招かれざる客①
カレーショップ千花もとい非合法武器ショップ戦花で水中用ピースプレイヤー、ゴウサディン・ソルジャインを手に入れたトモルは勢いそのままにポイド海溝に突入……とはいかなかった。
「『ユチの町』だっけか?今までの中で一番寂しい町だな。ここも無理じゃねぇか?」
「テンション下がること言ってくれるなよ、アピオン。ここがダメならいよいよベケの盾ゲットは諦めなきゃいけなくなる」
一人と一匹は潮風が吹く方に向かって、人通りのない道を歩いていく。
そして小さな船がいくつも停まっている港へと着いた。
「うへぇ、船も今まで一番ショボいな」
「だから!……まぁ、いいや。あそこの船に人がいる。頼んでみよう」
アピオンに怒る気力もなくなってきたトモルは僅かな希望を胸に、船を降りてきた町民の下へと小走りする。
「すいません~」
「ん?船なら出せねぇよ」
「マジですか!?」
ドキドキする間も与えられず、希望は打ち砕かれ、思わずトモルは転んで、町民の前までヘッドスライディングする。
「だ、大丈夫か、あんた?」
「ご心配なく……見た目よりずっとタフなんで……」
言葉とは裏腹に起き上がったトモルの目からは精気が失われ、とてもじゃないが大丈夫そうには見えなかった。
「やっぱり頭、強く打ったんだろ!?うち、医者はすぐそこにいるから、送っててやるよ」
「いえ、本当に大丈夫ですから……」
「けどよ……」
「ちょっと心が折れそうになってるだけですので……」
気付けのために両頬を叩き、頭をブンブンと振った。すると僅かに目に光が戻る。
「ねっ?平気でしょ?」
「あんたがそこまで言うなら、もう何も言わないが……」
「心配してくれるのはとてもありがたいです。ただぼくはぼくを気遣ってくれる言葉よりも、船を出すと言って欲しかったんですが……?」
一か八かもう一度、チャレンジしてみる。さらに成功率を上げようとトモルは自分が思う一番かわいい顔で、町民の顔を覗き込んだ。
「うっ!?そ、そんなかわいい顔してもダメなもんはダメだ!」
「そうですか……」
かわいいと思ってもらうことには成功したが、肝心の船について断られ、がっくしと肩を落とす。
「悪いな、兄ちゃん……兄ちゃんでいいんだよな?」
「はい、兄ちゃんでいいです……それよりも他に船を出してくれそうな人はこの町にいないでしょうか?」
「いやいや、そんな奴おらんて」
町民は頭と、その前で連動するように手を振ってトモルの言葉を否定した。
「今、海ではオリジンズが狂暴化していて、町全体で船出すことを禁じられてる。残念ながら何人に当たろうと無理だぜ」
「やっぱり……」
「ここ最近、あんたみたいな人が連日来るんだが、海に何かあるのか?」
「それは……」
トモルは口ごもる。どう説明していいかわからなかったのだ。
「答えたくないなら別にいい。そもそも手伝いもしないのに、事情を聞き出そうなんて失礼だったな」
「そんなことは……」
「まぁ、ここであったのも何かの縁だ。オレは『チーロ』、船は出せんが、一晩泊めてやるぐらいはできるから、必要だったら訪ねて来い。日が暮れるまではこの港にいるから」
「それはそれはありがとうございます。ぼくはトモル・ラブザ。そうなった時はよろしくお願いいたします」
「おれっちはアピオンだ」
「うおっ!?虫がたかっているなと思ってたが、お前しゃべれるのか!?」
「おい!!」
「すまんすまん!とにかくよくわからんが頑張れよ!」
バツが悪くなったのか、チーロはそそくさとその場を去って行った。
「あの野郎……逃げやがって……」
「まぁまぁ、ルツ族は珍しいから」
「そうは言ってもよ……って、そんな話してる場合じゃねぇか……」
「うん……」
「またダメだったな……」
「ウレウディオスにも漁師さんにもたくさん断られたし、だったら空からだと、ヘリポートを訪ねてみたけど……」
「ポイド海溝周辺の空は荒れてるって、これまた断られて……」
「もう打つ手なしって感じだね」
「無理矢理ポジティブに考えると、この異変はポイド海溝にあるとされる遺跡が活性化してるとも取れる。ベケの盾とやらを守るためにな」
「そうだね、そうだといい……」
「うああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
「「!!?」」
会話を中断させる悲鳴!その声に二人は聞き覚えがあった。というかさっきまで話していた!
「今の声!」
「おれっちを虫呼ばわりしたチーロとかいう奴だ!この声、ただごとじゃねぇぞ!!」
「行こう!恩を売ったら、船を出してくれるかも!」
「相変わらずセコい奴だな……まぁ、確かに千載一遇のチャンスかもな!!」
打算的な考えを胸にトモルは声のした方に一目散に走った。
「チーロさん!」
さっき別れたばかりなので、遠くに行っておらずチーロはすぐに発見できた。そして、彼が悲鳴を上げた理由もまたすぐに理解できた……。
「ギシャア……!!」
「オリジンズか……!」
腰を抜かしたチーロの視線の先にそれはいた。
今しがた海から出てきたとわかる湿った身体、地面につくほどの長い腕に鋭い爪、頭はなく、胴体に顔がついている……まさに異形の怪物だった。
「チーロさん、こいつについて知っていますか?」
「た、確か『テナシェルカ』だ……!普段は深海に住んでいて見かけないが、たまに死体が港にあがる!」
「ということは、生きているのを見るのは……」
「初めてだよ!!」
トモルが目の前の怪物の詳細……とは言えない最低限の情報を仕入れ終わると、テナシェルカもまた二人と一匹の観察を終え、にじり寄るように近づいて来た。
「ギシャア……」
「チーロさん、逃げられますか?」
「す、すまない……完全に腰が抜けて、立つことすらできない……」
「……わかりました。アピオン、チーロさんを頼む」
「おうよ!おれっちは失礼な奴だろうと見捨てない!」
嫌味ったらしい妖精の返事を聞くと、トモルは一歩前に出て、盾のようにチーロとテナシェルカの間に立ち塞がった。
「テナシェルカだっけ?いや、これは人間が勝手に名付けただけか」
「ギシャア……」
「そう睨まないでよ。ぼくは君の敵じゃない。そもそもここは君のいるべき場所じゃないだろ?大人しく帰ってくれないか?」
優しく子供を諭すように問いかける。それに対するテナシェルカの答えは……。
「ギシャアァァァァッ!!」
「ひいっ!!?」
暴力だった。こちらに向かって跳躍し、長い手を振りかぶると、鞭のようにトモルへと撃ち下ろす!
咄嗟にチーロは顔を覆う。凄惨な光景を目にしたくないと思ったからだ。しかし……。
バシィン!!
「ううっ……!?」
「おい、目を開けろ。大丈夫だからよ」
「……えっ?」
「さっき言ってただろ?あいつは、トモルは見た目よりもずっとタフだぜ」
「う、ううっ……」
アピオンに促され、チーロは恐る恐る目を開いた。
その目が捉えたのはテナシェルカの腕を掴む桃色と黒の機械鎧のたくましい背中であった。
「ピースプレイヤー……?」
「ギシャアァァァァッ!!」
「交渉決裂か……そっちがその気なら、ぼくとトゥレイターは容赦はしないぞ!テナシェルカ!!」




