炎姫乱舞
「ふん!」
マゼフトは勢い良く、あまりにも勢い良く、そして力強く立ち上がると椅子が粉々に粉砕された。
「おっと……まだこの新しい身体に慣れてなくてな……つい力を入れ過ぎてしまう」
そう自慢気に語りながら、トゥレイターの方を向き、腕を回す。
「だからどこの誰だか知れんが、ちょっと付き合ってくれんか?俺がきちんと力加減ができるようになるまで……ちょっと殴らせてくれ!!」
石畳を抉るほどの踏み込み!一気に距離を詰めたマゼフトは赤黒く変色した豪腕を唸らせ、パンチを……。
「お断りよ」
ゴォン!!
カウンター発動!トゥレイターの飛び膝蹴りがマゼフトの顔面を捉えた!異形の怪物の頭は跳ね上がり、一歩二歩と後退する。
「試すのは……あたしの方。ガンドラグR」
着地すると同時に特注の複合兵装を召喚、トリガーを引きながら銃口を上から下に動かす。
「縦一文字葬弾」
バババババババババババババッ!!
技名通り、真っ直ぐ縦一文字にマゼフトの頭から腰に弾痕が刻まれる。さらに……。
「エクススラッシュ」
ザザンッ!!
その上からグリップの底から生やした刃でXを追加で、合わせて*が刻まれた!
「アスタリスクコンビネーション」
マシンと共に受け継いだメルヤミトゥレイター最強の必殺技が早くも炸裂!しかし……。
「痛……くない!!」
変異したマゼフトには痛みどころか痒みすら与えられなかった。
*状の傷もみるみる薄くなり、今までの一連の攻撃が夢か幻だったのかと錯覚するほどきれいさっぱりなくなってしまう。
(凄まじい再生力……やはり通常攻撃では……)
「殷則の言う通りだ……俺は本当に凄い力を手に入れたんだ!もう誰も俺を止めることはできないぃぃぃッ!!」
ブゥン!!
反撃のパンチ!けれど、トゥレイターはあっさりと躱す!
「おいおい!!逃げるなよ!!俺にボコらせてくれよ!!」
ブゥン!ブゥン!ブゥン!ブゥン!!
怯むことなく追撃!しかしこれも桃色の機械鎧は軽やかに身を翻し、その御身に指一本触れさせることはなかった。
(腕力も人間離れしているわね。まともに受けたら、トゥレイターの装甲でも耐えられそうにない。だけど、それ以上に……)
「待て待てお嬢ちゃん!!俺はお前のミンチが見たいんだ!!ヒャハハハッ!!」
「ッ!?」
メルヤミは戦慄した。理性なき獣の眼に、狂気を凝縮したようなマゼフトの眼に寒気が走った。
(情報ではマゼフト・テュシアは好戦的な人物ではない。むやみやたらに敵を作らず、戦闘が必要な場合もできる限り自分自身は前には出ないタイプだったのに……完全に人が変わっている……)
自分をマゼフトだと称しているが、目の前の怪物はすでに肉体的にも精神的にもマゼフトとは別の生物だった。
そのことが何よりメルヤミを震撼させた。
「どうした?黙りこくっちゃって?そんなに俺が怖いかぁぁぁぁっ!!」
「怖いというより哀れね。曲がりなりにも一目置かれていた盗賊団の頭目が部下の野心のためにこんなことになるなんて」
「はぁ?頭目?何を言ってんだ、てめえは!!俺はマゼフトだ!!」
ブゥン!!
頭上の暗雲までぶち抜くようなアッパーカット!けれど、これもトゥレイターは拳の動きに合わせて後方宙返りで回避した。
そしてガンドラグRを消すと、手を腰の後ろに、そこにマウントされた武器の柄に手をかけた。
「せめてもの情けよ……自我を失う前にまた地獄に送り返してあげる。このアピディウスでね!!」
鞘から剣を引き抜き、メルヤミが闘争心を燃やすと、呼応して刃にもまた桃色の炎が灯った。
「燃える剣?そんなもんで完全無欠!不死の存在となった俺に勝てると思ってんのか?」
「思ってるから、こうしてあなたの前に立っているんでしょ。かつての賢かった頃のあなたのように、あたしも勝機のないことはしない主義なの」
「はぁ?かつての俺?勝機?さっきからてめえの言ってることは……さっぱりわからねぇ!!」
豪腕再び!今度はストレートだ!当たれば一撃KO必至!当たればだが……。
「もう見飽きたわ、それ」
ボシュッ!!ボシュボシュボシュ!!
「あ?」
パンチをくぐり抜けながらの回転斬り!一瞬でマゼフトの腕は焦げた斬り傷だらけになった。さらに……。
「はっ!!」
ボシュウッ!!
そのまま縦一文字葬弾跡を逆からトレースするように下からの斬り上げ!赤黒い身体に桃色の炎が着火し、全身を包み込んだ。
「あなたの命は終わったの……ここはもうあなたのいる場所じゃない」
悪党とはいえこの仕打ちはさすがにない……メルヤミはそう同情しながら、火葬されるマゼフトを。
「誰が終わったって?」
「――!!?」
ドゴッ!!ゴォン!!
「がっ!?」
意図してないのに横に移動する視界、腹部を襲う衝撃……トゥレイターは突然真横に吹き飛ぶ!
そのまま砦の外に……とはならず、幸か不幸か壁に叩きつけられたことで落下することだけは防いだ。
「……何が……!?」
「すっかり忘れていたよ……足がついてる。だから、蹴りも使わないと!足は人を蹴るためについてるんだから!!」
これ見よがしに足をブンブンと振るマゼフト。その姿は炎に包まれておらず、傷も消えていた。
「どうして……滅びてないの……!?」
「滅びる?どうして俺が滅びるんだ?俺は……不死なのに!!」
マゼフト跳躍!トゥレイターの頭上まで飛ぶと、そのまま垂直落下!踏みつけだ!
ドゴオォォォォン!!
その脚力の強力さを物語るように、砦が踏み抜かれ、破片が舞った。
けれどその中には桃色のものは含まれてなかった……。
「足は人を蹴るだけのものじゃないわよ」
「!!?」
トゥレイターは後ろに回り込んでいた!そしてそのまま……。
ボシュッ!!
マゼフトの背中を斜め下から斬り上げる!その桃色の炎を灯した剣で刻まれた傷は不死であってもダメージを与える!……はずだった。
「今度こそ……」
ジュウゥゥゥゥッ……
「!!?」
傷はまたあっという間に塞がってしまう。これではガンドラグRを使った時と同じだ。
「何で……!?」
戸惑いを隠せないメルヤミが取れる行動は、とりあえず距離を取る一択であった。ただ何の策もなく、後退する。
「ちょこまかと鬱陶しいな。どうやったら捕まえられるんだ?どうやったら……そうか!腕を伸ばせばいいんだ!!」
「いやいや、そんなことできるわけ……」
グググッ……
「できた!!」
「できるのかよ!!」
マゼフトの両腕は全長の二倍ほどまであっという間に伸びた。いや……。
「これならお前を……捕まえられるぜ!!」
さらに伸びる!両腕が蛇のようにジグザグと蛇行しながら、トゥレイターを挟み込むように迫る!
「甘く見ないで!」
けれど、トゥレイターは回避。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、文字通り魔の手から逃げた。
「まだまだ!!」
それでも追いすがる魔の手!スピードはさらに速く!動きはさらに不規則になっていく!
「どこまでもついていくよ!!」
(ちっ!スタミナもきっと無尽蔵、時間が経てば不利になるのはこちら……だけど!!)
「ほらぁ!!」
「あんたの方が鬱陶しいわよ!!」
ボシュッ!!ボシュッ!
迫り来る手を振り払うように、アピディウスで焼き斬る!けれどもすぐに……。
「残念!誰も俺を殺すことはできない!!」
ダメージは回復されてしまう。状況は変わらずだ。
(やはり炎が効いていない。考えられる理由は二つ。一つはアピディウスの炎に不死殺しの力がない可能性。だけどそれなら見た時に、オルコが指摘してくれるはず。だとしたらそれはない。ならば答えはもう一つの方……火力が足りない)
トゥレイターは回避運動を続けながら、手に持った剣の刃を包んで揺らめく桃色の炎を眺めた。
(単純にあいつを焼き殺すほどのパワーを出せていないんだわ、きっと。まだあたしはこの力を使うことに慣れてない、だから炎のエネルギー出力が不安定なのね。でも、それならば奴を倒せるだけの炎を出せばいいだけの話!!)
トゥレイターは着地し、精神をアピディウスに集中、すると炎はより大きく熱く輝き出した……が。
「なんだ!諦めたのか!!」
「くっ!?」
マゼフトの腕が近づき、回避運動を取った途端に、炎は小さくなってしまった。メルヤミとアピディウスのリンクが解けたのだ。
(意識を集中しないと、思うように出力が出せない!だけど意識を集中できるような状況じゃない!)
なんとか回避中もアピディウスに精神エネルギーを送り込もうとするが、先ほどのように炎が大きく輝くことは決してなかった。
(なんとか時間を作らないと!あたしがアピディウスに集中する時間を!!)
「楽しいな!!戦うのってこんなに楽しかったのか!!いや、楽しいのは弱い者いじめか!とにかく楽しいぞ!!」
「そこまで堕ちたか、マゼフト・テュシア……!!」
「落ちた?俺は落ちてないぞ!そもそも飛んでないからな!!」
(こうなったら一か八かもう一度懐に潜り込んで……!)
メルヤミが覚悟を決めようとしたその瞬間!
ジャプン!!
「!!?」
「――ぐぱっ!!?」
マゼフトの頭部を球体の水が包み込んだ!呼吸困難に陥ったと思い込んだ怪物は動きを止める。
「こんなことできるのは……オルコ!」
「そうだ我だ!!」
頼もしき援軍オルコ参上!彼が水を操りやったのだ!
「オルコ!あいつはあたしの力じゃ……」
「やはり火力不足だったか」
「気づいていたの」
「いた!!」
「いた!!じゃないわよ!!だったら先に言っておいてくれない!?」
「下手に指摘したら、アピディウスにばかり意識がいき、結果として動きが悪くなると思ったんだ!それに質の低い不死者を相手にする場合は十分な火力が出てたし、余計なことは言わん方がいいと思ってたんだよ!!」
「くっ!?ちゃんとした理由があるから、責めるに責められない……!」
メルヤミは納得してしまった。
「それよりも早くアピディウスに集中しろ!早くしないと、水球を破壊、もしくは別に呼吸しなくてもいいことに気づくぞ!」
「ぐぽぉぉぉぉっ!!」
もう遅かった。マゼフトは頭の周りにまとわりつく水などお構い無しに突っ込んできた!
「ちっ!知性はなくなった癖に鋭い!!」
ザパン!!
「――うおっ!?」
オルコは待避しながら水球を解除、そんなことをしても体力と精神力の無駄だからだ。
「殺すことはできなくても……注意ぐらいは!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!
十八番の高圧水流発射!杖から真っ直ぐと伸びた水はマゼフトに……。
バシャッ!バシャッ!!
「なんだ?火遊びの次は水遊びか?」
全く効かず!動きさえ止めることはできなかった。
しかし、それでも一番の目的であるトゥレイターから目を逸らさせることについては成功した。
(ナイスよオルコ。これならアピディウスに意識を……!)
メルヤミは息を潜めながらも、アピディウスに心の力を送り込んでいく。すると焚き火に薪をくべたように、桃色の炎は大きく……。
「ん?何かしようとしてるな!!」
「ッ!?」
再びマゼフトの意識はトゥレイターに!
野生の危機察知能力で、自分を殺せる炎の機微に敏感に反応する。
「多分、お前の方が……厄介だな!!」
シュル!!
「くそ!?」
再度伸びた腕が目の前に迫り、その場から逃げると炎はまた小さくなってしまった。
「こっちだ!怪物!!こっちを見ろ!!」
ビシュウッ!ビシュウッ!!
オルコは自分に注意を引き付けようと、水流を連射するが……。
バシャッ!バシャッ!!
「待て~!!」
マゼフトは意に介せず。今の彼の意識はトゥレイターにしかない。どんだけ身体が濡れてもお構い無しだ。
(本能で我では自分を殺せないと、悟ったか……!殷則相手に消耗してなければ、メルヤミが十分な火力を出せるまで、拘束できたのに……!)
オルコは歯噛みした……自分の不甲斐なさに。
(……泣き言を言っていても仕方ないか。なんとか時間を……)
「オルコ!!」
「!!」
そんな彼に回避中のメルヤミは声をかけてきた。
「メルヤミ、どうした!?」
「水を出して!もっと大量の水を!!」
「水を増やしたところでたかが知れている!奴には我の攻撃は……!」
「違う!奴にじゃなくて、あたしに向かって出すのよ!!」
「お前に向かって……ッ!?そうか!そういうことか!!」
目と目で通じ合う。オルコは一瞬でメルヤミのやりたいことを察した。
「それならば今の我でも……!」
オルコは杖を掲げると、頭上に水球が現れ、どんどん大きくなっていった。それを……。
「これだけあれば大丈夫だろ!後はお前の火力次第だ!!」
味方であるトゥレイターに向かって、発射する!
「あたしを誰だと思っているの?やってやるわよ!!」
トゥレイターはその水球を……アピディウスで斬った。
ザンッ!ボシュウゥゥゥゥゥゥッ!!
「あ?」
瞬間、アピディウスの炎によって、水は水蒸気に!真っ白い水蒸気が砦を、マゼフトの視界を覆い尽くした!
「どこへ行った?」
キョロキョロと辺りを見回したが、一面白い世界。どこにもトゥレイターは……。
ユラッ!!
「!!」
視界の端に人影を見た!どっしりと構えて、一歩も動かない影を!
「見つけた!!」
影に向かって両腕を伸ばす!今までで一番のスピードで伸長する腕はそのまま影を貫く!
バシャン!!
マゼフトの耳に届いたのは、装甲や骨が砕ける音ではなく!水しぶきが立つ音……。
「……あれ?」
続いて、腕を伝う冷たい液体の感触……。
「……まさかあいつの真似をすることになるとはな」
水蒸気が晴れて、現れたのは水でできた人型!オルコが殷則を模倣して、水で人形を作っていたのだ!
ではトゥレイターは、メルヤミはどこに?
「もう一度言わせてもらうわ……ナイスよオルコ!気分は分身使ったドラグゼオ!」
トゥレイターはマゼフトの背後に!背後で両腕でアピディウスを構えていた!
その刃には明らかに今までとは勢いが違う桃色の炎が渦巻き、トゥレイター自身の装甲をも溶かしている!
「この火力なら……不死を滅せるでしょ!!」
地面を抉れるほど蹴り、突進!勢いそのままにアピディウスを振り下ろした!
「姫炎断!!」
ボシュウゥゥゥゥゥゥッ!!
「ぐっ!?ぐがあぁぁぁぁぁぁっ!?」
アピディウスはガードごとマゼフトの肩を斬り裂き、右腕を焼き尽くした!




