個人的な頼み
事態を飲み込めない二人と一匹を尻目に、エクトルは顔をまた真剣で重苦しいものに戻しつつ、スマホの画面を躊躇いがちになぞる。
「俺もできることなら二度と見たくなかったのだが……」
「「「――ッ!!?」」」
トモル達は一様に絶句した。
スクリーンに映されたのは……目を覆いたくなるほどの凄惨な光景、恐ろしい形相で倒れる無数の人間の死体の山であった。
「うわあ!?なんだこりゃ!?」
「ひどいですね……いや、そんな言葉じゃ足りないくらい……」
「一体何が起きたんや?」
「数年前に起きた『ラマプ村』の悲劇って聞けばわかるか?」
「確か……有毒ガスが発生して、村人数百人が全滅したつー奴か」
「辺鄙なところにあったから、それだけで済んだって話でしたね。もしガスの発生が都心部だったらこの何十倍、いえ何百倍もの犠牲が……」
考えただけで背筋が凍り、トモルは身体を震わせた。
「有毒ガスの発生……表向きはそういうことになっているし、間違っているわけではないのだが、より正確にこの惨劇の原因について話すと、これは……産卵期のミエドスティンマのコアストーンが暴発した結果だ」
「「「な!!?」」」
二人と一妖精は思わずエクトルに詰め寄るように前のめりになった。
「それ……ホンマか!?」
「あぁ……“国さえ滅ぼす毒石”という名については?」
「えーと……誰でも使える代わりに一回限りで壊れてしまう特殊なコアストーンですよね?大量の毒ガスを発生させるっていう……」
「はあっ!?それって、この村で起きたことと同じ……ってことは!?」
「産卵期のミエドスティンマクイーンのコアストーン=国さえ滅ぼす毒石だ。通常時のクイーンのコアストーンは弱い念動力を発生できる程度のものだが、産卵期のそれは出産の邪魔になる毒素を凝縮し、変化するんだ」
「そうなんか……」
「……で、これをぼく達にどうしろと?」
「ビブリズの連中に渡さずに破壊して欲しい」
そう言って再び画面をスワイプ。
新たにスクリーンに投影されたのは軍服を着た男二人とその間に同じ装いをした妙齢の女性が一人、スリーショットの写真であった。
「この人達は」
「俺から見て左の人の良さそうな男は、メガリ市での戦いで亡くなったビブリズ第一機甲隊隊長『エイノ・ラトヴァレフト』」
「つまりこの人はもうこの世には……」
「残念ながら。反対側にいる険しい顔の男は今回の任務を指揮する第二機甲隊の隊長『ラスムス・フルメヴァーラ』」
「見るからに厳格そうな方ですね」
「おれっちの苦手そうなタイプ」
「真ん中の女性がビブリズ軍のトップ、『ユリマキ』将軍だ」
「気の強そうなおばちゃんやな」
「実際現場からの叩き上げで、優秀な特級ピースプレイヤー使いだったらしい」
「その優秀な将軍様をエクトルさんは信用できないと」
エクトルはコクリと頷いて、肯定した。
「メガリ市の事件で亡くなったラトヴァレフトとフルメヴァーラ、ユリマキは近年軍の運営について対立していたらしい。だから巷ではメガリ市の一件はオリジンズ災害を利用して、ラトヴァレフトを謀殺したんではないかと噂されている」
「そんな陰謀論じみた話を信じてるんか?」
「そこまで俺は愚かじゃない……じゃないが、疑念が拭えぬ相手の手に渡るには国さえ滅ぼす毒石はあまりに凶悪過ぎる」
「ですね。むしろ人間の手に余ると言った方が正しい気もします」
「あぁ、ラマプ村の事件も飛行型オリジンズが運んで来た毒石を子供が拾った結果らしいからな。何ら悪意などなく、自分を含め家族や隣人を……」
「それはやるせねぇな……」
エクトルは悲しげな表情でまた画面をスワイプ。
笑顔の人に囲まれたエクトルとボリスの写真が表示された。
「この方達はまさか……」
「あぁ……ラマプ村の人達だ。事件がある少し前に立ち寄ってな。『ネイティブラッド』、もしくは仙獣人なんて呼ばれるブラッドビーストの元になった者達が作った村。正確には獣人形態に覚醒できずに集落を追い出された落伍者達の集まりだったんだ」
「覚醒できなかった仙獣人……」
トモルの脳裏に巨大なオリジンズに果敢に挑む少女の姿がフラッシュバックした。彼女は最終的に力を得ることができたが、もしそうなっていなかったら、この写真の者達のように……。
「だけど彼らは前を向き、お互い助け合いながら懸命に生きていた。あんな無惨な最期を迎えるべき人達では……なかったはずだ……!」
「エクトルさん……」
エクトルはうつむき、目頭を抑える。
「さっき言った通り、これは俺の個人的な頼みだ。毒石は売ろうと思えば、いくらでも高値で売れる。だができることなら、もう二度とあんな悲劇を起こさないためにも……破壊して欲しい……!」
エクトルは深々と頭を下げた。
「エクトルさん」
「頭上げぇや」
言われた通りに、顔を上げると笑顔のトモルとケントが若干潤んだ瞳の彼を出迎えた。
「確かにワイらはかなりがめついが」
「人間性を捨ててまで、儲けたいとは思ってませんよ」
「そもそも金をいくら稼いでも、世界が無茶苦茶になったら、意味ないからな」
「ですので、エクトルさんの頼みを聞いてあげます。ミエドスティンマのコアストーンは……ぼく達の手でこの世から消滅させましょう」
「ありがとう……本当にありがとう」
エクトルはまた少しだけ頭を上下させた。
「んで、作戦の決行日は?」
「ちょうど一週間後だ。新たなクイーンが産まれるまではもう少し時間があるが、トルーパーの方が抑え切れん」
「一週間後か……」
「もちろん、事態が急変したら予定が早まる可能性もあるが」
「んじゃ、急いで済ませないと!」
「え?済ませるって、何を……」
「ビュッフェだよ!腹が減ってはなんとやらって言うだろ?」
胸を張ってまるで良い事を言ってやったみたいな顔をするアピオンの姿を見て……。
「ぷはっ!」
神妙だったエクトルの表情が一気に綻んだ。
「そうだな!超進化蟲の前にこのホテルのビュッフェをやっつけてやろう!」
「おう!待っていやがれ!ビュッフェ!!」
「ったく、気が抜けるな~」
「いいじゃないですか。今から張り詰めていたら、肝心の本番で力を出せませんよ」
「……せやな。よっしゃ!そうと決まれば食って食って食いまくるで!!」
「おうともよ!!」
三人と一匹は肩で風を切り、部屋の外に出ると、ビュッフェ会場へと向かった。
来るべき戦いへの闘志の炎をその胸の奥で静かに燃やしながら……。




