おまけ:ウシャマール物語
ケヌリウス・ウシャマールほど傍若無人、残虐非道という言葉が似合う男はいない。
彼の親は所謂奴隷と呼ばれる者で、彼もまた奴隷として生まれながらにして蔑まれ、罵られ、こき使われていた。
ある日、主人に命じられ、一週間山で野宿をすることになる。その時の彼には何のためにそんなことをするのかわからなかったが、主人の命令は絶対なので、納得してなくても従うしかない。
三日目の夜、就寝しようとしたところ、オリジンズに襲われる。
その瞬間、理解する。自分が捨てられたことに。
彼は逃げた。必死になって、漆黒の闇に包まれた野山を宛もなく、駆けずり回った。
だが、逃げ切れなかった。
オリジンズの爪が背中に触れると、真っ赤な鮮血が飛び散り、強烈な痛みが全身を駆け巡った。
倒れた彼は薄れゆく意識の中で、自分をこんな目に合わせた主人と、自分を守ってくれなかった両親を罵倒した。生まれ変わったら、必ず殺してやる……と。
すると、奇跡が起こる。傷はみるみるうちに塞がっていき、全身に力が漲り、その姿は人間とはまったく別物になってしまったのだ。
神の祝福を受けた者とも、その化身とも言われるレスレヒートとして覚醒したのだ。
彼は目覚めたその圧倒的な力で襲って来たオリジンズを返り討ちにすると、そのまま山にいる命という命を殺し尽くした。
そして夜が明けると同時に山を降り、故郷に帰ると、彼を待ち受けていたのは、予想よりもずっと残酷な光景だった。
彼の両親が今まで見たことのない豪華な食事を取っていたのだ。
自分のことを守ってくれなかったと思っていたが、違った。彼はこの食事を得るために両親に売られていた。
それを悟った瞬間、怒りに身を任せ、両親を殴っていた。そしてそのまま半殺しにして事の真相を聞き出した。
主人は仲間内で賭けをするのが好きな人間だった。ある時、奴隷を山に捨てて、生き残れるかどうかの賭けをしようと思いつく。そして白羽の矢が立ったのがケヌリウスであった。
当初は両親も娯楽のために息子の命を危険に晒すことに反対していたのだが、いくばくかの金をちらつかせると、あっさりと考えを改めてしまった。血の繋がった両親からしてもケヌリウスの命はその程度の価値しかなかったのだ。
話を聞き終えると、彼は両親を手にかけ、主人の下へ。警備の者を殺し、家に入ると主人はちょうどケヌリウスが死んだかどうかを友人達と話しているところだった。
ケヌリウスは主人以外の者をこれまた殺すと神の如き力を目の当たりにした主人は全財産を渡すから許してと懇願してきた。
当然、許すわけはなかった。そもそも財産など殺して奪えばいいだけだ。
ケヌリウスは主人を力任せにバラバラに引き裂くと、そのまま町の住人を虐殺し始めた。彼からしたら自分に手を差し伸べなかった町民も同罪なのだ。
異変を嗅ぎ付けた国の兵士が来た時には、町は真っ赤に染まっていた。国家としてそんな暴挙を許すわけにはいかず、ケヌリウスはお尋ね者として指名手配されることになる。
数年後、その国の玉座に座っていたのはケヌリウスであった。
襲いかかる兵士を殺し、目についた人間をひたすらに殺し、遂には王の首をも落とした。
奴隷だった彼は王になったのだ……ウシャマール国の。
ケヌリウス・ウシャマールとして、血染めの王となった彼がまず行ったのは、妃選びであった。
獣欲を満たすためではない。体裁を整えるためでもない。彼はここからさらに上に行くためには、自らの血を引いた凶悪で、残虐で、絶対的な力を持った手駒が必要だと考えたのだ。
何百人の女と交わり、何千人もの子供を産ませ、ある程度の年齢に達すると、自分がされたように狂暴なオリジンズのいる山に置き去りにした。
結果、残ったのはたった六人だった。
一番目の子、ゾアース・ウシャマールは全ての物事を自分にとって得かどうかで判断する男だった。自分にとって必要のないと思った人間は、その身体から発せられる強烈な光でこの世から跡形もなく、消し飛ばした。
二番目の子、マトゥア・ウシャマールは強さを求めた。強者の噂を聞きつけると、すぐに会いに行き、すぐに殺した。その周りにいる者達もついでに殺した。ただ自分の強さをひけらかしているようにしか見えなかった。
三番目の子、セビィット・ウシャマールはオリジンズの研究に勤しんでいた。自らの手で品種改良したオリジンズの能力を計るために、町にそれを放ち、虐殺を行った。
四番目の子、ジャド・ウシャマールは武器の扱いに長けていた。新しい武器が手に入ると、試し切りだと目についた人間を殺し、屍の山を築いた。
五番目の子、エメリア・ウシャマールは唯一の女性だったが、その残酷さは兄弟随一だった。とにかく人の悲鳴を聞くのと、人の肉を切り裂くのが好きで、彼女はいつも血で化粧をし、断末魔という名の音楽にまみれて、妖艶な笑みを浮かべていた。
六番目の子、タリク・ウシャマールは兄弟で一番傲慢だった。自分以外を家畜と呼び、いずれは父を殺して、王になることを夢見て、人と町を真紅の炎で灰にし続けた。
このたった六人の兄弟に隣国は次々と滅ぼされ、ウシャマール国は領土を増やしていった。
ある日のこと、各国、各集落の責任者が集まり、ウシャマールの侵略に対抗する手段を考える場を儲けた。しかし、一向にいい考えは思い浮かばない。
その時、突然銀色の竜の紋章を身に着けた男が会議場に入って来て、不躾にこう言った。
「お前らが泣いて頼むなら、我がウシャマールを全て滅ぼしてやってもいいぞ」
その場にいた皆はその言葉を聞いて、首を……横に振った。
「いいえ、結構です。自分たちのことは自分たちで守ります。でなければ、ウシャマールを退けても、また新たな暴虐の徒が現れた時に対抗できなくなる。これからのことを考えて、あなたの力は借りません」
銀色の竜はその答えを聞くと、満足そうに笑みを浮かべた。
「その心意気、気に入った。ならば、我自身が力を貸すのではなく、ほんの少しの知恵を与えてやろう。あのウシャマールの兄弟を封印する術を教えてやる。それを使うか使わないかはお前達が決めるといい。父親については、お前達の答えがどうであれ、最初から我が手で生と死の間に連れていくと決めていた。だから、お前らは兄弟達のことだけを考えていろ」
銀色の竜はそう言うと、棺のような道具の図面が描かれた紙を残して去って行った。
その数日後、ケヌリウス・ウシャマールの姿が忽然と世界から消える。
父を失ったウシャマール兄弟はそれぞれ独自に動き始める。統制がなくなり、心の赴くままに暴れる彼らは無垢の民達にとってはケヌリウスがいた時より脅威だった。
追い詰められた各国の指導者は銀色の竜に渡された図面を元に棺を完成させ、それに兄弟を封印することを決めた。
多くの犠牲を払ったが、一人、また一人と封印していき、遂に六人全てを棺に閉じ込めることに成功する。
平和が戻った。しかし、それは一時のこと。いずれウシャマールの兄弟が復活するであろうことはわかっていた。だから、民達は彼らを今度こそ打ち倒せる武器を長い間かけて研究し、作り出した。
それが遠い未来、優しく強い心の持ち主の手に渡ることを祈りながら……。




