日が、ラトヴァレフトの命日が、貴様の野望の終着点だ。そして……わたしの革命の始まりの日だ!!」

 そう高らかに宣言すると、風連凰は戟を消し、代わりにどこからともなく妖しい光を放つ石をかがげた。

「それは……やはりミエドスティンマのコアストーンは破壊されてなかったのね」

「あれも嘘の報告だ」

「それを使って何をするつもり?ワタシを引きずり落とすのが目的なら、もう十分でしょ……」

「ふん!今しがた言ったはずだ……わたしは革命を起こすと!革命には血がつきものだ」

「まさかそれで国民を……!!?」

 身体中の傷から血液が流出しているのもあるだろうが、ユリマキの顔がみるみる青ざめていった。

 しかし、腐っても軍のトップに立った女傑。恐怖を押し殺して、変わり果てたかつての教え子を糾弾するために、口を開く。

「必要ない!あなたの革命とやらに、これ以上の血は必要ないわ!思い直しなさい!!」

「ほう……教え子だけでなく、わずかだが国民への愛情も残っていたか」

「確かに生物兵器の開発も、新たな主力機採用の選定も、自己保身や利益追求の気持ちがあったことは認めるわ!だけど、一方でこのビブリズのことを思っての行動だったのも事実よ!生物兵器の量産ができれば、あなた達軍人を危険に晒さずに済む!他国が情報を持ってないマシンを使用すれば、一目置かれることになる!」

「なるほど、一理あるな」

「けれど、あなたのやろうとしていることは、ただの虐殺でしかない!そんなことをして、何の意味があるの!!」

「命の危機を感じた者しか、命を懸けて戦う者の気持ちはわからない」

「……え?」

「メガリ市の一件以降、様々な噂話や意見がネット上に溢れ返った。その中には……被害を最小限にとどめたラトヴァレフトや第一機甲隊を非難するものもたくさんあった!!」

「それはアタシも聞いていたし、怒りを覚えたけど……そういう人はいつでもどこでもいるものでしょ……?構っていたってしょうがない……」

「わたしもそう思っていた!そう思っていたが……もう我慢の限界だ!無責任な憶測をあたかも真実のように語り、暇潰しに人を傷つける!

何故人の足をそんなに引っ張りたがる!?挑戦する人間が減れば、国が衰退し、巡り巡って自分が不利益を被ることになるということが何故わからん!

真面目にやっている自分が報われないのはおかしいだと!報われないのは、貴様が成果を出していないからに他ならない!人の粗を探している暇があったら、自分を見つめ直せ!!

いけないことだとわかっているけどやめられない?わかっていてやめられないなら、確信犯だ!甘んじて罰を受けろ!

文明は発展したが、人の精神性は中世以前まで後退してしまった!!人間は感情に振り回される愚かな種に退化してしまったのだ!!

奴らは……この国を滅ぼす毒だ!!」

「フルメヴァーラ……」

 憤怒と憎悪にまみれた風連凰は恐ろしくも、それ以上に哀れだった。少なくともユリマキにはそう見えた。

「こんな奴らを守るために軍人になったんじゃない!我らに奴らを守る義務があるなら、奴らにも守られる価値のある人間でいる義務があるはずだ!だから、わたしはこの石を使う!一年前以上の犠牲を目にすれば!生と死を身近に感じれば、奴らも少しはまともになるやもしれん。そうでなくとも、この混乱に乗じ、わたしがこの国の中枢に入れば、奴らを管理できるようになる」

「国民から自由を奪って、独裁者にでもなるつもり……!?」

「人を傷つけてもいい自由などない。そのことを徹底的に教育してやるだけだ」

「言ってることと、やろうとしていることが滅茶苦茶……今あなたがやろうとしていることこそが、下らない思い込みで人を傷つける唾棄すべき愚かな人間そのものじゃないの?感情に振り回される退化した人間そのものじゃないの……?」

「……かもな。きっとわたしもあなたのように、いずれ報いを受けることになるだろう。だが、それまでに必ずこのビブリズを立て直して見せる……!」

「なんと頑固な……悪い老い方をしたのはあなたもよ、ラスムス……」

 もはや彼を説き伏せることはできないと悟ったユリマキは頭を垂れ、世界から目を背けた。

「そうやって後悔に苛まれていればいい、残り少ない人生ずっと。終わったのだ、あなたの何もかもが……」

「報告!!!」

「!!?」

 突然、響き渡る慌てふためいた声!そちらを向くと、こちらに全速力で一人の隊員が走って来ていた。

「た、隊長!お耳に入れたいことが!!」

「何事か?」

「敵……敵襲です!!エクトル・アテニャンを始めとする傭兵が、武装してこちらに向かって来ています!!」

「奴らか……」

「ククク……」

 地面とユリマキの間から、笑いを堪えるような声が漏れ出した。

 それはフルメヴァーラにとっては不愉快極まりない音声だったようで、マスクの下で思わず顔をしかめた。

「嬉しそうだな、ユリマキ。これで狙い通りか?」

「ここまで追い込まれているのに、狙い通りなわけないじゃない。ただ外部の人間を引き入れれば、あなたが容易に悪さできないと考えたことは、あながち間違ってなかったみたいね。まだ……終わっていない……!」

「いいや、終わったさ。奴らは手練だが、我が風連凰と第二機甲隊をどうこうできるほどではない。大勢は依然変わりなくだ」

「敵陣に少数で突撃してるのよ。その大勢とやらを覆す策を持っているんじゃない?」

「ふん。奴らを買いかぶり過ぎだ……」

 言葉とは裏腹にフルメヴァーラの胸の奥に言い知れぬ不安が過る。

(奴らが仕掛けて来るなら、もっと早いタイミングだと踏んでいたが……まさか本当に逆転の一手を携えてきたのか?)



「見えたで!決戦の場や!!」

 全身に武器をマウントした黄色と黒のマシン、ツムゾルムを先頭に、一行は形振り構わず全速力で公園へと走る!なぜなら……。

(早くしないと!!)

(くそ!自分としたことが!!)

(まさかこの俺が……!!)

(このわたしが……!!)

(このワイが……!!)

(((寝過ごすなんて!!!)))

 エクトル達は国家の存亡がかかるこの緊急事態にぐっすり熟睡し、見事に寝坊したから、その遅れを取り戻そうと躍起になっているのである。もちろん策などでは断じてない。

「頼むで!フルメヴァーラはん!マジで早まらんといてな!」


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