新米と再会
エクトルとの戦いと依頼、そしてビュッフェから三日後、トモル達はビブリズに入国、詳しい作戦概要を確認するために軍の施設にやって来ていた。
「また会議かよ。おれっちは飽き飽きだよ」
そう愚痴を言いながら、アピオンは施設を堂々とした姿で進むエクトルの肩に寝そべった。
「まぁ、そう言うな。この会議が終わったら、君達はしばらくメガリ市のホテルで待機のはず。そしてあそこにもビュッフェがあったはず」
「マジか!聞いたか!トモル!!」
一気に元気を取り戻した妖精は羽をパタパタと動かし、後方の相棒の肩に移動した。
「本当好きだね、ビュッフェ」
「むしろ嫌いな奴いるのか?」
「いるでしょ。世の中は広いんだから、いくらでもさ」
「考えられねぇな」
「考えられんのはお前らや。緊張感なさ過ぎやろ」
これから一つの国家の命運を握る極秘プロジェクトの話を聞こうというのに、食べ放題が好きか嫌いかなんて大真面目に語っている同僚達にケントは心底呆れた。
「まぁ、今から緊張していたらもたないからな。これくらいでちょうどいいんじゃないか」
「フォローせんでええわ、エクトルさん。それよりも……」
「ん?どうした?」
「いや……結局ワイらだけですか?」
今、こうしてのんきにおしゃべりしながら会議室に向かっているのはビュッフェに舌鼓を打った三人と一匹だけ。そのことがケントは気がかりだった。
「リノと木島のことか」
「はい。あの二人はやっぱり断ったんですか?」
「あぁ、非情に残念だがな。リノの奴はすでに長期間必要な任務についていたらしい。所載は守秘義務があるから言えないと言っていたが、国際中立保護地域にいると話していたから、十中八九俺らと同じくオリジンズの討伐か捕獲依頼だろ」
「先約があったならしゃあないか」
「木島は小遣い稼ぎに違法P.P.バトルに出たんだが、そこで……」
「まさかまた大怪我して、動けなくなったんか!?」
「安心しろ。木島本人は無事だし、勝負にも勝った。けれど激しい戦いの末、愛機のルシャットⅡがおしゃかになってしまったらしくてな。今新しいマシンを絶賛探している最中で、とてもじゃないが得体の知れないオリジンズと戦える状態じゃないんだと」
「なんやねん!それ!心配して損したわ!違法賭博なんかに手を出しおって、なにやっとんねん!!」
ケントは荒ぶった。
「木島自身も平謝りしていたよ。意外と義理堅いところがあるからあいつ、ラゴド山の麓まで重傷の自分を運んでくれてお前に恩返ししたかったんだってさ」
「なっ!?……なんやねん、めっちゃいい人ですやん……」
一転、ケントははにかんだ。
「というわけで、俺が召集したのはここにいるメンバーと、先に会議室で待っているボリスだけだ」
「ビブリズが声をかけた傭兵ってのは、どうなったんですか?」
「確か一人いるらしいが……詳細はわからない」
「まっ、すぐに顔合わせすることになんだろ」
「せやな。まずはとっとと会議室に向かおう」
「だな。だけど、俺もここに初めて来たから、土地勘が……ちょっと待ってくれ」
エクトルは立ち止まると、キョロキョロと辺りを見回した。
そんな彼と、その近くに控えるトモルの姿に軍服を着た若い男が気づき、近づいて来る。
「良かったら、自分が案内しましょうか?アテニャンさん」
「ん?君は……」
「自分は『トピ・ユロスタロ』。今回の任務に参加するビブリズ第二機甲隊の末端に席を置くものです」
「そうか、君も……」
「まぁ、自分はスナイパーなので研究所には入らず、外のトルーパー退治に終始することになるはずですから、皆さんと行動を共にすることは残念ながらないと思いますが」
そう言って、トピはチラリとトモルの方に目線を向けた。
「ぼくに何か?」
「あなたのご活躍は聞き及んでおります。あなたの愛機、ドラグゼオは桃色をしているんですよね?」
「ええ……ぼくの家のイメージカラーみたいなもんなんで桃色は。もしかしてダサいとか思ってます?」
「いえいえ!そんなこと微塵も思ってませんよ!」
トピは顔の前で手をブンブンと左右に振り、トモルのネガティブな推察を全力で否定した。
「じゃあ一体……」
「桃色の何が気になんねん?」
「このビブリズにも桃色をした特級ピースプレイヤーが存在していたんだよ」
「していた……過去形ですか?」
「ええ……」
トピは思わず寂しげに目を伏せた。
「一年前のメガリ市の一件は聞いていますよね?」
「なんとなくは」
「その時謎のオリジンズ討伐に向かった第一機甲隊隊長エイノ・ラトヴァレフトの愛機が桃色だったんですよ。『風連凰』っていう立派な桃色の羽を持った美しいピースプレイヤー」
「メガリ市に参戦したってことは、そのマシンは」
「あのどさくさに紛れて行方不明です。簡単に完全破壊されるようなマシンではないと思うのですが、いくら探してもどこにも見当たらなくて」
「そうだったんですか……」
「あ……違うんですよ!別にテンションを下げたいつもりなんて!!」
場の空気がかなり重くなっているのに、トピはようやく気づき、なんとか取り繕おうとわけもわからず両手を広げ、じたばたと上下させる。
「えーと!そうだ!ドラグゼオって炎を使うんですよね!?」
「ええ……」
「これまた奇遇!炎を使う特級もあるんですよ!軍の最高責任者であるユリマキ将軍の愛機の『ピュルレーテス』!あの人、裏では現役時代は“炎上上等燃え燃えウーマン”って呼ばれてたんだ!」
「悪口にしてもセンスがねぇな」
「だけど確かに本当凄い偶然」
「でも、その二体のピースプレイヤーに適合したせいで二人の中が更に悪化することになっちゃったんですけど……」
「悪化だと……?」
「それってどういうこと――」
気になる言葉を耳にしたトモル達が話を深堀しようとした……その時!
「ああ~!!トモル君じゃないか!!」
「「「!!?」」」
突然声をした方を向くと、青年がハンカチで手を拭いながら、嬉々とした表情を浮かべていた。
「あなたは……ぼくのことを知っているんですか?」
「忘れてるなんて、ひどいな~。ほら、ウレウディオスの依頼を受けに行く途中、生き倒れになっていた!」
「生き倒れ……あっ!!」
刹那、記憶の奥の引き出しから、目の前の男との短いが濃い思い出が溢れ出した。
「タモツさん!ティーチャーパストルに愚痴愚痴説教されながら、ボロクソに敗北したタモツ・ナガミネさんじゃないですか!!」
「うっ!?事実とはいえ、君の記憶の中のおれは情けなさ極まれりだね」
「すいません、つい。でも、見違えましたよ。なんか一回り大きくなって」
「まっ、鍛えてますから」
タモツは腕を曲げ、力こぶを隆起させた。確かにガタイも良くなっているのだが、それ以上に……。
(身体以上に雰囲気が変わった。きっと場数を踏んで一端の戦士になったんだろうな)
トモルはタモツのこれまでの経緯を勝手に夢想し、勝手にしみじみと感慨に耽った。
「君の活躍は聞いているよ。一応、ウレウディオスの依頼を受けようとした一人として、知り合いの傭兵のネットワークを駆使して、色々調べたんだ」
「なら、ワイらのことも?」
「もちろん存じてますよ、ケント・ドキさん、エクトル・アテニャンさん」
「ほう。中々の勉強家やないかい。ケントでええで」
「俺もエクトルでいい。トピくんもそう呼んでくれ」
「あっ!はい!」
「いやぁ~、困難な任務を完遂した伝説の戦士達にこうして会えるとは嬉しいな」
「へへ……」
ケント達は真っ正面からの褒め言葉を受け、照れ臭そうに笑った。
その傍らに不満そうな顔の妖精が一匹……。
「おい!おれっちのことは知らねぇのか!!」
「うわあ!?しゃべった!!?」
「人のことを珍獣みたいに」
(珍獣は珍獣じゃないかな)
(珍獣やろ、どこからどう見ても)
(申し訳ないが、珍獣と形容されても仕方ないと思うぞ、妖精くん)
(珍獣だよな……)
悲しいかなアピオン以外のみんなの心は一つだった。
「ごめんよ、ルツ族なんて、初めて見たもんだから驚いちゃって」
「ったく、ちなみにおれっちと会うのは二回目だからな。あの時、トモルのカバンの中からお前の負けっぷりはしっかり見てるから」
「マジか~。おれの醜態を知るものが、トモル君と社長以外にもいたとは!」
「社長?」
「あっ!そうだそうだ!挨拶はちゃんとしろって、社長に口酸っぱく言われてるんだった。どうぞどうぞ、わたくしこういう者です」
「どうも……」
タモツは懐から名刺を取り出し、トモル達に渡して行った。
その紙にはオリジンズ駆除会社“イザワ・カンパニー”社員、タモツ・ナガミネと表記されていた。
「あの後、トモル君に言われた通り、教えを乞おうとパストルさんに頼み込んで、彼の元で修行する傍ら、一緒に依頼をこなす日々を送っていたんだ」
「それでこんなに逞しく」
「君達に比べればまだまだだけどね。で、ある日突然このイザワ・カンパニーって会社の先代社長からパストルさんに連絡が来たんだ。『陸代』っていう国にある民間の小さなオリジンズ駆除会社なんだけど、もう年だから畳もうと思っていたって」
「はは~ん、先の展開が読めたで」
「さすが。ご推察の通り、そんなことを考えていたら、昔一緒に仕事したパストルさんのことを思い出して、良かったら継いでくれないかと。君なら会社を任せられるって」
「そんで了承したんだな、パストルの旦那は」
「最初は強引に押し切られて渋々って感じだったんだけど、今はかなりノリノリだよ」
「やってみたらやりがいを感じちゃったんだな」
「というわけで、今はティーチャーパストル改め、パストル社長です。そしておれもそこで引き続き修行をすることになったんですか……」
「タ、タモツさん……?」
タモツの声色が若干低くなると、目から輝きが失われていき、そこから発せられる気持ちの悪いプレッシャーに当てられ、皆は一様に身体に悪寒を走らせた。
「雪って知ってますよね?」
「雪って、あの雪ですか?空から降る冷たいアレ」
「そうです、その空から降る雪です。陸代って雪国なんですよ。冬になったら毎日一面雪景色。天気予報も雪、雪、雪、毎日のように雪」
「へ、へぇ~」
「昔から雪国の人が雪に強い自慢してる意味がわからなかった。だって、そんなスキル、身につかない環境にいた方が絶対いいじゃないですか?でも、実際に住んで見てわかりました……そうでもしないとメンタルを保てないんです」
「それはさすがに……大袈裟やろ……」
「雪国に住んだことがない人はそう思うんでしょうね。度を超えた寒さっていうのは、人の心を削っていくんです。スケジュールに雪かきの文字が入っていると、どうしようもなく虚しい気持ちになるんです。もう無理矢理笑い話にしないとやってられない。雪ってね……クソなんですよ。雪ってね……クソなんですよ」
「タモツさん……あなたはそこまで……」
顔は笑っているのに、目は笑っていない虚ろで不気味な表情で淡々と雪への憎悪を吐き出すタモツに皆一様にたじろいだ。
「そ、そうなのか!大変だったな!」
「ええ、大変でした。雪かきなんていくら上手くなっても嬉しくない……!」
「せやせや!その通りや!あんさんは何も間違ってない!!」
「で!そのイザワ・カンパニーの敏腕社員さんがどうしてここに!?」
「あっ!その説明がまだだったね!」
タモツの瞳に光が戻ると、皆一様に胸を撫で下ろした。
「これまたパストル社長がビブリズと縁があってね。ね?トピさん」
「は、はい。昔、研究所にアーティファクトを届けてくれたらしくその関係でお声をかけさせてもらいました」
「でも、社長は今、会社のことで手一杯だし、任務内容を軽く聞いておれの方が向いてるってことで、代わりに派遣されたってわけよ」
「向いてる?」
トモルは再びかつて目にしたタモツとパストルとの戦いを呼び起こし、脳内で精査した。
「レベルの違いはあれど、パストルさんとタモツさんのバトルスタイルにそう違いはなかったような気が……」
「当時はね」
そう言いながら、タモツは首から下げた二つのタグをつまみ上げる。それはトモルの記憶の中には存在していない形と色をしていた。
「もしかしてガナドール……」
「ソルプレッセ。ガナドール・ソルプレッセだよ」
「そのソルプレッセは手放しちゃったんですか?」
「いや、こっちがそのソルプレッセだよ」
タモツは人差し指を動かし、片方を上に上げた。
「正確にはガナドール・ソルプレッセだったものだけどね」
「つまり改造したってことですか?」
「社長がね。お前に合わせて弄くってやるって、無理矢理取り上げられて、なんか勝手に良くわからないメカニックに預けられて、返って来たらこうなってた。しかも、起動コードは教えてもらったけど、ちゃんとわかるようになるまで、装着するなって言われてるから、どんな形になっているかもいまだに知らない」
「わかるようになるって……どういうこと?」
「さぁ?その言葉が理解できるようになるなり、自分なりの解釈ができるようになることが修行ってことなんだと思う」
「んで、まだその答えにたどり着けずか」
「お恥ずかしながら」
「個人的にガナドール社は好きだから、そのまま使い続けて欲しかったな」
「俺もだ。あそこはいい会社だ」
「……え?」
トモルとエクトルの言動に強い違和感を覚えたケントの眉間に深い溝が刻まれた。
「あれ?ガナドール嫌いでしたか?」
「いや、別に嫌いやない。拾いものやけど、ミックスビルドの材料に使っとるしな」
「それなら何でそんな怪訝な顔をする?」
「ガナドールはいい会社や。それは認める。否定するつもりは更々あらへん」
「なら……」
「やけど、あんたらが好きになる要素あらへんやろ!高い値段に、それに見合った完成された性能!ケチで有名なトモル君と、改造大好きなエクトルはんが気にいるわけない!なのにどうして!?」
「どうしてと言われても……」
「ぶっちゃけ昔、会社直属の部隊に誘ってくれたから、贔屓してるだけなんだか」
「……え?」
「エクトルさんもですか!?ぼくも前に一度勧誘されたんですよ」
「……え?」
「知らないのか?ガナドール社直属の精鋭部隊『エスペシアル』」
「知ってますとも。あの傭兵戦争にも派遣されたっていう有名な」
「そうなんですか?なんだか堅苦しい感じがして、あっさり断っちゃいました」
「俺もだ。何かに縛られるのは趣味じゃない」
「そうでっか……マジか……」
ケントは顔を両手で覆い、天を仰いだ。
「ワイ、結構頑張ってきたのに、企業専属部隊から勧誘なんて受けたことない……」
「へ?お前、入りたいのか?」
「別に入りたいわけやない。ただ箔がつくから誘いの一つや二つは受けたいと思いながら幾世霜……エクトルさんはまだしもトモルまで声かけられてるのに」
「なんか今軽くディスられました、ぼく?」
「そんなことするわけないやろ……勧誘を受けた一流の傭兵様に、一切彼らの眼中に入ってない三流以下のワイがディスるなんてとても……」
不意に飛び出た話題はケントのプライドをズタズタに引き裂き、どこまでも卑屈にさせた。
「なんかすいません。おれがガナドールなんか使っているばっかりに」
「いや、タモツさんが謝ることじゃないよ」
「そうだ!大企業のお眼鏡に敵わないこいつが情けないだけだ」
「仰る通りやで」
「めんどくさいから、ほっときましょう」
「じゃあ、話を戻して……代わりにこれを使えと渡されたのが、こっちの『BP・ボーデン』。戦闘の基礎を学ぶには、これが一番だって」
「悪くないチョイスや!シンプルかつ丈夫やからな。ワイも初心者にオススメ聞かれたら、そいつか同じ系統のツムシュテーク社のツムホルン!もしくはバランスの良くて燃費のいい花山重工のラットシリーズって答えるやろな!ガナドールは絶対にありえへん!!絶対にや!!」
「ケントさん……」
「逆恨みとはこういうことを言うんだろうな」
「見てらんねぇ」
「まぁ、性格があれな人は置いておいて……頑丈なマシンは確かに今回の任務に合ってるかもね」
「閉鎖環境かつ、周りが貴重品だらけだからな。安易に動き回るわけもいかず、回避行動をしづらい」
「社長も今回はベッローザだと自慢の機動力を生かせないし、ずっとおれに叩き込んだ防御のいろはを試す絶好の機会だって」
「そして召集に応じてくれたタモツさんを自分が会議室に案内しようとしたら、その前にトイレに行きたいと。で、待っていたところにトモルさん達が」
「なるほど。これであなたがここにいる経緯と理由がわかりました」
「あぁ、何の因果かこうしてまた君と出会えた。ようやく君に借りを返せる……なんて、言わないよ。おれと君の実力差を考えたら、返すどころか更に借りを増やすことになる方が可能性が高いからね」
「そんなこと気にしないでいいですよ。ただお互いに全力を尽くしましょう。話を聞いて、今のあなたとなら一緒に仕事ができる……そう判断しました」
「トモル君……ん!」
その言葉だけで、今までの苦労が全て報われた気がし、自然とタモツの目が潤む。それを悟られないように慌てて拭うが周囲には当然バレバレでみんなニタニタと笑っている。
「さてと……予期せぬ再会を存分に楽しんだことですし……」
「そろそろ行こうか。トピさん」
「はい。ご案内します」
三人と一匹のパーティーは更に仲間を一人加えて、再び歩み始めた。




