不戦の矢
「な……!?」
「不死の……!!」
「怪物やって!!?」
トモルの口は動揺から動きを止め、ケントは叫び、それ以外の者は絶句した。
不死の怪物……その言葉はそれだけの破壊力を秘めていた。
「え、えーと……不死って不死ってことですよね?絶対に死なないってこと?」
「そうだ。それ以外の意味がこの時代にはあるのか?」
「あったら良かったって、心底思ってるよ、ワイは……」
ケントは頭を抱え、全てを忘れてしまいたいかのように小さく横に振った。
「気持ちはわからんでもない。不死などあり得ない……あってはならないものだからな」
「怪物ってことは蘇生された者の自我は残ってないのか?」
年の功か、踏んで来た修羅場の数のおかげか一足先に平静を取り戻したジョゼットが質問した。
「発動者の力量と、蘇らせようとした者の状態にもよる」
「状態というのはどんな死に方をしたか、遺体の損傷度合いが影響するってことでいいんだよな?」
「あとは死んでからどれくらい経っているかだな。もし新鮮な……というと気色悪いが、死んでから間もなく、そして欠損などほとんどないならば、蘇ってからしばらくは自我を保っていられるだろう。しかし、いずれは自分が何者かもわからなくなる。生前どんなに意志が強かろうともな」
「そんな怪物を制御する方法は?もしかして……」
オルコはコクリと頷いた。
「これも色々な要素が絡むから絶対とは言えないが、蘇らせた者の支配下に置かれる」
「やはりか……」
ジョゼットは思わず目を覆い、項垂れた。
「じゃあ、もしかしなくても殷則の目的は……」
「我は不死の怪物の怪物の誕生させ、その力を手に入れることだと見ている」
「ワイもなんとなくそんな気がするけど……あんさんがそう思う根拠は?勘か?」
「勘は勘だが、経験に基づいた勘だ。エレシュキガルを欲する者と幾度も対峙してきたが、大切な者に生き返って欲しいと願う者は総じて必死で泣きそうな顔をしていた」
「あの男にはそんな感じ一切しなかったわね」
「あの不愉快極まりないにやけ面は不死の怪物の力を使い、自らの野望を果たそうとしている者の顔だ。間違いない」
オルコは確認するように、力強く再度頷いた。
「オルコさんの勘が正しいなら、のんびりしてられませんね」
「すぐにでも追わねぇとな」
「いや、まだ僅かだが猶予はある」
「え?」
今日何度目かの戸惑いの表情を見せる面々の注目を一身に浴びながらオルコは懐からあるものを取り出す。
それは一枚のお札だった。古代の文字がびっしり書き込まれたお札であった。
「お前達は見ていないが、この封印の札がエレシュキガルには七枚ほど貼られていたんだ」
「封印の札ってことは、それがくっついている限り、死者蘇生は行えないんですね?」
「あぁ、その通りだ」
「けれど、だとしたら殷則の奴は落ち着き過ぎじゃないか?奴は封印を解く方法をすでに……」
「残念ながら、それもその通りだと言うしかない。この札はあくまで最後の悪あがき、一流の術者なら時間をかければ、剥がすことができるだろう」
「だから僅かな猶予……」
「その肝心な時間ってのはどれくらいや?」
「およそ一枚につき一日……一週間前後でエレシュキガルはこの世に解き放たれるであろう」
「マジか……」
皆の顔が一様に曇り、ヘリの中の空気が一気に重くなった。
こんな時は彼の出番である。
「おいおい!何、暗くなっちゃってのよ!!」
「アピオン……でも……」
「確かに短い……短いよ。だけどよ、何もできないってほどでもない。おれっち達ならいくらでも封印解除前にあのこそ泥どもを取っ捕まえる方法を思いつくはずだ!だろ!!」
妖精が持ち前のポジティブシンキングを発揮!みるみる皆の目に輝きが戻っていく!
「君の言う通りだね、アピオン」
「せやな。とっとと奴らの行き先を見つけて、ボコボコにしてやればいいだけの話や!」
「そうそう」
「なんかなるようになる気がしてきた!」
「その意気だ、この時代に生きる者達よ。その意気で、もしもの時のために不死を殺せる武器も死にもの狂いで用意しろ!」
「はい!オルコさ……ん?」
「ん?」
「んん!?」
トモルは眉を八の字にしながら、怪訝な顔でオルコを見つめた。
「どうした?桃色の竜よ」
「いや、今……不死を殺せる武器を用意しろと言いましたか?」
「言った?」
「死なない怪物を殺せる武器があるんですか?」
「ある」
「あるんかい!!って痛あぁぁっ!?」
ケントは腹を抑えてのたうち回った。
「学習能力がないのか、このアホは」
「アホだからな」
「くそ……さすがに返す言葉があらへん……!」
「アホも納得したみたいだし、オルコのおっちゃん、今言ったことは本当か?」
「本当も何も……お前らの目の前にあるだろうが」
「え?」
オルコが人差し指をピンと伸ばす。
その先にはトモルが、正確にはトモルが首から下げている十字架、待機状態のドラグゼオがあった。
「ドラグゼオが……不死を殺せる武器?」
「本当に何も知らないんだな。そいつの炎で傷を治していただろう、このアホの」
「はい、アホのケントさんの傷を治しました」
「お前ら、あとでしばく……!」
「話の腰を折るな、アホ。で、その逆ができることは?」
「ピースプレイヤーの自己修復や生き物の治癒能力を妨げる能力ですね」
「それだ。その力が不死の力を滅ぼす力だ」
「あの桃色の炎が……」
トモルは十字架を手に取り、じっと見つめる。さっきよりも重く、そしておどろおどろしく輝いているように見えた。
「戦いの最中にも言ったが、その鎧の素材は炎獄竜メルティーザ。その竜の放つ炎は時に傷を癒し、時に不死を殺し、不滅を滅すると言われている」
「大分スケールがちっちゃいが、トモルとドラグゼオのやっていることと一緒だな。つーか、長老にそんな話を聞いたことがあったような……」
「だったらきちんと覚えておくべきだったな。ルツ族のお前が事前にその話をしていれば余計な手間を省けた」
「サーセン」
アピオンは小さい頭をヘコヘコと上下させた。
「まぁ、今さら言ったところで仕方ないか」
「せやせや!大事なのは問題が解決したこと!もう不死の怪物なんて恐れる必要ない!」
皆もケントと同じ事を思っているようで、穏やかな笑みを浮かべている。しかし……。
「それなら我はわざわざ“準備しろ”など、言わないさ」
「え?それってどういう……?」
「ついさっきのことも忘れたのか?お前は土使いに『不戦の矢』を撃ち込まれていただろうが」
「あっ!」
トモルは慌てて矢が飲み込まれた場所を擦った。
「ドタバタしていたから今の今まですっかり忘れていたけど、そう言えばぼく、あいつに矢で撃たれたんだった……」
「何!?何でそんな大事なことを忘れてんだよ!!」
「だって特に痛みとか感じないし、傷もまったく……」
トモルが服を捲って見せたが、言葉通り彼の肌にはかすり傷一つついていなかった。
「当然だ、不戦の矢は殺傷のための武器ではないからな」
「じゃあ、あの矢は一体……?」
「その名の通りさ。矢を撃ち込まれた相手は、矢を撃ち込んだ相手に……一切の敵対行為ができなくなる」
「!!?」
瞬間、トモルの脳裏にとある場面が蘇った。殷則を追跡しようとしたのに、できなかったことが……。
「その顔、心当たりがあるようだな」
「……奴を追おうとした時、炎が出せなくなりました……」
「決まりだな……残念だが、不死殺しの武器はあるが、矢のせいで使えない可能性が高い」
オルコは深いため息をついて、目を伏せた。
「で、でもよ!戦えないのは矢を撃った殷則って奴だけなんだろ?」
「今の話だと、不死の怪物相手にするには何ら問題ないように思えるのだけど?」
「そ、そうですよ!殷則さえ相手にしなければ、ぼくとドラグゼオは……」
「その可能性も無いわけではない。だが、我はそれこそ最悪のパターンを想定して言っているのだ」
「最悪……」
「繰り返しになるが、不死の怪物を生み出す時には対価が必要だ」
「発動者の寿命だろ!覚えているつーの……あ」
アピオンは気づいた。いや、彼だけでなく他の者も絶望的な答えにたどり着いてしまった。
「殷則の寿命によって生まれた不死の怪物は、彼の持ち物もしくは一部、下手したら彼自身と不戦の矢は判断する可能性があるってことですね……?」
「そうだ。我も矢については専門外だから、絶対にそうだとは言い切れんが、自我のなくなったそれを操れるくらいの強い繋がりがあるとなると、その可能性は十分にあると思う」
「少なくとも殷則の奴はそう思ってドラグゼオに切り札である不戦の矢を使ったんでしょうね……」
「メルヤミさん……」
「あいつはあたしの名前を知っていた。言っても有名人だからその時は別に気にしなかったけど、迷いなくドラグゼオを狙うあの動きから察するに……奴は事前にリサーチしていたのよ。不死の怪物の天敵となる存在をね。最初からいざという時に矢をドラグゼオに使うつもりで……!!」
メルヤミは悔しさからか親指の爪を噛んだ。
「気持ちはわかります、お嬢様。私もあの時、奴に足止めされずに矢の発射を止められていたらと思いますよ」
「そう、あの時あたしが……!」
「ですが、それは過ぎたこと、前を向きましょう。アピオンに倣ってポジティブに考えるなら、不死の怪物との対決の土壇場に使用されるよりかは遥かにマシです」
「言われてみればそうだな。マジでそれやられたら何が起きたかわからずにやられていたかも」
「ですので、今は奴に早めに切り札を使わせたことを喜んでください」
「……さすがに喜ぶ気にはなれないけど、悲観する気も無くしたわ。ありがとう、ジョゼット、アピオン」
まだまだ固いがほのかに緩んだメルヤミの顔を見て、ジョゼットとアピオンは親指を立て合った。
「古代人様……いえ、オルコ様は準備しろとおっしゃいましたね?」
「言った」
「ならば準備が、ドラグゼオを再び元の状態に戻すことができるということですね」
「あぁ、方法はある」
「それをご存知で?」
「無論。聖なる水を飲ませればいい。飲めばたちまち矢が排出され、砕け散るとされている」
「デトックスみたいなことですか?」
「そのデトなんちゃらの意味はわからんが、まぁ戦えない状態から回復するのは間違いない」
「それでその聖なる水は?」
「一例を上げると、この世のどこかで湧き出ている聖なる泉だな」
「その泉の場所は?」
「我が知るわけないだろうが!」
「何でそんな偉そうやねん!って痛ぁぁっ!?」
何故か胸を張ったオルコに反射的にツッコミを入れ、ケントはまたまた悶え苦しんだ。
「学習しないな、このアホは」
「自分の性が恨めしい……」
「アホのことはどうでもいいわ。泉の場所がわからないなら……」
「そちらも知らぬか。ならば別の聖なる水を」
「他にもあるの!?」
「さっき一例を上げるって言っただろうに。泉だけでなく、オリジンズ『カジュルル』の涙もまた聖なる水と呼ばれ、同様の効果、不戦の矢の解呪ができるとされている」
「カジュルル……トラウゴット!!」
「はっ!!」
メルヤミに命じられるコンマ何秒か前から、トラウゴットはデバイスでカジュルルについて調べていた。
「……ウレウディオスのデータベースにありました。カジュルルというオリジンズは『バーの樹海』に住んでいるようです」
「バーの樹海……確かあそこは」
「ええ、『ドリン族』という仙獣人、ブラッドビーストの元になった部族の一つが住んでいるところです」
「コンタクトは?」
「基本的には外界とは接触を取っていないようです。しかもどうやら問題のカジュルルを神聖視しているようで……」
「そう……」
メルヤミはそっと目を閉じる。余計な情報を遮断して、全てのエネルギーをその頭脳に集中させるために……。
彼女は頭の中での幾重ものシミュレーションを終えると、目とそして口を開いた。
「ジョゼット!オルコ様!」
「はっ!」
「えっ?我も?」
「この時代はあたし達の時代!だからあたしの言葉に従ってもらいます!」
「お、おおう……」
メルヤミな有無を言わせない迫力に、オルコは思わず首を縦に振って了承してしまった。
「二人にはゾーイ以外のメイド達とテュシア盗賊団もとい殷則とエレシュキガルの足取りを追って居場所を探ってもらうわ。とりあえず回収した団員達を尋問して」
「了解した。奴が仲間にした仕打ちと、我の聞いた話を教えれば、最低限の知能があるなら口を割るだろうて」
「所詮は捨て駒だから大した情報を持っていないかもしれんが、知っていることは洗いざらいしゃべってもらう……どんな手を使ってもな」
「あたしはゾーイと元々の予定通り、アーティファクト、アピディウスの獲得に動くわ」
「アピディウス?なんだそれは?この状況で優先すべきことなのか?」
「アピディウスは古代の武器で文献では、炎を発し、それで焼かれた傷は永遠に治らないとされているの」
「桃色の竜の鎧と一緒、炎獄竜メルティーザの遺骸から作った武器か」
「その可能性があるかもしれないからドラグゼオが炎を使えなかった時の保険にね」「共通点があるからってだけで、調査を進めていた甲斐がありましたね」
「きっと天の啓示よ」
「把握した。武運を祈る」
「ありがとう、オルコ様。で、そのドラグゼオというかトモルはアピオンとトラウゴットと共にバーの樹海に向かって。カジュルルの涙でデトックスしてきなさい」
「必ず」
「おうよ!!」
「全身全霊で使命を果たします」
「最後にケントは……」
「悪いが、ワイはナベシマのくず野郎のリベンジのために勝手させてもらうで」
「あなたならそう言うと思っていたわよ。好きにしなさい」
「さすが!そこまでしてくれたなら、あのワイ以上のアホはズタボロのコテンパンにするしかないな!」
ケントは自らの手のひらに拳を叩きつけて、気合を入れた。
「理想はできるだけ早くそれぞれの任務を完了させて、万全の状態でテュシア残党を襲撃だけど、そんな悠長なことをやってる場合でもない!」
「ですね」
「では、私達が奴らの居場所を見つけたら、すぐに我らだけでも?」
「いえ、それにプラスして、アピディウスを手に入れたあたしか完全復活を遂げたドラグゼオが合流した場合にすぐに行動に移す。そこまでに間に合わなかったメンバーは置いていく……いいわね?」
「異議無し」
「当然やろ」
「その条件なら私達は基本的に置いていかれることはないか」
「だったら何も問題はない」
「よし!では、それぞれ最善を尽くしなさい!この世界の平和のために!!」
「「「おおう!!」」」
生まれも育ちもどころか生きてきた時代も違う者達の心が一つになって発せられた声がヘリの中に、そして世界にこだました。




