依頼受注
「うわぁ……凄いな……」
ウレウディオスの施設の門を見上げ、トモルは感嘆の声を上げた。
自分の身長の三倍はあろうかという高さ、成人男性が数人横並びでも余裕でくぐれる幅、それがライトアップされていて、まるで……。
「悪の組織の秘密基地みたいだね……」
「……これから一緒に仕事をしようってのに、よりによって“悪”かよ」
「いやぁ~、ついね。昼間に来ていたら、きっと遊園地のアトラクションみたいとか言っていたんだろうけど、この暗闇の中で見ると妙な迫力があって……」
ジョゼットに急かされたが、結局たどり着いたのはすっかり日が暮れてしまっていた。気温も下がり、思わず身震いする。
「これインターホンどこにあるのかな?このままじゃ汗が冷えて、風邪引いちゃうよ」
「おれっちが飛んで中に入って、人を呼んで来てやろうか?」
「それはやめておいた方がいいんじゃないかな……多分、何もないように見えて、防犯のためにすごいシステムが配備されてるはずだから」
「そりゃそうか……じゃあ、二人で大声を……出す必要はないっぽいな」
「……だね」
彼らの願いを受け入れたのか、門が勝手に開き出した。邪魔にならないようにトモルは少し後退する。
完全に門が開かれると、施設全体がライトアップされ、こちらに六人のメイドが歩いて来て、トモル達の前まで来ると横に並びになり、立ち止まった。
「トモル・ラブザ様、アピオン様、ようこそウレウディオス財団に」
「「「ようこそいらっしゃいました」」」
リーダーと思われるメイドが一歩前に出ると、そう言い頭を下げる。残りのメイドもそれに倣って、一糸乱れぬ動きでお辞儀をした。
「ご丁寧にどうも……というか、ぼく達の名前、ご存知なんですね……?」
メイド達が顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「ジョゼット様にはカメラとマイクを着けさせてもらっていました。さらに言うと彼の愛機ブラーヴの見ていた映像もこちらにリアルタイムで送られて来ていたんですよ。ご気分を害されたなら申し訳ありません」
「いえいえ!クライアントが大事な仕事を依頼する相手を見極めたいと思うのは当然のことですから。お気になさらずに」
今度はトモルが頭を下げた。その謙虚な態度に好感を感じたのか、メイド達の表情がさらに緩んだ。
「画面越しに見ていたイメージと変わらないですね」
「それってもちろんいい意味でですよね?」
「ええ、もちろんですとも。改めまして、ウレウディオスでメイドをやらせてもらっている『ゾーイ』と申します」
「『みつ子』です」
「『星鈴』です」
「『ジャニス』です」
「『アレクシス』です」
「『トマサ』です」
「「「以後、お見知りおきを」」」
「は、はい……!」
怒涛の自己紹介ラッシュに、とどめの一斉お辞儀にトモルは圧倒され、たじろいでしまった。
「では、わたくし達の主人の下に案内させていただきます。ついて来てくださいまし」
「了解しました」
六人のメイドがこれまた同時にターンをすると縦二列にフォーメーションを変更し、施設に向かって歩き出した。トモルとアピオンは言われた通り、それに素直について行く。
「ふぅ……とりあえず門の前で野宿は回避できそうだね」
「それは良かったけどよ……お前、少し鼻の下伸ばし過ぎだぜ」
「えっ!?」
アピオンに全く予想もしていない指摘を喰らい、トモルは慌てて鼻を手で隠した。
「……本当に伸びてた……?」
「伸びてた、伸びてた。他の奴にはわからないかもだけど、付き合いの長いおれっちには完全に顔が緩んでたのがわかったぜ」
「ううっ……トモル・ラブザ、一生の不覚……だってあらゆるタイプの美女を取り揃えましたって感じなんだもん……」
トモルは両手で顔をごしごしと擦り、表情を引き締めた。
「ったく、お前って奴は見た目のイメージと真逆で“欲”と付くものに忠実だよな」
「欲望は全ての始まり……それをどの生物よりも強く持っていたから、人間はこれだけ繁栄したんだよ」
「開き直るな、鬱陶しい。つーか、わかってんのか?」
「あぁ、これでしょ」
トモルは自らの胸元をトントンと人差し指で小突いた。
「彼女達の付けているお揃いのブローチは待機状態のピースプレイヤー……動きもよく見ると、メイドというより、鍛え上げられた戦士のそれ……ぼくが変な行動を取ったら、みんなで寄ってたかってボコボコにする気なんでしょ?ねぇ?」
「さぁ、どうでしょう?」
ゾーイは肩越しに穏やかに笑いかけるだけで、質問には答えなかった。
「別に誤魔化さなくてもいいのに。ウレウディオス財団っていう大きな組織の施設なんだから、それぐらいの警備は当然なのに?ねぇ?」
トモルは隣を飛んでいるアピオンに問いかけたが、妖精は不思議そうな顔でこちらを見つめ返して来た。
「……どうしたの?ぼく、まだ鼻の下伸びてる?」
「いや、何言ってんだ、こいつって思ってよ」
「何って……君がわかってるのかって聞くから、大丈夫、わかってますよって……」
「おれっちが言ったのはピースプレイヤーのことじゃねぇよ。この六人の中にお前と同じタイプの奴が一人いるってことをわかってるかって訊いたんだ」
「ぼくと同じタイプ……?」
「そう!お前と同じ、女と間違われるタイプの“男”がな」
「へぇ~、この中に男が…………ええっ!!?」
思わず驚嘆の声を上げ、前のめりになって視線を忙しなく動かし、メイド達を観察するトモル。端から見るとかなり気色悪い絵面だ。
「ほ、本当にこの中に男が……」
結局、答えは出なかった。見れば見るほどトモルには魅力的な女性だとしか思えない。
「ゾ、ゾーイさん……アピオンの言ったことは本当なのでしょうか?」
ゾーイは再びトモルに横顔を向け、ニッコリと笑った。
「さぁ、どうでしょう?」
その後も答えを導き出そうと舐めるようにメイド達を背後から物色しながら、大きい玄関をくぐり、大きい廊下を歩き、ついに目的地にたどり着いた。
「こちらです」
ゾーイが襖を開けると、畳の部屋で高そうな掛け軸をバックに座椅子に座っている恰幅のいい男がいた。その両脇にはまたまた美人さんと、神経質そうな目付きの悪い男が座布団の上で正座している。
「あの……トモル・ラブザです」
「おれっちはアピオン!よろしくな!」
「わかっている。とりあえず座りなさい」
「はい」
メイドのみつ子と星鈴が恰幅のいい男の対面に座布団を二つ出してくれた。トモルはそれに正座し、その隣の座布団……ではなく、妖精はトモルの頭の上に胡座をかいた。
「では、こちらも名乗らせてもらおうか。ワシは『フォンス・ウレウディオス』。この財団のトップをやらせてもらっている」
「か、会長様ですか……!?」
「いかにも」
「雰囲気から地位のある人物だとは一目でわかりましたが、まさかあのウレウディオス財団のトップ自ら……」
「それだけの案件ということじゃよ」
一言交わすごとにトモルにはフォンスの姿が大きくなっていくように見えた。
決して肩書きに畏怖しているわけではない。その動作一つ一つが妙な重厚感が、ただならぬ威圧感を発していたからである。
決して肩書きに畏怖しているわけではない。
「で、こちらが我が愛しの愛娘……」
「『メルヤミ・ウレウディオス』です」
「どうも……よろしくお願いします……」
メルヤミと名乗った女は小さく会釈をした。その些細な所作にも気品と不思議な圧力が醸し出ていて、顔はあまり似ていないが、フォンスと血の繋がった親子だということが実感できた。
「メイド達も美人揃いだが、ワシの娘も負けず劣らずのべっぴんさんだろ?」
「はい……」
「死んだ女房に似たのが、幸いだった。これで年を取ってからの産まれた子供とあって、まぁ可愛くての」
「は、はぁ……」
「そうだ!こないだ取材を受けた雑誌の写真がまた良くてな!是非見てく……」
「おほん!」
「――れっ!?」
可愛くて仕方ない娘の反対側にいる男が咳払いをし、はしゃいでいた力強い目で睨み付けた。
「会長、お客人もお疲れでしょうから、早く本題に」
「わ、わかっておるよ、マジエンス……あっ、彼は『トラウゴット・マジエンス』。今、財団の運営は基本的に彼に任せている。もちろん今回のプロジェクトも彼の仕切りじゃ」
「改めてトラウゴット・マジエンスだ。よろしく頼む、トモル・ラブザ」
「はい、こちらこそ……」
お互いに会釈し終えると、トラウゴットは傍らに置いてあったリモコンを操作し出す。すると天井からレンズのようなものが出現した。
「早速だが、これが今回の依頼だ」
トラウゴットがボタンを押すと部屋の電気が消え、レンズからトモルの前方の空中にディスプレイが投影される。
そこには古びた建造物の中に佇む石板が写し出されていた。
「これは……古代の遺跡ですか?」
「あぁ、メトオーサの谷というところで最近見つかったものだ」
トラウゴットはこの遺跡を発見した経緯、そして石板に書かれている内容を淡々と、淀みない口調で説明した。
「三つの神器を集めた者の願いが叶う……眉唾ですが、皆さんはこれを信じているんですね?」
「そこまでロマンチストじゃないわ。ただ神器を全て集めた末に何が起こるのかには、興味があるくらいには好奇心旺盛ね」
「まぁ、そういうことだ」
「古代人の悪戯だとしても、それはそれで一興!事実だとしたら、それはそれで長年の悲願が叶って万々歳じゃ!!」
「失礼でなければその長年の悲願というのは……?」
フォンスは瞳をキラキラと輝かせると、目一杯口角を上げ、顔中にシワを走らせた。
「そんなもん人類の夢!世界平和に決まっておろうが!!」
((う、嘘くせぇ~!!))
トモルとアピオンは心の中でシンクロした。その胡散臭さにここまで苦労してやって来たことに若干の後悔を覚える。だが、その苦労を無駄にしないためにも、必死に感情を胸の奥に押し止めた。
「え、えーと……それは素晴らしい夢で……」
「じゃろ!」
「ええ……それで依頼というのは、その三つの神器を集めて来て欲しいってことですよね?」
「よくわかったな!」
「いや、それしかねぇだろ!流れ的に!!」
「そう言われればそうじゃな!」
「ったく、大丈夫かよ、このジジイ……」
「アピオン!」
「気にするな!気にするな!その程度で目くじら立てていたら、組織のトップなどやってられぬ」
「はぁ……そう言ってもらえると助かります」
一瞬ヒヤッとしたが、事なきを得た。そして小さなことだが、フォンスの器の大きさを垣間見て、トモルの中の彼の好感度が若干盛り返した……若干だが。
「というわけで依頼内容はこれで全てじゃ」
「はい、了解しました。ですが、その三種の神器の在処についてはノーヒントなんでしょうか?それを含めて見つけろということなんでしょうか?」
「安心しろ。マジエンス」
「はっ」
フォンスに命じられると、再びリモコンを動かし、ディスプレイの映像を地図に切り替えた。そこには三つのバツ印が付けられていた。
「遺跡の調査、石板の文字と類似性が近い文字を使い、年代も近い他の遺物の調査を進めた結果、三つの神器の在処を絞ることに成功した」
「リーヨのマントは『ラゴド山』、ハーヤの剣は『イラガ砂漠』、ベケの盾は『ポイド海溝』に眠っているようですわ」
「山に砂漠に海……いやはやこれは大変そうだ……」
トモルはディスプレイに新たに映し出された一癖も二癖もありそうな神器があるとされる場所の写真を一個一個吟味していった。
「難易度的には、この情報だと判断しかねますね……どれから手に入れて欲しいとかの要望はありますか?」
「ない。順番も手段もそちらに任せる。こちらは指示はしないし、最大限のサポートをさせてもらう」
そう言うとトラウゴットはリモコンを置き、代わりに手のひらサイズのデバイスとカード状のものを差し出した。
「これが最大限のサポートですか?」
「あぁ、このデバイスは今見せたものを含め、今まで集めた情報が全て入っている。さらに身分証明書となっていて、それを見せれば各地のウレウディオス財団の施設を無料で利用できる」
「それは助かります。で、こちらは……?」
「これはな……見てもらった方が早いな」
マジエンスは腕を伸ばし、カード状のそれにタッチした。すると……。
「うおっ!?箱になった!?」
カードは光を放ちながら巨大化、そして変形、両手で抱えなければいけないほどの大きさの箱になった。
「ひねりがないが『ウレウディオスボックス』と呼んでいる。この中に収めれば、回収した神器を最適な環境で保存してくれる」
「それは便利ですね……だけど、もうちょっと持ち運び易い形にできませんでしたか?」
「安心しろ、先のデバイスである程度形を好きに変えられる。取っ手も付けられるし、リュックのように背負う形にもできる」
「それなら確かに安心です」
「神器を一つ確保すれば、報酬として一億バリュを払わしてもらう」
「一億ですか……一億バリュ!!?」
「うおっと!!?」
思わずトモルは身体を前のめりにし、アピオンは頭頂部から転げ落ちそうになった。
「危ねぇだろ!」
「ご、ごめん……でも、一億バリュって言われたら、ねぇ?」
「全て集まった暁には、さらに功績に応じてボーナスを出すつもりじゃ」
「ボーナス……一億に加えて、ボーナス……三つ全て集めれば三億プラスボーナス……!」
トモルは完全に欲望の渦にトリップしていた。頭の中では酒池肉林の宴が一足先に行われている。
「よし!これで話は終わりじゃ!」
「おっ!?」
フォンスは勢いよく膝を叩き、その音が部屋中に響くと、やっとトモルは現実の世界へと舞い戻って来た。
「何か他に質問はあるか?」
「い、いえ、問題ありません。話が終わったなら、ぼくはこれで……と言いたいところですけど、一晩泊めてくれません?」
「わかっておる。こんな夜更けに追い出したりせんよ。ここは研究所兼ウレウディオスの職員のための保養所じゃ。存分に休んでいきなされ」
「帰りはヘリで街まで送っていく。ここに来るまでに通った森のことは忘れて構わない」
「それはそれは……またあの森を歩き回ると思うと、億劫だったので」
トモルは支給物を懐に仕舞うと、立ち上がり、頭を下げた。
「では、失礼します」
「あぁ、君の未来に幸あることを」
反転するといつの間にかメイドはゾーイ一人になっていた。その彼女が歩き出したので、ついて行く。
「他の皆さんは?」
「お食事やお風呂の準備をしております?どちらを先になさりますか?」
「じゃあ、お風呂で!汗だくで気持ち悪くて」
「おれっちは飯が先が良かったな」
「まぁまぁ、今日のところはぼくに譲っておくれよ」
「へいへい」
二人と一匹の声は遠ざかっていき、そして畳の部屋には再びウレウディオスの重役三人だけとなった。
「さて……パッと見、頼りなく見えたが、イケるだろうか?」
「確かに見た目は強そうにはとても見えませんでしたけど、あのジョゼットが認めたからには、手練れなのでしょう」
「まぁ、駄目だったら駄目でまた新しい欲深い者達を集めればいいだけです」
「それもそうだな。世界平和のためには、多少の犠牲もいた仕方ない……」
「ええ、世界平和のためにはね……」
「ククク……」
「フフフ……」
「ふぅ~!食った!食った!」
フォンス達の本当の評価など露知らずのんきにトモルは用意された部屋に入るなり、全身をふかふかのベッドに投げ出した。
「う~ん!さすがウレウディオス!肌が喜んでいるよ!」
「そりゃあ、ようござんしたな」
仰向けになるトモルの顔の上でアピオンがこちらを向きながら飛んでいた。逆光で表情がわかりづらいが、声色から呆れているのが、すぐにわかった。
「何?何か不満だった?料理もお風呂も最高だったじゃない?」
「それは文句ねぇよ。一晩と言わず、一週間はここで羽を伸ばしたいね」
「だったら」
「おれっちが言いたいのは、マジでこの依頼を受けるのかってことだよ!世界平和なんて恥ずかしげもなく言う奴なんて信用できないだろ!?きっと裏があるに決まってる!!」
「ぼくだってそんなことは百も承知だよ」
「なら!」
「最初からクライアントが清廉潔白だなんて期待しちゃいない。多少のリスクはあっても、ぼくは一億バリュを手にする可能性に賭けたんだ」
トモルの眼差しは真っ直ぐだった。真っ直ぐと確固たる意志を秘めて、アピオンを見つめていた。
「はぁ……そんな目で見られたら、何も言えねぇな。好きにすりゃいいさ、お前の人生だしな」
「うん、好きにさせてもらうよ」
「で、どこから攻めるんだ?つーか、決まってるのか?どの神器を目指すのかよ?」
「ばっちり!お風呂の中で決断したよ!」
トモルはアピオンの前で親指を立てた。
「ふーん……どこなんだ?」
「それは後のお楽しみさ」
「もったいぶるなよ」
「いや、決めたけど、その前にある場所に寄って確認したいことがあるんだよ」
「ある場所?」
トモルは今度は人差し指を伸ばし、妖精を指すと、ニッと口角を上げた。
「アピオン、カレー食べたくない?」




