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No Name's Trust  作者: 大道福丸
本編
51/100

おまけ:トゥレイター物語

 トワルは何もない小さな国だった。資源もなければ、名産もない、観光するような場所も一切ありはしない。だが、だからこそこの国は平和と幸せを享受できていた。

 ラクシア帝国は強大な大国であった。その圧倒的な軍事力で隣国を次々と侵略、支配して行った。しかし唯一トワルにだけは一切見向きもしなかった。なぜならあそこには何もないからである。

 その日、事態は一変する。

 雨が降り、ラクシアから程近いトワルの土地が水分を含み崩れた。そこには大量のオリジンズの化石が眠っていた。

 今までトワルなど歯牙にもかけていなかったラクシア帝国であったが、考えを改め、侵攻を決定する。さらにその小国侵攻には新型ピースプレイヤー、『パトリオット501』が投入されることになった。

 しかし、愛国者の名を持つそのマシンの開発者であり、近年の帝国に疑念を抱いていたブレント・オーガスト博士はそれに対し、反対の声を上げた。

「トワルを落とすのに、パトリオットは過剰戦力だ!そもそも武力侵攻しなくとも、オリジンズの化石が欲しいなら、話し合いでどうにでもなるだろ!こちらの方が力は上なのだから脅しをかければ十分!無駄に命を奪うようなことをしてはいかん!」

 ラクシア帝国皇帝ニーチャス・ディマンシュはオーガスト博士の必死の懇願に淡々とこう返した。

「無駄に命を散らしたくないというなら、それこそパトリオットの力でオリジンズの墓を一気に占領するべきだ。犠牲とは戦力が拮抗している場合が一番多くなる。我がラクシアとトワルではそうはならない。奴らもそれがわかっているし、我が国の国境とも近く、人の住んでいないところだからな。きっとすぐに墓を明け渡し、戦いは終わるさ」

 オーガスト博士はその言葉を信じることにした。パトリオットを投入することが、トワルの平和に繋がると……。

 実際にオリジンズの墓の占領はトワルがパトリオットを恐れて、無抵抗だったためあっさりと終わった。彼らにとって領土や獣の骸よりも自分たちの命と平和が最優先だったのだ。

 しかしパトリオットは侵攻を止めなかった。トワルには他にも手付かずのオリジンズの墓があると考えたのだ。

 占領したオリジンズの墓を拠点に各町に侵攻、そして虐殺。平和であることしか価値のなかったトワルをラクシア帝国とパトリオットは血で真っ赤に染め上げた。

「あんな奴の言葉を信じた私がバカだった!!欲望に負けて、言われるがままパトリオット501を開発した私は本当に……大馬鹿だ……!」

 オーガスト博士は激しい怒りと後悔に苛まれた。自分の作った兵器が罪もない人達を殺していると思うと、死にたくなった。そして……。

「斯くなる上は……!」

 オーガスト博士はトワルに亡命した。パトリオットを超える新型ピースプレイヤーの設計図と共に……。

 ニーチャスはオーガストの裏切りに怒り狂った。

「私とラクシア帝国を裏切る者は何人たりとも許さん!トワルに六妖将軍を派遣せよ!オーガストともどもトワルを滅ぼせ!!火の海にしろ!!」

 この時、一人の男が声を上げた。

「六妖将軍全員で行く必要なんてありませんよ、陛下。どうかこのカーヨウ・トリーティにお任せください。私が必ずやオーガストの首を獲って参ります」

 ニーチャスはその提案を受け入れ、トワルには六妖将軍の一人カーヨウが派遣されることになった。六妖将軍の中でも苛烈で知られる彼によって、トワルとオーガストは為す術なく、滅ぼされることになると誰しもが思った。

 けれども、カーヨウは暴力ではなく、言葉でトワルと対峙した。

「オーガスト博士を引き渡してくれ。彼の身柄を確保すれば、ニーチャス皇帝陛下の怒りを収めてくれるだろう。だから、どうか賢明な判断をしてくれ」

 カーヨウもまた近年の皇帝のやり方に不信感を持っていたのだ。彼はこれ以上トワルを傷つけないために、手柄を上げ皇帝と交渉の場を設けるために、あえてトワル侵略の指揮官に名乗りを上げたのだ。

 だが、一連の侵攻でラクシア帝国を信じられなくなっていたトワル政府はカーヨウの提案を拒否。むしろこれをチャンスとばかりに交渉を引き伸ばし、侵略前に慌てて回収したオリジンズの化石を使い、新型ピースプレイヤーの開発をオーガスト博士に頼む。

 パトリオットのバージョンアップ版とも言うべき新型の開発は予想以上に早く進んだ。オーガスト博士が亡命してから三ヶ月後には31機の『トゥレイター502』、裏切り者の名を持つマシンが完成する。

 時を同じくして、ニーチャス皇帝は一向に侵略もオーガスト博士を捕まえることもできないカーヨウを更迭。代わりに六妖将軍で最も残忍だと言われるドームス・サーバドをトワル侵略の指揮官に任命する。

 再び戦端が開かれることに、自らが開発した愛国者と裏切り者、兄弟機同士が争うことに、その結果、多くの人命が失われることにオーガスト博士は恐怖し、震えた。

 そんな彼にその男は優しく微笑みかけた。

「安心してください、博士。すぐに、そしてできるだけ双方に被害を出さずに終わらせますから」

「君は……」

「わたしはバージル・水無月。トゥレイター隊を指揮し、この下らない戦争を終わらせる男。そして、稀代の名軍師として歴史に名を残す男ですよ」

 オーガスト博士はその飄々とした男のことを初めは信じられなかったが、すぐに考えを改める。いや、正確には改めざるを得ない結果を見せつけられた。バージル率いるトゥレイター隊が六妖将軍の一角サーバドを討ち取ったのだ。

 ニーチャス皇帝は当然激怒。さらに六妖将軍を投入する。しかし、それもバージルの巧みな用兵とトゥレイターの性能によって退けられる。

 六妖将軍の半分である三人が打ち倒され、それを成し遂げたトゥレイターの更なる量産のニュースがラクシア帝国をかけ巡ると、国内に反戦ムードが漂い始める。元々燻っていたニーチャスへの不満が遂に大火となって燃え広がっていったのだ。

 ニーチャスはこれに対し、強引な取り締まり、言論弾圧を行ったが、むしろその行為が逆効果となり、反ニーチャス勢力はさらに拡大していく。

 バージルはこの時を待っていたと、六妖将軍の中でも反戦派であり、冷遇されていたカーヨウとゲーツ・モーンタークに秘密裏に接触。トワルが注意を引き付けている間にクーデターを起こしてくれと、提案した。

 二人は悩み抜いた末に了承し、トワルの進軍と共に蜂起。王宮内の人間からも見限られていたニーチャス皇帝は拍子抜けするほど、あっさり討ち取られ、ラクシアは暴虐の王から解放された。

 その後、ニーチャスの甥である十歳のヒーヴィス・ディマンシュを新たな皇帝とし、トワルに占領した領土を返すと、戦争は終結した。開戦から八ヶ月後のことだった。

 後にオーガスト博士はこう語る。

「世間は私のことを勇気あるとか、正義の人とか褒めてくれるが、祖国を裏切ったことには変わりない。私は二度と故郷の地を踏むこともなければ、その資格もないだろう。どこまで行っても裏切り者は裏切り者、私もトゥレイターも恥ずべき存在だ」

 一方、バージル・水無月はこう語る。

「数でも兵の質でもトワルはラクシアに圧倒的に負けていた……わたしの知略でもどうにもできないくらいにね。そんな絶望的な状況に光を与えてくれたのが、オーガスト博士とトゥレイター502だった。あの人とあの人の作ったマシンはこの世で最も気高き裏切り者だ。トワルの人間達からしたら、彼らには感謝の気持ちしかないよ」


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