買い物
とある国のとある路地裏に、カレーショップ『千花』は店を構えている。
知らなければ、店どころか道さえあることもわからないような過酷な立地条件だが、その味を求めて、日々お客が行列を作る……なんてことなく、毎月赤字ギリギリの売り上げを上げることで精一杯だ。
だが、それでいいのだ、それがいいのだ。この店は目立ってはいけない。その真の姿を知るのは、一部の顧客だけで十分なのだ。
カランコロンカン……
「失礼します」
トモルがドアを開けると、鈴が喧しく鳴った。しかし、その音にも、トモルの声にも強面の店長は反応を示さず、ひたすら鍋の中のカレーを見つめ、おたまでかき混ぜている。
「あの~」
「closeって、札がかかってるのが見えなかったのか?今は見ての通り、仕込み中だ」
もちろんトモルは札には気づいていたし、なんだったらこの時間は店が開いていないことも知っていた。全て理解した上での行動だ。
「えーと……」
いつもこの瞬間だけは妙に緊張する。というより、恥ずかしかった。耳と頬がほんのり赤みを増すが、覚悟を決めて言葉を絞り出す。
「あの……カツカレーライスのカツとライス抜き、追加でナンとウインナーをトッピングしてください……」
世にも奇妙な注文、普通なら冷やかしてるのかと怒られそうなものだが、店長はそれを聞いた瞬間から動き出す。
鍋の火を消すと、食器棚から小さな皿を取り出し、注文では抜いてくれと言われたライスを盛り付け、煮込んでいたカレーをかける。そして最後にこれまた小さなティースプーンを置いて、カウンター席に出した。
「アピオン、お前は“あっち”に興味ねぇだろ?これでも食って、大人しくしてろ」
「さすが『ゴンドウ』のおっちゃん!わかってる!」
トモルの背後から飛び出したアピオンは、嬉しそうに空中を一回転すると特製カレーの前に着席し、舌なめずりをする。
「さてと、お前はこっちだな……」
続いてゴンドウはカウンターの奥にあるスパイス……ではなく、スパイスの置いてある棚に手をかけた。
「よいしょ!」
力を入れると棚がスライドし、奥に地下へと向かう階段が出現した。
「んじゃ、行くか?トモル」
「はい、店長」
ゴンドウが階段を降りると、トモルもまたカウンターの中に入り、彼に続いて秘密の空間に足を踏み入れた。
「久しぶりだな、元気にしてたか?」
「ぼちぼちですね」
「それは結構」
「店長も相変わらずですね。元気そうで何よりです……けど、あの合言葉はどうにかなりません?」
「なんだ?嫌なのか?」
「嫌ですよ。あんな痛い中学生や動画配信者がやるような注文。そもそももう顔馴染みなんですから、とっとと案内して欲しいです」
「そうは言っても、世の中には他人に化けるアーティファクトやエヴォリストがいるらしいからな。省略はできんよ」
「そうちゃんとした理由で返されると、何も言えないです……」
「それに合言葉とかワクワクするだろ」
「男の子ですね、いつまでも」
他愛ない談笑をしていると、最下層にある重厚な扉の前にたどり着いた。
「ちょい待ち」
ゴンドウはその扉の横に付いている装置に右手を押し当てた。すると……。
ガチャン!
大きな音を立てて、鍵が開く。指紋認証式の扉だったのだ。
ゴンドウは装置から手を離し、そのままドアノブに手をかける。
「ではではカレーショップ千花改め……非合法武器ショップ『戦花』にようこそ!」
扉を開けると、その奥には武器とタグが壁一面に並んでいた。さらに奥にはピースプレイヤーが何体か戦闘形態で飾られている。
「……毎度毎度そうなんですけど、メカに疎いぼくでもここに来るとワクワクしちゃいますね」
「お前もちゃんと男の子だってことだな」
「ですね」
「でも、なんでわざわざうちに来るんだ?」
「ご迷惑でしたか?」
「いやいや!ありがたい事この上ないですよ、もちろん!だけど、お前の実力ならこんな非合法の店じゃなくて正規の店で、やりようによってはメーカーからサポート受けられるんじゃないか?」
ゴンドウが首を傾げると、トモルは微笑みながら首を横に振った。
「ぼくのこと買いかぶり過ぎですよ。さすがにメーカーが商品提供したくなるような人材ではないです」
「そうか?傭兵だのトレジャーハンターだのの中では、間違いなく上位の実力者だし、こうやって話もちゃんとできるし、いいと思うんだけどな」
「仮にそうなったとしても、ぼくはここに通うと思いますよ。正規じゃ無理な品揃えに、忖度のない店長の評価が聞けるんで」
「嬉しいこと言ってくれるね。こいつは張り切ってやらねぇと」
ゴンドウは人差し指で鼻の下を擦ると、壁にかかった大きな銃の前に移動した。
「今日のおすすめは『スマイス・ファイアーアームズ』製の“大口径プラズマライフル”だ!値段もサイズもデカいが、それに見合う超威力!ただフル充電でも十発しか撃てない装弾数がたまにキズ……」
「あの……」
「ここの武器はいいぜ。ピースプレイヤーは微妙だがな。『イクストラル』って名前だけはカッチョいいが」
「いや、ぼくは……」
「他におすすめはと言うと……」
「あの!欲しいものはもう決まっているんですけど!!」
「あぁ?なんだよ、それならそうと先に言えよ」
言わせてくれなかったじゃないか!と文句を言いたくなるが、ぐっと堪える。トモルはここをご贔屓にしたことを若干後悔した。さっきの言葉を早速撤回したい気分だった。
「んで、何をご所望なんだ?」
「あの水中用のピースプレイヤーってありますか?」
「水中用?もちろんあるぜ。ちょっと待ってな。えーと……」
タグの並べられた壁の前に行き、ゴンドウは上から目と指で一つ一つ確認していく。
「別に急いでないんで、焦らなくていいですよ」
「あいよ……っと。それにしても水中用とは思いもしなかったな。新しい依頼に必要なのか?」
「そ、それは……」
思わず口ごもる。トモル・ラブザという男の天性のケチさが反射的にそうさせたのだ。
(正直にウレウディオス財団の依頼を受けたことを答えたら、値段ふっかけられるんじゃないか?ここはとりあえず誤魔化した方が懐的には正解かな)
胸の奥でセコい考えをまとめると、創作したての話を紡ぎ出す。
「えーと、依頼ではなくてバカンスです……」
「バカンス?」
「ちょっとリフレッシュしたいなぁ~って。で、マリンアクティビティ用に水中用のピースプレイヤーが欲しいなぁ~って」
「リゾート地なら、ダイビング用のピースプレイヤーなんてレンタルできるだろ?」
「うっ!?」
あっさり綻びが生じる口からでまかせ。しかし、そこで諦めるトモルのケチさではない。
「それはそうなんですけど……あっ!!」
「あっ?どうした何か思い出したのか?」
「い、いやですね!今後の仕事で必要になることもあるだろうから、思いきって買っちゃおうかなと。それで、バカンスついでに色々試そうかと……」
「ふーん」
バレたか!?と冷や汗を流す。しかし、それは取り越し苦労だったようだ。
「悪い」
「えっ!?ぼくは別に悪巧みなんて……」
「はぁ?何言ってるんだ?」
「はい?」
「悪いな、水中用は二つしかなかった」
「あぁ、そうですか……二つもあれば十分ですよ……」
密かに胸を撫で下ろす。しどろもどろになりながらもなんとか誤魔化しきれたようだ。
「大丈夫か?何か変だぞ?」
「いえ!ぼくは絶好調ですよ」
「それならいいが。で、本題だが、うちにある水中用ピースプレイヤーは『バルテン&プレーツ』の『BP・M』と、『ツムシュテーク』の『ツムキール』だ」
ゴンドウはトモルの前に二つのタグを差し出した。
「うーん、どっちのメーカーも名前は聞いたことはあるんですけど、使ったことはないですね。特徴とか、どっちがおすすめとかありますか?」
「それがちょっとな……」
ゴンドウは困ったように眉尻を下げ、頭をボリボリと掻いた。
「何か問題でもあるんですか?」
「いや、どっちもいい商品だぜ。おれの店に駄作は置かない」
「ということは、どちらも甲乙つけ難い……どっちをおすすめしたらいいかわからないってことですか?」
「まぁ、そんなところだな。それぞれ得意分野があれば、それを挙げてお前に好きな方を選んでもらうんだが、B&P社とツムシュテークはどちらも丈夫さ、故障の少なさを売りにしているんだよ」
「類似企業なんですね」
「あぁ、値段も見事に変わらない。あえて差別点を挙げるならデザイン。B&P社は鋭角的で、ツムシュテークは丸みを帯びたデザインのマシンが多い……だけど」
手の中のタグを親指でタッチすると、そこから空中に映像が投影される。それぞれの機体の姿がトモルの前に現れた。
「これは……何かそっくりですね。両方丸みを帯びてる」
「そうなんだよ……水中での活動を考えた結果、デザインまで似ちゃったんだよ。こうなると、もう実際に装着して選んでもらうしかないんだけど……」
「この辺りにそんな大きな水場ってありましたっけ?」
「ない!市民プールと、子供の踝が浸かるぐらいの小川しかない!」
開き直ったのか、ゴンドウは厚い胸板を目一杯張った。
「じゃあ、もう直感ですね」
「そうだな。様々な修羅場をくぐり抜けて、研ぎ澄まされたその感覚に賭けるしかないな」
「そこまで大層なものでもないですが、まぁ、それにすがってみますか。どちらにしようかな、天の神様の言う通り、あのねの……」
子供がやるように人差し指を二つのタグで行き来させるトモル。そして、どちらを購入しようか決まろうとしたその瞬間!
「ああぁァァァァッ!!」
「――ね!!?」
ゴンドウが突然、大声を上げた!
「な、なんですか、突然!!?」
「すまんすまん!もう一つ候補があったのを思い出してな!」
「もう一つ?」
「ちょっと待ってろ」
そう言うと部屋の片隅に設置されている机の引き出しを開け、新しいタグを取り出した。
「二、三日前に仕入れたばかりの奴で、まだ不具合がないか確認していないから、陳列していなかったんだ。おれとしたことが、すっかり頭から抜け落ちていたぜ」
ゴンドウは再びトモルの前に立つと、先ほどと同じようにタグからマシンの全体像を空中に投影した。
「これは先の二つと明らかに違いますね。流線形と言うべきでしょうか?」
「こいつは『ゴウサディン・ソルジャイン』。『カウマ・ミリタリーインダストリーズ』の商品だ」
「カウマ?カウマって、あのリゾート地で有名なカウマですか?」
「そう、そのカウマだ。その土地柄、海のオリジンズの素材には困らないし、水中での活動能力も他の国よりもずっと重視される。水中用の市販品で、こいつより上となると、『ハズウェル・マリンプロダクツ』製とかの、水中専門のマシン開発会社のものしかねぇよ」
「へぇ~」
「カウマ国外に滅多に出回ることないレア物だから、多少割高だがさっきの二つよりも間違いなく性能がいいし、何より軽快な動きを重視するお前のバトルスタイルにも相性がいい。断然おすすめだぜ」
「そうですか……」
トモルは顎に手を当て思案した。いつものケチくさい彼なら、値段のせいで小一時間悩むことになるのだが、今の彼には手に入る予定の一億バリュがある。
(割高と言っても、一億バリュの前では誤差の範囲内。それに場合によっては神器獲得のための経費として、準備にかかったお金も後から払ってくれるって、ゾーイさんが言っていたし……これは決まりだね)
顎から手を離し、トモルは力強く頷いた。
「そのマシンをいただきます」
「毎度あり!」
取引が成立し、ゴンドウの顔も綻ぶ。
「いやぁ~、良かった良かった!やっぱり納得のいく買い物をして欲しいもんな!」
「はい。やっぱりここに来て良かったです」
「そう言ってもらえると、頑張ってこいつを仕入れた甲斐があるよ。たださっきも言ったが、不具合があるか確認しねぇといけねぇから、少し時間をもらうぞ。上でカレーでも食って待っていてくれ。チェックが終わった後、試着してもらって問題がなかったら、正式に取引成立だ」
「あのカラーリングもしてもらいたいんですけど」
「もちろん受け負うぜ。トゥレイターと同じピンクとブラックのツートンでいいのか?」
「それで」
「ただ、カラーリングとなるとさらに時間がかかるが、どうする?」
「とりあえず今日はこちらにホテルを取っているんで、明日までにしてもらえれば」
「了解。今晩、表の仕事が終わったら、やっておく。明日、適当な時間に取りに来てくれ。もちろんcloseの札がかかっている時にな」
「はい。では、店長のチェックが終わるまで、言われた通り上でカレー食べながら待ってます」
「おう!」
トモルは一回頭を下げると部屋から出て行き、階段を昇る。その顔はいい買い物をしたと、自然と口角が上がっていた。
(思ったより掘り出し物が手に入ったみたいだ。とにかく水中探索の目処はこれでついた!後はウレウディオスの施設で英気を養って、ライバルより先に神器を手に入れるだけだ!)
感情の高ぶりが最高潮を迎え、暗い階段の上でトモルは拳を突き上げる!
「待ってろ、ポイド海溝!待ってろ、ベケの盾!!」
「うるせぇぞ~」
「…………すいません」




