勇敢な兵士②
ガンドラグRを逆手持ちにしたトゥレイターは構えも一新し、ジリジリとブラーヴ改の側面に周り込むように移動した。
(私を動揺させるためのブラフ……ではないだろうな。先ほどまでより奴の発しているプレッシャーが増している。きっとあれこそが……)
ブラーヴ改もまたトゥレイターを視界に捉えたまま彼とは逆方向に動く。
両者が地面に円を描く時間は、タイミングを伺う時間はしばらく続いた。これが永遠に続くのではないかと二人の頭を過った刹那、それは訪れる。
「「クエエェェェェェェェェッ!!」」
「「!!?」」
鳥型のオリジンズが彼らの頭上を奇声を上げながら通過したのだ!それが最後の攻防のスタートを告げるゴングとなった!
「はあぁぁぁッ!!」
先に動いたのはトゥレイター!今日一番のスピードで距離を詰める!
「その程度で!」
迎え撃つブラーヴ・ソルダ改!カウンター気味に大砲付き大剣を振り上げ……いや!
「!?」
「せいッ!!」
ブゥン!!
「……ちっ!?」
「こいつ……!!」
経験則か、はたまた本能か、ジョゼットは迎撃は間に合わないと瞬時に判断し、回避に専念した。それが功を奏し、ガンドラグの刃は空気を切り裂くだけだった。
だが、まだトゥレイターの、トモルのターンは終わっていない!
「だったら!!」
バン!バン!バァン!!
「――ッ!?」
続けて銃撃!至近距離で放たれた弾丸が体勢を崩したブラーヴ改を襲う!
「調子に乗るなよ!!」
キン!キン!キィン!!
しかし、それは堅牢な青黒の装甲に弾かれ、弾丸は空や地面へと消えて行った。
「さすがです、この攻撃を防ぐなんて」
「はっ!当然だろう!!」
「ですが……いつまで耐えられますか……ねッ!!」
「――!!?」
ザン!バン!バン!ザン!ザン!バァン!
トゥレイターの猛攻はさらにそこから加速していく!斬撃と銃撃を織り交ぜ、まるで激しいダンスを踊るかのように間髪入れずに攻め立て続ける!
これにはジョゼットも防戦一方だ!
(やはりこれが奴の本来のスタイル!スピードだけでなくパワーも上がっている!銃撃も確実にカメラやセンサー、装甲の薄い関節部分と弱いところを狙ってくる……今まで似たような戦い方をする奴とも相対したことがあるが、その誰よりも完成されている……!間違いない、こいつは一流だ!!)
やられっぱなしのはずなのにジョゼットの顔には笑みが浮かんでいた。
それは決して彼がマゾヒストだからというわけではないし、もう諦めておかしくなったわけでもない。
その証拠に彼の目の奥に闘志の炎が未だに燃え盛っている!
(もう十分なのだが、このまま終わるのも癪だ……最後に意地を張らせてもらう!)
ジョゼットは考え事の間も絶え間なく行われていた連続攻撃を改めて観察した。
(狙いは一つ……そのたった一回で奴のプライドをへし折る……!!)
その時を待つ。集中を切らさず、決してチャンスを逃さないように、静かに、冷静に……。
そして、その時が訪れた!
「りゃあっ!!」
(ここだ!!)
トゥレイターが渾身の力を込めて刃を振り下ろそうとする!
ブラーヴ改はその刃に向けて、これまた持てる全ての力を込めて大剣を振り上げた!
(破壊力ではこちらに分がある!正面からぶつかり合えば粉々に砕けるのは奴の刃のみ!ついでにプライドも砕けてしまえ!!)
ジョゼットの思惑通り、二つの刃は正面衝突を起こし、愛機ブラーヴ改の剣が勝利を収める!……とはならなかった。
「やはり狙いはこれか!けど、そうは問屋が卸さない!ブレードオフ!!」
スッ……
「――!!?何!?」
「残念でした……!」
衝突の瞬間、ガンドラグRのグリップから伸びていた刃が消失し、ブラーヴ改の大剣は何の手応えも感じることなく、空振りした。
そして本体はがら空きに……。これがトモルの狙いだった!
「しまった!?」
「ブレード再展開!」
ザザンッ!!!
「――!!?」
「……エクススラッシュ」
再びガンドラグRのグリップから出現した刃は目にも止まらぬスピードでブラーヴ・ソルダ改の胴体にXの文字を刻みつけた。
ジョゼットは衝撃で後ずさりし、大剣を下ろすとその傷を指でゆっくりと撫でた。
「…………我ながらしょうもない手に引っかかったものだ」
「こういうのはシンプルな方がいいんですよ。案外盲点になっていますし、何より決まった時、相手がとても悔しがってくれますから」
「……やはり性格悪いな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
マスクの下でトモルが無邪気に笑っていることを察したジョゼットもまた呆れたように苦笑いをした。
「その武器はこれをやるために新造したのか?」
「このためだけってわけではないですけど、ブレードの消失、再展開のスピードには拘っています。その対価として刃の耐久力は犠牲になってしまいましたが」
「まぁ、戦ってみた感じ、斬り結ぶタイプでもないから大丈夫だろ」
「はい。そう思っての決断です」
「それで、何で手加減したんだ?装甲だけでなく、中身の私も斬り裂けただろうに?」
「殺し合いならそうしましたけど、これは試験ですからね。下手に張り切ってクライアントに嫌われるのはごめんです」
「フッ……文句無しだな」
ジョゼットは愛機を腕輪の形に戻し、トゥレイターに歩み寄った。
「改めて、ジョゼット・アイメスだ」
手を差し出されるとトモルもトゥレイターを待機状態に戻し、それに応えた。
「ぼくはトモル・ラブザと言います。よろしくお願いします」
がっちりと握手を交わす二人。戦いの末にお互いを認め合った二人の間に爽やかな風が吹く……。
「って!ちょっとちょっと!どういうことだよ!?これは一体!?」
いい感じに終わりそうなところにこの戦いを観戦していた妖精が納得いかないともの申しに割って入った。
「人語を操るオリジンズ、『ルツ族』か。珍しいな。見るのは三回目だ」
「結構遭遇してるんですね。彼はアピオン、悪そうな人達に追いかけ回されていたところを助け出してから、一緒に旅をしています」
「そうか、色々あったんだな」
「そうか……じゃねぇよ!何でさっきまでバチバチだった奴らが和やかに自己紹介し合って談笑してるんだよ!?」
「何でって……ねぇ?」
「なぁ」
二人は目配せし、頷き合った。
「アイコンタクトで通じ合うな!気色悪い!つーか、マジで説明プリーズ!!」
黙っていれば幻想的で可愛らしい妖精は空中でじたばたと手足を動かし、不細工に荒ぶった。
その様子を見て、さすがに意地悪し過ぎたなと、反省の苦笑を浮かべながらトモルは口を開いた。
「あのね、アピオン、ぼく達がこうしているのはもう試験が終わったからだよ」
「試験?こいつが勝手に試してやるとかほざいていたのを真に受けるのか!?」
「いや、勝手じゃないよ。ティーチャーパストルと違って、ジョゼットさんは本当にウレウディオス財団公認の試験官だったんだよ」
「あぁん!?こいつが本物の試験官だと!?そんなわけ……あるの?」
ジョゼットに問いかけると、彼はウンウンと首を縦に振った。
「ラブザの言う通り、私は故あって今はウレウディオスの世話になっている。そして今回の依頼を受けられる人物を選別してくれと頼まれ、こういうことになったというわけさ。中途半端な奴に来られても鬱陶しいだけだからな」
「へぇ……そうだったのか。つーか、よくわかったな、トモル。いつ気づいたんだ?」
「それは私も聞きたいな」
一人と一匹の視線がトモルに集中する。めんどくさいので勘弁願いたいが、断ることは不可能だろうと諦め、トモルは再び口を開いた。
「えーと、いくつかポイントはあったんですけど、一番最初に違和感を感じたのは、ぼくのマシン、トゥレイター502のことをジョゼットさんが知っていたこと」
「そこまで引っかかることか?」
「まぁ、そうなんですけど、先にパストルさんが知らなかったってのを見ていたから、何か見た目以上に博識に感じてね」
「だが、それだけでは判断できない。ただ私がそいつよりマニアだってだけだ」
「ええ、それについては本当にちょっと気になったぐらいなんですけど、二つ目のポイント、ブラーヴ・ソルダ改のあの武器についてはおかしいな……と」
「我ながら変わった武器だと思うが、あれが一番使い易いんだ。言ってくれるな」
「ぼくが違和感を感じたのは、そういうことじゃなくて、トレジャーハンターを名乗りながら、あの武器を使ったことです」
「それの何がおかしいんだ?」
何を言いたいのかわからないアピオンは腕を組んで、首を傾けた。
「あんな大きくて、破壊力のある武器は遺跡の探索や、狭い洞窟の中で使うには向かないでしょ?」
「なるほど」
納得したと、妖精はポンと手のひらに拳を優しく叩きつけた。
「トレジャーハンターを名乗ったのは失敗だったな。素直に傭兵にしておけば良かった。だが、だとしてもそれだけでは私が試験官だと確信する決定打にはならないだろ?複数のピースプレイヤーを使い分ける奴なんてごまんといる。探索用は別に持っているのかもしれない」
「もちろんその可能性も考えました。でも見たところ他にピースプレイヤーを持ってる感じもしませんでしたし……」
「でしたし?」
「何かずっとぼくの力を引き出そうとしている感覚がありました。パストルさんのように舐めているのではなく、見極めるために手を抜いているような……それが最後のポイント。つまるところ結局勘ですね」
「なんだよ、それ」
呆れるアピオン。一方、ジョゼットは満足そうに口角を上げた。
「戦闘力、観察力は申し分なし。さらに勘も働き、それに乗っかる度胸もある。落とす理由が見当たらないな」
「ということは……?」
「トモル・ラブザ、合格だ」
「やったー!!」
トモルは両拳を頭上に突き上げて、喜びを爆発させた。
「おいおい、喜ぶのはまだ早いぞ。お前はまだスタート地点に立っただけなのだから」
「ですね。まだ依頼の内容も聞いていないですし、他の人達もこんな厳しい試験をくぐり抜けて来た人達ですから出し抜かれないように気持ちを引き締めないと!」
気合を入れるためにトモルは今度はパンパンと自らの頬を叩いた。
「張り切るのはいいが、こんなに厳しいのは私だけだぞ」
「えっ?」
「ある程度の選別はするが、あまりに似たような人材ばかり集めても、成功率が下がるからな、こことは違う他のルートで依頼を受ける者もいるし、ここも日替わりで試験官が変わる」
「じゃあ、別の日だったら……」
「もっと楽に合格もらえたかもな」
「そんなぁ~」
思わず肩を落とす。急に疲れが溢れ出てきた気がした。
「まぁ、そう気を落とすな。逆に言えば、それだけ優秀だってことだ。それに個人的には、今回の依頼はかなりタフなものだから、これでも足りないぐらいだと思っている」
「そんなにですか……」
自然と生唾を飲み込み、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。
「だがお前なら、お前ともう一人、私の試験をパスした者なら大丈夫だ。というよりも、私は今回の任務をこなせるのはお前とそいつだけだと思っている」
「ジョゼットさんがそこまで言う人がいるんですか……」
「かなり変わり者で、戦い方も無茶苦茶だったけどな。可能性は感じたよ」
「へぇ……ちょっと会ってみたいな」
「多分、すぐに会えるさ。そんな気がする」
ジョゼットの勘は的中する。近いうちにトモルともう一人の合格者は顔を会わせることになるのだ。
「……さて、これで話はおしまい」
「あれ?依頼の内容は教えてくれないんですか?」
「それはこの先にいるクライアントに直接訊け」
「わかりました。では、先に行かせてもらいます」
「おう」
「ご指導、ご鞭撻ありがとうございました。ジョゼットさんは最初に会った時は粗暴で野蛮で嫌な感じだと思いましたけど、本当のあなたは穏やかで知的でとってもいい人です」
「本当の私か……昔の俺はその野蛮で粗暴な世間知らずだったんだがな……って、昔話なんてさせるな!早くしないと日が暮れるぞ!」
「はい!では、今度こそ失礼します!行くよ、アピオン!」
「おう!じゃあな、試験官のおっさん!」
トモルは深々と頭を下げると、すぐに反転し、一本道を歩き出した。
遠ざかる背中を見つめながら、ジョゼットは彼のある言葉をふと思い出した。
「いくつかあった候補の中で名前が一番気にいったから購入しただけなんですけどね」
(確かとある戦争で、敵国に寝返った技術者が開発し、皮肉を込めて“裏切り者”、“トゥレイター”と名付けたはずだが、そんな名前を気に入ったとは、奴は一体……)
空を見上げると青空が燃えるようなオレンジと深い黒に侵食され始めていた……。




