炎の剣を求めて①
『イグレ山』……一年を通し、霧に覆われるこの山は地元民から神聖視されているので、登ろうとする人は少ない。そうでなくとも険しくオリジンズの活動も活発な山なので、プロの登山家でもなければ頂上までたどり着くのは困難だろう。
そんな山に似つかわしくない可憐な女性が二人、黙々と進んでいた。
「……霧がまた濃くなってきたわね」
いつもより重装備のメルヤミ・ウレウディオスはキョロキョロと眼球を動かし辺りを見渡したが、一面真っ白で何がどうなっているのかまったくわからなかった。
「歩行速度と時間から計算すると、すでに半分ほど登っていると思われます」
彼女の後ろにはこれまたいつものメイド服ではなく、がっつり登山服に身を包んだゾーイが続く。かなりの山道だが、汗もかかず、息も乱れてないその姿はさすがと言うしかない。
「あと半分……なら、今日中に登って、帰ってこれそうね」
「ただ頂上に登るのだけが目的でしたら、そうでしょうね。この厳しい登山もアピディウスが奉られている遺跡攻略の前の前座でしかないことをお忘れなきよう」
「そうね……考えが浅かったわ。そんな甘いもんじゃないわよね」
言葉とは裏腹にメルヤミの顔はまるでゲームに夢中になっている子供のような満面の笑顔であった。
「楽しそうですね」
「あなたにはそう見える?」
「見えます」
「ならきっと楽しいんでしょうね、あたし。いえ、むしろ嬉しいのかも」
「嬉しい?」
「トレジャーハンターと呼ばれる人達は、いつもお目当てのものを手に入れるためにこういうことをしてるんでしょ?トモル達も神器のためにこうして自然の脅威に立ち向かって……彼らと同じ経験をできていることが、あたしは嬉しいんだと思う」
(この好奇心旺盛なところはやはり若い時のお父上そっくり。やはりこの方こそウレウディオス財団の次を担うに相応しい)
メルヤミの言葉を聞き、ゾーイもまた頬を緩めた……が。
「では、このお客様の来訪も嬉しいですか?」
「そうね……これを楽しめたら本物よね」
「……シャアァァァッ……!!」
二人の会話を聞いて、自分の存在がバレていることを知り、観念して出てきた……というわけではないだろうが、二人の前に霧をかき分け、木々の合間から手足のない長い身体を持ったオリジンズが姿を現した。
それを視界に入れた瞬間、メルヤミとゾーイの顔も引き締まり、背負っていたリュックを下ろした。
「これは知っているわ、『ヴェノコンダ』ね」
「中々戦闘能力の高いオリジンズですが……どうしますか?」
「一番いいのは、登山客のように挨拶交わしてスルーだけど……」
「シャアァァァッ!!」
「無理そうね」
ヴェノコンダは見るからに殺気立っていた。目は血走り、鋭い牙の生えた大きな口からだらだらと涎を垂らし、今にも飛びかかって来そうだ。
「でしたら、どうしますか?二人でやりますか?わたくしが対処しますか?」
「そうね……ここは……あたしがやる!」
メルヤミはそう言うと、服の前のジッパーを勢い良く開ける!すると中から首に下げられていたタグがこぼれ出る!
「トゥレイター起動!」
「シャッ!?」
そのタグが強烈な光を放つと、ヴェノコンダは反射的に目を瞑った。
恐る恐る再び瞼を上げると、先ほどまでいた人間の女はいなくなっていて、代わりに桃色と黒の機械鎧が出現していた。
「どう?ドレスアップしたあたしは」
「シャアァァァッ……!!」
「うーん、できることなら自分とは釣り合わないって、尻尾を巻いて逃げて欲しかったんだけど……」
「それもまた無理そうですね。むしろさらに興奮させてしまったようです」
「じゃあ仕方ない……」
「シャアァァァッ!!」
「戦闘開始よ!!」
獣と完全武装お嬢様!呼応するようにお互いに向かって突撃した!
「シャアァッ!」
先手を取ったのはヴェノコンダ!大きな口をさらに大きく開いて、一思いにトゥレイターを飲み込もうとする!しかし……。
「いきなりキス?それはちょっと……性急過ぎじゃない!!」
ゴォン!!
「――シャ!?」
ひらりとターンしながら回避……からの蹴り!
生物の中で最も無防備な場所といって差し支えない後頭部にクリーンヒットすると、ヴェノコンダは斜度のある地面に頬を擦りつけた。
「これでおしまい……というわけにはいかないみたいね」
「シャアァァァッ……!!」
けれどもヴェノコンダは何事もなかったようにすぐに頭を上げる……さらに闘志を剥き出しにしながら。
「ヴェノコンダはその身体の構造上、頭蓋骨を支える首の力が強いのかもしれませんね」
「失神KOは難しいってことか……厄介ね」
(その割に声が楽しそうですけど)
(この突然の襲撃者!得体の知れない能力!これこそがあたしの望んでいたもの!あたしを更なる境地に導いてくれる喜ばしい脅威!)
ゾーイの言う通り、メルヤミはかなり昂っていた。ずっと夢見てきたシーンが現実のものとなり、分泌された脳内麻薬に酔いしれていると言っても過言ではない状態であった。
「シャアァァァッ……!!」
対照的にヴェノコンダは落ち着きを取り戻していった。野生の本能が勝利のためにはクールでいるべきだと判断したのだろう。
ただゆっくり頭をさらに上げ、トゥレイターを見下ろす……。
「物理的に上から見ることで、失ったプライドを取り戻そうとしているの?そんな下らないことで満たされるなら、大したオリジンズじゃないわね、あなた」
当然そんなことのためじゃない。ヴェノコンダは頭部に注目を集めておいて、長い尻尾をトゥレイターの後ろに回り込ませていた。そのまま全身で巻きついて、締め上げてやろうとしている……が。
「シャアァァァッ……!!」
「怒ったの?それとも……」
ヒュッ!!
「シャッ!?」
「こんなしょうもない作戦が上手くいくと思ったの?」
メルヤミにはお見通しであった!あっさりと背後からの攻撃を避けると再び間合いを取る!
「シャアッ……!!」
ヴェノコンダもまた距離を取る。正確には移動自体はせず首だけを引いた。まるで力を溜めるように……。
「何をするつも……」
「シャアァァァッ!!」
「り!?」
ヴェノコンダの頭が一気に巨大化したように感じた。それだけの圧倒的なスピードで接近してきたのだった!
ガブシュ!!
毒蛇はそのまま噛み千切った……トゥレイターの後ろにあった大木を。
「……今のはちょっと……焦ったわ……!」
トゥレイターはまさに間一髪、紙一重で回避していた。
それでも予想を遥かに超える攻撃はイケイケだったメルヤミの精神を萎縮させたようで、追撃の選択肢を奪い、戦士をただの傍観者に変えて……いや。
(今の攻撃、全身筋肉であること最大限利用した必殺技ね)
メルヤミは臆してなどいない。むしろ命の危機が心も身体も研ぎ澄まし、冷静にヴェノコンダの生態を分析していたのだった。
(首を引く予備動作があったからギリギリ避けられたけど、それを省略できるならかなりヤバヤバ。あたしの反応速度では対応できない)
ちらりと視線を動かし、ヴェノコンダが噛み千切った木を見る。
大木はその部分だけ丸く抉られたようで、しかもそこから白い煙が黙々と立ち昇っていた。
(あんなきれいに抉れているってことはかなりの顎の力。しかもあの煙……牙からの毒かしら?食らったらトゥレイターの装甲を貫くのはもちろん毒で中身のあたしもアウト……もう遊んでいる場合じゃないわね……!)
分析を終えたトゥレイターは足を止めると、ガンドラグRを召喚、さらにグリップ部からブレードを展開し、腰を下ろし、わずかに前屈みになった。
「シャアァァァッ……!!」
受けて立つと言わんばかりに、ヴェノコンダも鋭い眼光で桃色の機械鎧を捉えると、頭を限界まで引いた。
「決着をつけましょう……ヴェノちゃん!!」
「シャアァァァッ!!」
トゥレイターは全力疾走!
ヴェノコンダも全身の筋繊維を残さず使い首を伸ばした!
そして両者、正面から激突!
ガッ!ザザン!!
「……エクススラッシュ」
「……シャ」
勝ったのはトゥレイター、メルヤミ・ウレウディオスであった。僅かに桃色の装甲を牙で引っかけられたが、それだけ。
一方の敗者であるヴェノコンダは頭部と胴体をX状に斬り裂かれ、絶命した。
「ふぅ……なるようになったわね」
トゥレイターは汗を拭うような動作をした。もちろんマスクの上から汗を拭き取ることなどできない。気が緩み、つい反射的に出てしまった行動だろう。
バン!バン!バァン!!
「――!!?」
突然、山に響き渡る銃声!慌ててトゥレイターは振り返った!するとそこには……。
「お嬢様……安心するのはまだ早いですよ」
煙が昇る銃を構えたヴァルターリアと、その足に踏まれピクピクと動き、三つの穴が空いたヴェノコンダの胴体があった。
「オリジンズの生命力は凄まじいです……首を刎ねても、しばらく動けるくらいに。だから……」
バン!バン!バァン!!
「――シャ!?」
ヴァルターリアは銃をトゥレイター……の後ろで蠢いている毒蛇の頭部に向けると再び発砲。執念だけで動いている亡霊に本当のとどめを差した。
「そう言えば、トモル・ラブザもそんなことを言っていたわね。そんな大事なことを失念しているとは、あたしもまだまだね」
もう二度と忘れないように、脳の最奥に刻みつけようとしているのか、トゥレイターは額をガシャガシャと手鎚で叩いた。
「ありがとうゾーイ、助かったわ」
「いえ、今回のケースに関してはわたくしの助けがなくても、最終的にはお嬢様自身の力で状況を打破していたはずですから」
そう言うとヴァルターリアはヴェノコンダの遺体から足を下ろす。
「だとしても助けられたなら、お礼はちゃんと言わないと。それが人間として最低限やるべきこと。そして……敵だとしても死者を弔うことも」
トゥレイターは目から光を失ったヴェノコンダに手を合わせた。
「ごめんなさいね……あたしが至らぬばかりに。あなたはただこの山で静かに暮らしていただけなのに……」
その慈しみに溢れた所作にゾーイは心を震わした。
(フォンス様がお嬢様を危険な場所に行かせたくないと思うのは、父親として当然のこと。けれどギリギリの命のやり取りの中でお嬢様は戦闘能力はもちろん、比例するように人間として強くなっている。死が失われる瞬間を感じることで生きることに感謝し、持って生まれた慈悲の心をより大きく……だからこそわたくし達メイドやトモル様達もあなたに力を貸すのですよ、メルヤミお嬢様)
ゾーイは心の奥でこの主人に仕えられることを天に感謝したのだった……。




