聖なる涙を求めて②
「見逃してやる。とっとと立ち去れ」
四体の中で一際目立つ古代世界に生息していたというワニのような姿をした銀色の獣人は開口一番、不躾にそう言い放った。
「いきなりですね」
「それしか貴様らに言うことはないからな」
「話くらい聞いてみようとは思わんのか?」
「思わないな。ここに来る奴がする話なんて、どうせ我らの力を借りたいか、カジュルルをどうこうしたい……察しがつくんだよ」
トモルとトラウゴットは苦笑いを浮かべながら、お互いの顔を見合わせた。
「参ったな……見透かされてる」
「ワタシ達の目的は後者だ。カジュルルに会いたい」
「殺したり、捕まえたりするつもりはありません。そこはお約束します」
嘘はつかない、つく必要などないのだから。トモル達は真摯に獣人達を説得しようと試みた……が。
「……そう言って、今まで何人もの人間がカジュルルに!我らに牙を剥いた!約束など……守られたことはない!!」
聞く耳持たず。むしろ彼らのトラウマを刺激したようで、構えを取り、完全に戦闘態勢へと移行させてしまった。
「うんうん、いつも通りの展開だな。おれっちはこうなるってわかっていたよ」
「嫌な予想してないでよ……」
「まったくだ。で、トモル……どうする?」
「不本意ですけど、やるしかないでしょ。力を見せつけて、ぼく達と敵対することにリスクを感じてもらいましょう」
「そこから改めて話し合いか……脅しにも見える方法で気が進まんが、手段選んでいる時間もないものな!!」
トラウゴットは懐から懐中時計の、トモルは首にかけた十字架の真の名前を呼んだ!
「ストレアード・カスタム!」
「ドラグゼオ!!」
眩い光がバーの樹海に広がったかと思うと、すぐに収まり、その発生源にいた二人の姿は全くの別物に変わっていた。
「やはりピースプレイヤーか……『オレジュ』、『リンジュ』、『バナジュ』」
「わかってますよ、『ジエール』さん」
「我ら三人で力を合わせて」
「敵をきっちり撃退します!」
そう言うと古代のカメレオンのような姿をしたオレジュは木々の中に消え、猿のような姿したバナジュは木の上へと飛び上がり、象のような姿をしたリンジュは一番の巨体を揺らしながらこちらへと近づいて来た。
「どうやら部下三人と、上司の銀色一人に分かれるようですね」
「なら、ワタシが上司とやろう」
「……本気ですか?」
トモルは心配そうに隣の同僚を見た。
「その様子だと銀色はかなり強いみたいだな」
「ええ、ぼくの直感では……」
「おれっち的にも奴だけ頭一つ抜けてる。多分、他の三人合わせたより強いんじゃないか?」
「アピオンまでそう言うのだから間違いないんだろうな」
「じゃあ……」
「さっきも言ったが、今は平気でもいつ不戦の矢の不具合が出てもおかしくない。そんな状況で一番の強敵にお前を当てさせることはできないさ」
マスクの下でトラウゴットは優しく微笑みかけた。
「トラウゴットさん……わかりました、奴はあなたに任せます」
トモル的にはトラウゴットの発言は安心を覚えるどころかむしろ不安を煽る死亡フラグのようにも思えたが、言っていること自体には一理あるので、受け入れることにした。
「任された!……と威勢よく言ったものの、できるだけ早く他の者を片付けて、援軍に来てくれると助かる」
「ええ……そのつもりです……!」
決意を固めたドラグゼオはゆっくりとこちらに来るリンジュへと歩き出した。
「それではワタシも……」
「ここまで来たせめてもの礼だ……オレから来てやったぞ」
「!?」
ジエール強襲!これまた不躾にいきなり殴りかかって来た!
「ふん!」
ドゴオォォォォォン!!
「――ッ!?」
けれど、かろうじてストレアードは回避。自分の代わりに強烈なパンチを喰らい、大きなクレーターができた地面を見て背筋が凍った。
(トラウゴットさん……!)
そのあまりにも強烈な開戦のゴングを聞きながらもドラグゼオは歩みを止めなかった。それこそが自分を慮ってくれたトラウゴットへの信頼の証だと思って、必死に駆けつけたくなる気持ちを抑え込んだ。
そして迷いを振り切り、遂に自分の相手であるリンジュと対峙する。
「お前らの話はばっちり聞こえていたぜ」
リンジュはデカい耳をこれ見よがしに動かした。
「不快にさせたなら、謝罪します」
「いや、むしろ感心したよ。きちんと相手の戦力を把握できていることに。悔しいが、実際に我ら三人がかりでもジエールさんには敵わない」
「……そうですか」
予想が当たっていると言われてもちっとも嬉しくなかった。むしろ抑え込んでいた不安がずきずきと疼き出し、意識が目の前の敵から離れていく。
「だからジエールさんのことが気になるのはわかる……わかるが!さすがにそんな気持ちでどうにかできるほどおれは弱くないぞ!!」
リンジュは長い鼻を鞭のように振るい攻撃を仕掛けた!
力強く、しなやかに空を切るそれはドラグゼオを……。
ブゥン!!
「ちっ!?」
捉えることはできなかった。桃色の竜もまたしなやかに軽やかに身体を翻し、攻撃を避けたのだった。
「あちらに注意が向いていたのは認めますが、別にあなたを侮っているつもりもありませんよ」
「くっ!?すばしっこい!!」
「鬼ごっこじゃ、勝てませんよ」
「こいつ!!」
「リンジュ!!スピード自慢なら、俺の出番だろうが!!」
選手交代!からのバナジュの飛び蹴り!
「おっと」
「ちっ!」
しかし、それもまた難なく回避されてしまう。
「反射神経は言うだけのことはあるな……なら、こっちもギアを上げるぜ!」
オレジュは木の上に戻ると尻尾や腕で枝に捕まり、縦横無尽に動き、どんどんと加速していった。
あっという間に目にも止まらぬスピードまで到達……並の相手ならば。
(そっちも言うだけのことはあるね。確かに速い……けど、対応できないほどではない)
けれどもドラグゼオは並ではない。緑色の二つの眼にしっかりと獣人の曲芸を収めていた。
(スピード自体よりもあの木の枝を利用した急激な方向転換が厄介だ。飛んで接近するにしても、ガンドラグで狙い撃つにしても大変そうだし、こんなところで炎を出すのも気が引ける。せっかくだから今回も省エネで……)
「なんだ!黙りこくちっまって!どうしたらいいかわからないか?もう降参かぁぁぁぁっ!!」
自分の動きに翻弄されていると勘違いしたバナジュが再び上から襲いかかる!
「それを待っていた」
ドゴッ!!
「――ッ!?」
カウンター一閃!バナジュの頭の軌道上に拳を置くと、そのまま勢いよく突っ込んで来て、勝手に一回転しながら気を失ってくれた。
「まずは一人。残りは二人……だけど、もう一人はどこに?」
眼球だけをキョロキョロと動かし、姿を消したオレジュを探すが……その必要はなかった。
シュル!ガシッ!!
「!!?」
背後から伸びた何かがドラグゼオの身体に巻き付いた!肩越しに後ろを確認すると……。
「捕まえた……!」
急に何もなかったところから舌を伸ばしたオレジュが姿を現した。
「周りの景色に溶け込めるのか」
「その通り」
「ミスったな。炎の瞳を展開しておくんだった」
「姿が見えない相手に対応する術も持っているのか?さすがだな。しかし、もう遅い!もうお前は手も足も出せない!このまま締め上げて、フィニッシュだ!!」
オレジュが舌に力を込める!このまま締め上げられ、宣言通り桃色の竜は手も足も出せずに敗北……するはずなのだが。
「ミスったのはあなたもだよ」
「……何?」
「せっかくぼくを不意をつけたのに最悪の方法を取ってしまった」
「だから何を言っているんだ!てめえは!!」
「すぐにわかるよ」
ジュウッ……
「――熱うッ!!?」
ドラグゼオの表面が熱を帯び、オレジュは生物の条件反射でせっかくの拘束をほどいてしまう!
「ドラグゼオ相手に組技を選んだのは最悪のミステイク、手も足も出さなくてもどうにでもなるんですよ」
ガシッ!!
「!!?」
「まっ、結局最後は手を出すんですけどね」
ドラグゼオはオレジュの舌を掴むと……。
「少し寝ていてください!!」
ブゥン!ゴォン!!
「――がっ!?」
ぶん回して、木に叩きつけた!言うまでもなくオレジュの意識もその一撃で断たれることになった。
「あの二人をこうも簡単に……!」
仲間の無残な姿を見て、リンジュは背筋が凍り、そして目の前の桃色の竜に対しての認識を改めた。
「それだけの力があれば、おれ達が眼中にもないのも当然か……」
「いやいや、今思いっきり不意打ち食らってたじゃないですか。買いかぶり過ぎですよ」
「オレジュの奴が殴るなり蹴るなりを選択しても、結局最初の一発だけで結果は変わらんだろ」
「……多分」
「じゃあ、おれも逆立ちしても勝てないか……」
「では、矛を収めてくれますか?」
「それはできない。勇敢に戦ったあいつらに申し訳が立たない。何より戦士としてのおれのプライドがそんな惨めな真似を絶対に許さない……!」
「ですよね」
二人は示し合わせたかのように、歩み寄った。
「おれの一番得意分野でやり合ってくれるのか?」
「そうしないと認めてくれないでしょ?それに……相手の土俵に乗った上で勝つのは気持ちいい」
「優しいんだが、性格が悪いんだか!!」
ガシッ!!
「くっ!!」
これまた事前にそうするように話し合っていたかの如く、同時にお互いの手を握りあった!最もシンプルな力比べをするための形だ!
「うお……りゃあぁぁぁぁぁっ!!」
まず優位に立ったのはリンジュ!自慢の膂力に加え、巨体に違わぬ重量級の重さを加え、押し潰そうとする!
「ぐうぅ!!」
対して桃色の竜は仰け反りながらも、なんとか地面に背中をつけないように踏ん張る!
「さすがに驕りが過ぎたんじゃないか!パワーに関してだけ言えば、おれはドリン族で一番!ジエールさんよりも上だ!!」
「あなたの言う通り、今、絶賛後悔中ですよ……!」
「ならば!その後悔をより深いものにしてやろう!!」
「ぐっ!?」
リンジュはさらに力を込め、体重をかけ、ドラグゼオの背はさらに地面と近づく……。
「ここまでか!桃色の!!」
「その言葉……そっくりそのまま返します!!」
ボオォォォォッ!!
「――なっ!?」
トモルの想いを炎に変え、ドラグゼオは背中から噴射!起き上がりながらリンジュの腕を力一杯押し飛ばし、体勢を崩した!
「使う気がなかったのに、ぼくに炎を使わせるなんて素晴らしいパワーでした」
「嫌味にしか聞こえねぇよ……」
「なら、ヒールらしく……容赦ないとどめを!」
ガシッ!ブゥン!!ドゴッ!!
「――ぐはっ!!?」
桃色の竜はリンジュの長い鼻を掴むと、肩に担ぎながら反転!一本背負いだ!宙を舞うリンジュの巨体は地面に叩きつけられ、バーの樹海全体が揺れた。
当然、今回もこの一撃で意識はばっちり断ち切られ、リンジュは白目を剥いて、起き上がることはなかった。
「予想以上に強かった……だけど、ぼくはもっと強い。残念だったね」
パンパンと手を叩いて、埃を払うとドラグゼオは緑色の眼を仲間の下へと向けた。
「さてさて、トラウゴットさんの方はどうかな」




