作戦会議
「夜は冷えるな……」
月が雲の間から顔を出し、メガリ市を照らす。トモル達は夜風に身震いしながら、宿泊先のホテルへと歩いて行った。
「あの程度の会議なら、わざわざ集まらんでも良かったのに。そうは思いませんか?ボリスはん」
「どうだろうな」
ケントの率直な質問を、ボリスは苦笑いではぐらかした。
「でも、やっぱり一緒に肩並べて戦う相手の顔は見ておきたいよ。だからあれは必要」
「タモっちゃんは見た目通り青いな」
「パストル社長に良く言われます。っていうか、若葉マーク代わりにってことで、BP・ボーデン、緑色に塗られました」
タモツは納得いってないとアピールするように、口を尖らせ、タグをピンと指で弾いたが、周りは特にリアクションはしない。どうやらみんなパストルと同意見のようだ。
「それで、一緒に戦うお仲間と、肝心の作戦についてはどう思いましたか?エクトルさん」
「そうだな……」
「うおっ!多いな!!」
はからずもタモツという新たな仲間を得た一行は、その後、トピに連れられ、会議室にやって来た。
室内には椅子がびっしりと並べられ、その上にまた軍服を着た者達がびっしり。その軍人全てが真っ直ぐとまだ何も映っていない大型のスクリーンとその前の教壇を見つめていた。
「さすが正規軍やな。しっかり統制が取れてるわ」
「ぼく達の席は……トピさん?」
「はい。皆様の席は最前列に……」
「こっちだ、みんな」
トピの説明の途中で、エクトルとケントには馴染み深い、トモル達には初めましての声が耳に届いた。
目を向けると、屈強な男が腕をブンブンと振っている。
「もしやあの人が?」
「そうだ。俺と一緒に旅をしている相棒、ボリス・バベンコだ」
「ボリスさんの隣が空いてるようやな」
「トピさんの言う通り。ここまで案内ありがとね」
「いえいえ、仕事ですから」
一行はトピと軽く会釈し合うと、彼と別れ、ボリスの下へと向かった。
「ボリスさんですか?ぼくは……」
「トモル・ラブザくんだね。お噂はかねがね」
「おれっちのことも?」
「もちろん存じていますよ、アピオンくん」
「なら、おれのことも?」
「もち……誰だ君は?」
「ですよね~。タモツ・ナガミネです。詳しい自己紹介は後々させていただきます」
「ふむ……とりあえず人としては、ちゃんとしているようだな」
「ボリス」
「エクトル」
「目標に変わりはないか?」
「ミエドスティンマについては、この後説明されると思う」
「では……」
「もう一つは見たところ、特には」
「え?オリジンズ以外に監視しなきゃ――」
パンっ!
「痛っ!?」
余計な質問をしようとしたタモツの頭をケントが思い切りはたき、強引に制止した。
「いきなり何するんですかぁ!!?」
「すまんすまん。あれもこれも全てこの会議が終わったら、説明するから、おどれは少し黙っておけ。な?」
「うっ!?わかりました……」
ケントの有無を言わせない迫力に気圧され、タモツは肩を丸めて、大人しく席に着いた。
そして残りのメンバーも横ならびに座っていく。席が用意されてないアピオンはトモルの頭の上で胡座をかく。
「どうやら……ちょうどみんな集まったみたいね」
「……ですね」
タイミングを見計らったように、エクトルで写真で事前に見せられた顔、軍の最高権力者ユリマキ将軍と今回の指揮を取るビブリズ第二機甲隊隊長ラスムス・フルメヴァーラ、そして幹部と思わしき男女が二人部屋に入って来る。すると……。
「きりぃぃぃぃつ!!」
「え?」
「うおっ!?」
突然後方から部屋を震わせるぐらいの大声が響き、トモルとタモツは言われるがまま他の軍人達と共に立ち上がった。そして……。
「敬礼!!」
「はい!」
「よいしょ!!」
そしてみんなと仲良く入室した将軍様一行に敬礼する。
それに対してユリマキ達も敬礼で返すと……。
「着席ぃっ!!」
「はい!」
「よいしょ!!」
また後ろから聞こえる指示に従い、勢い良く腰を下ろした。
「何やっとんねん、お前ら……」
「つい……」
「郷に入っては郷に従えっていうし、挨拶はちゃんとしろって、社長から口酸っぱく言われてるから」
「挨拶するにしても、ワイらは部下やないんやから、もっと気さくな感じでええやろ。な、将軍様?」
「お前!!」
「待ちなさい」
無礼なケントに食ってかかろうと、立ち上がった軍人を、ユリマキが手のひらを突き出して制止した。
「彼の、ドキ殿の言う通りです。協力を仰いでいるのはこちら。へりくだってもらわなくて結構ですよ」
「わかってるやないの。さすが国軍のトップと褒めておこうか」
「どうも……」
そう言って微笑みながら会釈するユリマキであったが、目は冷たく笑っているようには全く見えず、部屋の中の温度が急激に下がった気がした。
「さてと……まず初めにワタシから挨拶をと思っていたのですが、お客人はどうやら合理的な方らしいので、省略して本題に入りましょう」
「またまたようわかっとるやんけ」
「では、またまたお褒めの言葉をいただいたところで……フルメヴァーラ」
「はい」
ユリマキと背後に控えていたフルメヴァーラの位置が入れ変わる。すれ違い様両者の視線が交差し、火花が弾けたように見えた。
「わたしが今回の作戦の指揮官をさせてもらうビブリズ第二機甲隊隊長ラスムス・フルメヴァーラだ。よろしく頼む」
「うっ……!」
爽やかな物言いとは裏腹にフルメヴァーラの視線は冷たく鋭く、その眼差しで品定めをするように自分達を眺めるもんだから、タモツはビビり散らかした。
「ふん!」
「「………」」
(あんまり歓迎されてないみたいだね)
一方、他のメンバーは微動だにせず、数多の修羅場をくぐり抜けて身につけた胆力を逆に見せつける。
「では、早速……まずはミエドスティンマのこれまでの動向だが……」
フルメヴァーラが傍らにいる幹部の女に目配せすると、女はリモコンを操り、天井のプロジェクターを起動。スクリーンに映像を映し出した。
投影されたのは、古びた建物の周りを蠢く人間の子供サイズの小さな虫の集団であった。
「うげ!気持ち悪っ!!」
「スティンマトルーパーだ。無人ドローンを使い内部を調査したが、中にも大量にこいつらがいる。ただ今のところは人間の居住地域まで行動範囲は広げていないし、迅速に避難ができたため、二名を除いて、研究員は無事だ」
「その除かれた二名は?」
「スティンマクイーンの映像を撮ろうと、ドローンを中庭まで進めたところ、彼らのものとおぼしき、衣服が散乱しているのを確認できた。生存は絶望的……今回の任務は彼らはすでに死亡したものとして、救助は考えないこととする」
「やるせないな……」
「だが、妥当かつ現実的な判断や」
「ミエドスティンマの能力については、既に知っていると思うが、奴らがあの厄介な進化能力を発揮できないように、我らは細心の注意を払って監視を続けていた。しかし……」
スクリーンの映像が切り替わり、静止画から動画が再生される。
それはどうやら調査を終え、戻ろうとするドローンのカメラ映像のようだったが、途中で画面が大きく揺れ、「スティィィィン!!」という奇声を録音した直後に、プツリと音を立ててブラックアウトした。
「ドローンが一機撃墜された。研究データから鑑みて、直接的な敵対行動さえ取らなければ、進化能力を発揮しないと考え、仮に一機や二機撃墜されても何ら問題ないと思っての行動だったのだが、このドローン撃墜直後より、翅が大型化し、代わりにも本体が小さくなった飛行能力特化型の個体が現れ始めた」
画面が変わり、今しがたフルメヴァーラが説明したまんまの不気味な虫がビュンビュンと風を切って飛んでいる映像が再生される。
「結果論から言うと、わたし達の行為は軽率だったと言うしかない。謝ったところで今更どうにもならないが、謝罪させて欲しい。申し訳ない」
フルメヴァーラが深々と頭を下げると、どうしていいのかわからないのかトモル達を含むその部屋にいるほとんどの者が隣の者と顔を見合わせた。
「まぁ……終わったことを言ってもしゃあないやろ」
「ですね。それよりもその新しい個体っていうのは、通常のトルーパーよりもどれぐらい飛行能力がアップしているんですか?」
「ウインガー……区別のために『スティンマウインガー』と呼称したのだが、あれの速度は壊されたドローンより若干素早いくらいだ。鍛え抜かれた我が軍と百戦錬磨の君達なら難なく対処できるはず」
「なら、なんも問題ナッシングや」
「こちらとしてもメガリ市の方に逃げ出さないように、砲撃兵や狙撃兵を手厚く配置さえあれば問題ないと判断し、作戦の概要に大きな変更はない」
「んで、その肝心の作戦ってのは?」
「あまり急かすな。リスキ」
「はい」
リスキと呼ばれた女幹部がリモコンを操作し、スクリーンに新たな画像、研究所の見取り図を表示した。
「研究所の入口は東、西、南の三つ。そしてその周辺に防衛のために何匹かの『スティンマジェネラル』と呼ばれる大型個体が配置されている。本命であるクイーンとの戦闘中に援軍に来られると厄介なので、まずはそれぞれの入口から侵入し、これらを各個撃破していく。リスキ、アルホネン」
「「はっ!!」」
名前を呼ばれた男女幹部はフルメヴァーラの両隣に背筋を伸ばして並んだ。
「東口からは第二機甲隊の副隊長である『イリタ・リスキ』率いる部隊と、エクトル・アテニャン氏に」
「よろしく」
エクトルはとろけるような甘い笑顔と声でチームメイトに小さく手を振った。けれど……。
「……よろしく頼む」
リスキは眉一つ動かさず。めんどくさい作業をこなすように淡々と返事をするだけだった。
「距離を縮めるのに時間がかかりそうだ……」
「続いて西口は我が隊のナンバースリー『ピルッカ・アルホネン』の部隊とタモツ・ナガミネ氏にお願いしたい」
「よ、よろしくお願いします!!」
「精々足を引っ張るなよ」
「え?」
「アルホネン」
「わかってますよ。本番は真面目にやりますから」
(この人……苦手かも)
心にもないことを平気で口にする軽薄な態度と、それに伴う薄ら笑いはタモツに限らず見る者全てに不快感を与えた。
「まったく……最後に南口から突入する部隊はわたし自ら指揮を取る。一緒に来てもらうのは……ケント・ドキ氏、あなただ。異論はあるか?」
「あらへんよ……と言いたいところやが、指揮官であるあんたが前線に出るんか?外に残った方がいいんちゃうか?」
「ミエドスティンマの特性を考えたら、速攻が最適解。細かく指示を出さなければいけない状況にならないことがベストだ。そのためにも最大戦力で一気に決める」
「それがあんた自らの出陣か」
「改めて……異論はあるか?」
「異論ねぇ……」
フルメヴァーラとケントのお互いを牽制するような視線が交差した。
「……ないわ。指揮官様がそう決めたんなら、従いますよ」
「そうか……ボリス・バベンコ氏には外に残った部隊と協力してもらい、トルーパーやウインガーを逃がさず殲滅してもらう」
「了解」
「ここまで質問は?」
「はい」
元気良く手を挙げたのは、一向に名前を呼ばれずに痺れを切らしたトモルだった。
「何かね?と、言っても、君がどこの部隊にも配置されないことを訊きたいのだろうけど」
「その通りです。ぼくは今回の任務には参加できないんでしょうか?」
「いや、参加してもらうよ。むしろこの作戦の要は君。ドラグゼオの参戦が決定したことで成り立ったものだ」
「え?そこまでですか」
「間違いなく、君が今回参加している人間の中で最強だからね。なので……この任務の始まりと終わり、最も重要な部分を担ってもらう」
そして時は戻り、ホテルに向かう一行……。
「まさかあそこまで頼られるとは……正直しんどい。っていうか、めんどい」
トモルは肩を落とし、ため息をついた。
「実際意外やったな。外様のワイらをここまでがっつり作戦に組み込むとは」
「フルメヴァーラ的には不本意だろうがな。ここに来てからずっと密かに探りを入れていたんだが、外部の人間に頼ろうと言い出したのは、ユリマキ将軍で彼の方はずっと自分たちだけでやれると反対していたらしい」
「だから、ぼくらを品定めするような、威嚇するような目で見て来たんですね」
「やけど、使うと決めたら、徹底的に使い潰すか」
「その癖、決して信用しない。俺達をバラバラにして、それぞれ自分や部下の監視下に置いたのが、その証拠だ」
「え!?そういうことだったの!?全然気づかなかった!」
「最大戦力っていうなら、お互いを良く知っていて連携できるワイらを一つの部隊にまとめた方がええ」
「だけどあの人はそれを良しとしなかった」
「ワイの挑発を受け流したおばちゃん将軍もあの神経質な指揮官様も油断ならん」
「あの無礼な態度も相手の反応を伺うためにわざとやったんですか……」
「決まってんやろ。ワイが平気な顔で失礼働くような奴に見えるか?」
「見える」
「見えます」
「めちゃくちゃ見えんな」
「申し訳ないが……見えるな」
「ケント……君は一見すると輩にしか見えない」
「うぐっ!?トモルやアピオンだけならまだしも、ボリスさんとエクトルさんにまで言われるのは、ちょっと耐えられん……!」
ケントは胸を抑え、うずくまった。
「悪い悪い。少し意地悪した」
「冗談きついでっせ……」
「本当に無礼な輩ってのは、今こうしている場面を監視し続けているあいつみたいなことだ」
「……え?」
タモツはエクトルの言葉が咀嚼できなかった。
「タモツよ~、おれっち達ずっとつけられたんだぜ」
「マジで?」
「マジマジの大マジ」
「何のためにそんなこと……」
「それを聞くためにこうして人気のないところに誘き寄せたんだ」
「え?」
再びエクトルの言葉に反応し、タモツは辺りを見回した。すると、そこは確かに誰もいない空き地だった。
「いつの間に。」
「強くて頼れる人に囲まれてるからって、気を抜き過ぎですよ、タモツさん」
「すいません……おれもまだまだだね」
「反省は後だ。今やるべきは」
「追跡者の話を聞くことだな!」
「つーわけで……ストーカー!出て来いや!!」
ケントの声が空き地にこだました。
そして、その声に応じ、一体のピースプレイヤーが姿を現す……。




