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No Name's Trust  作者: 大道福丸
禁忌の魔石と不死殺しの炎
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今も昔も変わらない

「古代人、わたしはね……」

「貴様と話すことなどない」

 殷則の言葉を遮ると、オルコは杖を横に薙ぎ払った……高圧水流を放ちながら。


バシュウッ!!


 横一閃!細く糸のように伸びた水は壁に真一文字に傷をつけた。

「……危ないな。そして無礼だ」

 しかし、本来のターゲットである殷則は無傷、タイミング良くしゃがんで水流を回避したのだ。

「君のいた時代では、人の話を最後まで聞こうって教えられないのかい?」

「それは今も昔も変わらない。我も子供の頃には先生達にそう教わった」

「なら」

「だが、同時に悪党の話に耳を傾けるなとも教えられた。それも今も昔も変わらんだろ?」

「……なるほどね」

「というわけで、もう一度言う……貴様と話すことなどない」


ドゴオォォォォン!!


 念動力が床を粉砕する……床だけを。これまた殷則はオルコの攻撃をいとも簡単にバックステップで回避したのだ。

(こいつ……)

「だが、物事は柔軟に判断しないと、時として教えに反することも受け入れないと、痛い目を……」


ビシュウッ!!バシャアッ!!


 再びの高圧水流発射!今度は最短距離、最速のスピードで真っ直ぐ放ったそれだったが、殷則は泥と岩の混じった壁を足下から生やし、あっさりと弾いてしまった。

「まったく……せっかちな奴め」

 泥と岩の壁を崩し、現代と古代の魔法使いは再び対峙した。

 一方は上機嫌な笑顔で、一方は眉間にシワを寄せて……。

「だから人の話を最後まで聞けって。いいかい?君の攻撃はわたしには届くことはない。なぜなら……」

「我の攻撃を読んでいるから……か?」

「……正解」

 殷則の口角はさらに上がり、邪悪な笑みを浮かべた。

「感覚がね……鋭くなっているんだ!相手のコアストーンの発動タイミングがわかるくらいに!!エレシュキガルを使ってから!!」

「強力な魔石を使用した影響か、寿命を持っていかれたせいか……神経が研ぎ澄まされた状態にあるようだな」

 オルコはそう言いながら、さらに顔を険しくした。

「まさかこんな素晴らしい副作用があるとは、思わなかった!不死となったマゼフトとこの新たな力があれば、わたしは誰にも負けない!!」

「下らんな。そんなものを手に入れるために寿命を」

「安い買い物だよ!ちょっとの寿命で、これだけの対価が得られるなら!!」

「命より尊いものはない。これもまた今も昔も変わらんだろ。そんなことも理解できんから、貴様は……駄目なんだ!!」

 オルコは杖から水の刃を生成し、突撃した!しかし……。

「研ぎ澄まされたのは、感覚だけでない……パワーもだ!!」

 石畳から泥が噴出し、次々と人型に。一瞬で殷則の周りに泥人形の大軍が出現した。

「さぁ行け!お前達!!時代遅れのストーンソーサラーを押し潰せ!!」

「いきがるな、若造」


ザンッ!ザンッ!ザンッ!!


 オルコは回転しながら、泥人形の首や腕を刎ねていく!けれど……。

「素晴らしい体捌き!だが、その程度の速度ではわたしの生産スピードには対応できないぞ!」

 けれど、倒しても倒しても泥人形は新たに生まれ、オルコの進路を妨害した。

「ならば、これならどうだ」


バッ!!


「何!?」

 オルコは念動力を使い、一気に跳躍。器用に身体を動かし、逆さまになると、天井に着地した。そして……。

「数には数だ」


ビビビビシュウッ!!


 杖から枝分かれさせた水流を真下にいる殷則と泥人形に放つ!

「ぐうぅ!?」

 殷則はまた頭上に盾を作り防いだが、泥人形は一瞬で全滅した。

「スプリンクラーというのは人の命を守るものじゃないのか……?」

「スプ?なんだかわからんが、我は貴様に手心を加えるつもりはない!」


ザザンッ!!


 上からの強襲!水の刃で盾を斬り裂き、そのまま殷則を真っ二つにした……が。


ドロリ……


 縦で分割されたはずの殷則は真っ赤な血ではなく、黒い泥を垂らしながら崩れていった。いつの間にか人形と入れ替わっていたのだ!

「残念だったな……古代人!!」

 オルコから少し離れた位置に移動していた殷則は手を握る素振りを見せる。すると……。


ドロオォォォッ!!


「!!」

 今崩れた泥人形だったものが、オルコの足に絡みついた!

「もうこれで飛び跳ねることはできないぞ」

 殷則はまた笑顔だった。勝利を確信したのだから無理もない。

「………」

 対照的にオルコは口を真一文字にした神妙な顔つきをしていた。絶体絶命のピンチだからこれもまた無理も……いや。

「フッ」

 オルコも笑った!まるで全てが上手くいったように、満足そうに笑ったのだ!

「……今渡の際におかしくなったか?」

「違うさ……あまりにも貴様がアホなんでな」

「ほう……この状態でもそんな軽口を叩けるか……では、これならどうだ」

 殷則の胸元が光ると、オルコを囲むように泥人形が生成された。しかも今回は手に今までは持っていなかった岩でできた武器を装備している。

「撲殺か?斬殺か?刺殺か?どれでも好きな死に方を選ばしてやるよ」

「溺死だ」

「溺死?それは……予想してなかったな。水使いのせめてものプライドか?」

「何を言っている?溺死するのは貴様……我は今から貴様を溺死させると言っているんだよ、殷則」

「……何?」

「溺れるほどの三角(ウォーターピラミッド)


ザバアァァァァァァァッ!!


「――!!?」

 瞬間、殷則の足元から水が湧き出し、三角の壁を前後左右に形成、頂点が天井の一点で交わり、四角錘を作り上げた!

「これは……」

「もう勝負はついていたんだよ、我が天井に張り付いた時にな」

「何!?」

 殷則が頭上を見上げると、四角錘の頂点は先ほどオルコがいた場所とにあった。しかも、そこには見たこともない文字が刻まれている。

「あれは……古代の文字か?」

「その通りだが、特に意味はない。あくまで意識を集中させるための印だ。他も同様」

「!!」

 殷則は視線を下に、すると床や壁にも同じ文字が刻まれており、そこから四角錘の辺が伸びていた。

「さっきの攻撃は泥人形を倒すためではなく、この印をつけるための……!」

「そうだ。お前が泥人形を無駄に大量に展開してくれて、助かったよ。おかげで自然に準備ができた」

「くっ!?だが、包囲されているのは、お前も同じ!!」

 殷則の胸元が輝きを放つ!オルコを囲んでいる泥人形に指令を与えているのだ!抹殺指令を!


ドロオォッ……ガシャン!


「……え?」

 けれども人形はその指示に従うどころか、形を保てずにただの何の変哲もない泥に戻り、石畳を汚した。

「ただ水で囲うだけなら、もっと簡単にできるわ。そのピラミッドは我が水の力に念動力を混ぜ合わせたもの。内と外を完全に隔絶する。精神の力も飛ばすことはできん。この通り」

 オルコがおもむろに足に力を入れる。絡みつき拘束していた泥も力を無くしていたようで、何の抵抗も感じずに振り払うことができた。

「くっ!?ならばこの中で力を使えばいいんだろ!!」

 さっきまでの余裕の笑顔はどこへやら、殷則は鬼気迫る表情で岩のハンマーを作り出し、それを水の壁に撃ち下ろした!


バシャッ!!


「――ッ!?」

 しかし、破壊できず。ハンマーは弾き飛ばされてしまった。

「一見穏やかに見えるが、その水の壁は凄まじい勢いで流れ続けている。生半可な攻撃では壊すことはできないぞ」

「くそ!それなら生半可じゃない攻撃をすればいいだけだ!!」

「そうだな。だが、やるなら早くやった方がいい……時間はあまり残ってない」

「時間だ――」


チャプ……


「――と!!?」

 水面が揺れた……殷則の踝付近で水面が揺れた!いつの間にか踝が水に浸かっていたのだ!

「言ったろ?溺死させてやるって」

「この三角形の中に水を……!?」

「わざわざ言わんでも、わかってるだろうがその形だと、水位が上がる速度はどんどん速くなっていくぞ。我と話している暇なんてないと思うが」

「く、くそがぁぁぁぁっ!!」

 殷則は両拳を岩でできた手甲で覆い、それで水壁に殴りかかった。だがしかし……。


バシャッ!バシャッ!バシャッ!!


 やはり破れず壊せず。むしろ水流で手甲の方が削れている。

「まだ!まだ!!」


バシャッ!バシャッ!バシャッ!!


 それでも止めずにひたすらパンチを撃ち込み続ける。

 そんな彼の努力を嘲笑うかのように水位は膝まで上がっていた。

「お前は大層な自信家だった」

「だからどうした!!自信を持つことの何が悪い!!」

「それ自体は悪くない。何か大きなことを成し遂げるためには、自信というのは、自分を信じることは必要不可欠だ。それは今も昔も変わらない」

「だったら!!」

「だが、それが過信や驕り、増長と呼ばれるようになったら終わりだ。そうなったら、その先にあるのは破滅しかない」

「ッ!?」

「これも今も昔も変わらない」

 遂に水は殷則の腰まで!さらにそこからオルコの宣言通り加速していき、腹に、胸に、肩にと水位を上げていく!

「わたしが自らの力を過信していただと……!!」

「今のお前なら実力的には我を倒すことだって可能だったはず……だが、結果はこうだ。唐突に手に入れた力に酔いしれ、飲み込まれ、冷静な判断力を失ってしまった」

「ふざけるな!まだ終わってなどいない!まだ!!」


ゴプッ!ゴプッ!ゴプッ!!


 完全に腕が浸かった状態で、まともなパンチなど撃てるはずもなく、ただ水面を揺らして、顔に水しぶきをかけるだけだった。

「くそ!くそ!くそ!!今までは上手くいっていたのに!!盗賊団に入り、成り上がって、エレシュキガルを手に入れて全部上手くいっていたのによおぉぉぉッ!!」

「それがそもそもの間違いなんだ。悪事に上手、下手もない。いずれは破綻するのだから」

「ごぷぁっ!!?」

 遂に水は殷則の口元まで、そしてそのまま頭頂部までまるごと飲み込む。

「なんとかなる、なるようになるのは正しき道を歩き、積み重ねてきた者だけだ。悪の道を進む者は決してなんとかならないし、なるようにもならない……これもまた今も昔も変わらないだろ?殷則」

「ごぷぁっ!?ぐぷあっ!?」

「お前に最初から勝ち目なんてなかったんだよ。邪心に負けたお前にはな。だから、生まれ変わっても同じ過ちをしないようにこの敗北を魂に刻みつけろ……精々苦しめ」

「がぱっ!?ぐぷあっ!?」

 その後、殷則は水の満ちた四角錘の中で悶え苦しみ、のたうち回ったが、すぐに動かなくなった……。


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