勇敢な兵士①
森を抜けた先には一本の道がひたすら続いていた。
その横には小さな草花が生い茂り、上を見上げれば青空が広がっている。そんな暗い森とは打って変わって開放的でハイキングにぴったりの空間を一人と一匹は進み続けていた。
「本当、何もねぇな」
トモルの顔の横を飛びながら、アピオンは視界に移る景色の率直な感想を呟いた。
「ピーヌスって国はそこがいいんだよ」
「それって褒めてるのか?」
「もちろん。都会の喧騒に疲れた人が癒しを求めて旅をする場所なのさ」
「じゃあ、ウレウディオスの奴らも癒しを求めて?」
「それはどうだろう?自然に囲まれたいにしても、もうちょっと交通の便のいいところにぼくなら施設を作るけどね……」
トモルはここまで来るのに、あの大きな森のせいでかなりの距離徒歩移動を強いられている。その不満と疲労はかなり大きく、彼を辟易させていた。
「まぁ、お金持ちの別荘なら自家用ヘリとかで行けるぐらいのところがちょうどいいんじゃねぇか?」
「かもね。少なくとも生半可なパパラッチはあの森に入ったら、遭難して死んじゃうはずだから」
「つまりお前はパパラッチなら超優秀な部類ってことだな。そっちの方が安全に儲けられるんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、他人のケツなんて追っかけたくないよ。それに自分がやられて嫌なことは相手にもするんじゃないって言うだろう?ぼくはプライバシーを覗き見られるのは嫌だから、他人に対してもしないよ。勝手に推測はすることはあるけどもだけど、それも発表をせずに心の奥に留めておく」
「ふーん」
「何?なんか納得いっていない様子に見えるんだけど?」
「人の嫌がることをしないって言うなら、森で出会った二人にもうちょい別の対応があったんじゃないかと思って。色んな意味で辛辣というか苛烈過ぎないか、あれ?」
「あ、あれは優しさだよ!あれぐらいやらないと自分の実力不足を理解しないで、この後もっとひどい目に会う可能性もあったんだから念入りにね!」
「へぇ、優しいこって、トモル様は」
「そうだよ!ぼくは優しいんだよ!そんなわかり切ったことを言ってないで急ぐよ!このままだと日が暮れちゃう!」
トモルはあたふたと汗を噴き出しながら、足の動きを速めた。
「多分、そろそろ見えてくるはずなんだけど……」
「確かここら辺地図だと丘になっていたはずだから、道も下りになってくる……ん?」
先に気づいたのはアピオンであった。彼の後に続いてトモルもそれに気づき、頭を抱える。
「おい、トモル」
「あぁ、まただよ、また……」
眉間に深いシワを刻み、急に重くなった足を必死に動かして、トモルはそれに、道の先で仁王立ちになっている大男に近づいて行った。
「はっはー!!よくあの森を抜けて来たな、勇者よ!!だが、お前の物語は終わりだ!!」
男の前に行くと、そいつはそう言って腕を組み、足を広げ、門番の如く立ちはだかった。
「もしかしてここでぼくを選別やら試験やらしようと思っていますか?」
「おっ!勘がいいな!お前もウレウディオスの依頼を受けに来たんだろうが、半端な実力じゃ痛い思いをするだけだ!だから俺が力を測ってやる!まぁ、合格することはあり得ないがな!」
ドレッドヘアーを揺らしながら、楽しそうに笑う男の姿はパストル先生と同じく憎たらしく、トモルを苛立たせた。
なので一刻も早くこの不快な男との関係を断ち切ることに決めた……乱暴な方法で。
「わかりました。時間がないので、とっととやりましょう」
鞄を下ろし、首にかけていたタグを出す。
「アピオンは下がってて……って」
「おれっちのことは心配するな!」
顔の横にいたはずのアピオンは言われるまでもなく、遥か後方に下がっていた。
「……まったく話が早くて助かるよ……」
「お前もな。今まで来た奴の中には俺の姿にびびって、話し合いでなんとかしようとする臆病なバカも多かったからな」
「ぼくもできることなら平和的にいきたいんですけど」
「俺達の生きる世界はそんなことが許される場所じゃないだろ」
「おっしゃる通りで……というわけで、出ておいでトゥレイター502」
タグが光に変わり、そして桃と黒の装甲に!トモル・ラブザの愛機が再び顕現した!
「ほう、トゥレイターか……渋いチョイスだが……わかってるな」
「褒めていただいているのに、あまり言いたくないですけど、これを選んだのは大した考えなんてなくて、いくつかあった候補の中で名前が一番気にいったから購入しただけなんですけどね」
「だとしても直感が優れているということだろう!戦士としての直感が!!」
男は腕を空に向かって突き上げた。その手首で太陽の光を反射して、腕輪がキラキラと光る。
「そういえば名乗っていなかったな!俺の名前は『ジョゼット・アイメス』!トレジャーハンターだ!そしてこれが俺の自慢の愛機!!」
反射ではなく、腕輪自体が光を放ち、ジョゼットを包み込む。その光が収まるとそこには機械鎧が立っていた。
「これが俺の『ブラーヴ・ソルダ改』だ……!!」
重厚な装甲に身を包み、ジョゼットの大きな身体はさらに一回り巨大化していた。だが、それ以上にトモルが驚いたというか、嫌気が差したのは……。
「また青か……」
ブラーヴ・ソルダ改は青色をしていた。
正確には深い青とトゥレイターのように黒色が差し色として入ったツートーンカラーであり、パストル先生のベッローザ・ブルーとは違うのだが、先ほどジョゼットの言動からしてトモルの目には同じにしか見えなかった。
「ん?またって、前にも青色のマシンとやりあったのか?」
「ついさっきね」
「はっ!今日のラッキーカラーならぬアンラッキーカラーだな!」
「らしいですね……それにしても……」
色のことに区切りがついたトモルは改めてブラーヴ改を観察した。すると過去の思い出がフラッシュバックした。
「そのマシン、元はプルなんちゃら社の商品ですね」
「『プルクラ』だな。さっきトゥレイターの話をしていた時はメカに関しては疎いのかと思ったが、詳しいじゃないか」
「それこそさっき話したトゥレイター購入の時の対抗馬だったんですよ、ソルダ。ぼくが勧められたのはそのブラーヴとかいう奴じゃなく、スタンダードなモデルでしたけど」
「そりゃ真面目な兵士『セリュー・ソルダ』だな。ソルダで一番安く、一番癖が……な!!?」
話の途中でトゥレイターは一気に間合いを詰め、ブラーヴ改の懐に入り込んだ!
「もらい」
地面が抉れるほど強く踏み込むと、顎に向かってフックを放った。森での青いマシンとの一戦と同じ初撃!あの時はクリティカルヒットして、パストル先生の意識を一瞬飛ばしたが……。
「あぶね」
「っ!?」
ブラーヴ改は顔を僅かに後ろに反らして、パンチをあっさりと回避した。
「手癖が悪いな……いや、悪いのは性格か……人に話を振っておいて、不意を突くとは……」
「賢いと言ってもらえませんか!」
怯むことなく、続けてトゥレイターは逆の手でストレートを放っ……。
「そんな攻撃……」
びたっ
「!!?」
フェイントだった。トゥレイターは拳を止めると意識の外になったブラーヴ改の下半身に向かってローキックを放つ!しかし……。
ガギィン!!
「ぐっ!?」
「足癖も悪いな」
ジョゼットはトモルの狙いを読んでいた。足を上げて、ローキックをガードする。
「話の続きだ。お前が勧められたのは無難な真面目な兵士、俺のブラーヴ・ソルダは近接特化……殴り合い上等の“勇敢な兵士”だ!!」
カンカンカンカンカンカンカンカン!!
反撃の一撃!いや一撃ではなく乱打だ!上から下からパンチとキックが襲いかかる!
けれど、トゥレイターも負けじとそれらを全て捌いて、致命的なダメージを受けることは防いだ!
(違う……!同じ青色だけどティーチャーパストルとはものが違う!ぼくの攻撃を防いだ勘の鋭さも、今のこの猛攻も積み重ねられた努力と経験を感じる……!この人は強い……!!)
トモルはジョゼットの認識を改めた。パストルのように勘違いした痛い奴ではなく、真の強者だと……そんな奴相手に考え事をしてはいけない。
「よっ!」
ガシッ!!
「しまった!?」
パンチに見せかけて、トゥレイターの襟元を掴んで来た。
「目の前の敵の動きに集中する……基本中の基本だぜ!!」
ブゥン!!
「――うっ!!?」
力任せに投げる!しょうもない手に引っかかったことを後悔する暇も与えてくれない!
「この!!」
しかし、トゥレイターは地面に叩きつけられることなく、空中でくるくると回転し、足から着地した。
「投げられたことは癪ですけど、距離を取る手間が省けたのは僥倖!外からチクチクやらせてもらいます!ガンドラグR!!」
ポジティブシンキング炸裂!トゥレイターは銃を召喚すると、慣れた手つきで青黒のマシンに狙いを定めた。そして……。
バン!バン!バァン!!
躊躇することなく弾丸を発射する!だが……。
「切り替えが早いのはいいことだ……だけど、ちょっと見通しが甘いんじゃねぇの?」
キン!キン!キィン!!
「なに!?」
ブラーヴ改がほんの僅かに身体を動かすと、弾丸は青黒の装甲に弾かれ、明後日の方向へと飛んで行ってしまった。
驚愕するトモル……ブラーヴ・ソルダ改の装甲の硬さではなく、その前のジョゼットの動きに激しいショックを覚えたのである。
(マシンの装甲もさることながら、あの動き……一瞬で弾丸の軌道を見切り、最もダメージを受けないところで防いだ……!そんなこと普通に回避することよりも難しいじゃないか!?)
戦闘に入る前はめんどくささとジョゼットのアレさに冷えていた心が、今は恐怖で凍えていた。
そしてその恐怖の元凶であるジョゼットはさらに容赦なく畳み掛ける。
「おいおい、見通しが甘いって言ったのは、その奇妙な鉄砲が通じないってことだけじゃないぜ」
「……えっ?」
「ブラーヴ・ソルダは近接特化と言ったが、遠距離武器がないわけじゃない……ましてや“改”を名乗るなら、そっちもそれなりに強くねぇとな!!」
ジョゼットの昂りが頂点に達すると同時に、ブラーヴ改の手に巨大な刃のついた円筒が生成された。そして、その切っ先を、円筒に空いた穴を茫然自失のトゥレイターへと向ける。
「それって……」
「お前の手に持ってる奴と同じさ!俺特注のスペシャルウェポンだ!!」
「バズーカに剣を付けたのか、剣にバズーカを付けたのかわからないし、わかりたくもないけど、バカ過ぎやしないですか!?それ、バカ過ぎやしないですか!!?」
「バカバカ言うんじゃねぇ!!」
ドゴオォォォォォン!!
「――ッ!?」
轟音と共に放たれた砲弾は地面に大きなクレーターを作った。かろうじてタイミングを読み切り、回避に成功したトゥレイターに砂利のシャワーが降り注ぐ。
「威力もバカみたいだ……!」
「イカしてるだろッ!!」
ドゴオ!ドゴオ!ドゴオォォォォォン!!
「むやみやたらに……!!」
バズーカを乱射!反動も凄まじいはずであろうが、あろうことか片手で微動だにすることなく乱射!
桃黒のマシンは逃げに徹することしかできない……二流以下にはそう見えるだろう。
(やはりいいな、あいつ。初撃こそ危うかったが、その一発で発射のタイミングを完全に見極めた。今も逃げ惑っているように見せかけて、こちらの隙を伺っている。センスも経験も十分だ)
ジョゼットはマスクの裏で満足そうに笑う。それと同時にさらに“先”を見たいと渇望してしまう。
(悪いが、私の方から先に仕掛けさせてもらうよ。君の実力が本物ならば対応して見せろ!)
「ん?」
ブラーヴ改は砲口を少しだけ下げた。そんなことをしたらトゥレイターには当たらないのに。いや、当てるつもりはないのだ。彼の狙いは……。
ドゴオォォォォォン!!
トゥレイターの三歩ほど先に砲弾が着弾!目の前が土煙のカーテンに覆われる!
「ちいっ!?目眩ましですか!?」
敵機を見失うトモル!そしてすでにその敵機は彼の横に回り込んでいた!
「うりゃあッ!!」
「――!!?」
ドゴオォォォォォン!!
容赦なく撃ち下ろされた大剣が地面を抉り、草花を宙に舞わせる!
ターゲットであるトゥレイターはというとこれまたギリギリのところで回避……否、胴体に深々と傷を付けられてしまった!
「こいつ!よくもやったな!!」
だが、そこで恐怖に押し潰されることなく、むしろ怒りの炎を激しく燃やして反撃に転じる!
「ブレード展開!」
ガンドラグRの上部から刃を展開し、斬りかかる!
「はっ!当たるかよ!!」
しかし、ブラーヴ改には当たらない!そしてまた彼も斬撃を繰り出す!
「おりゃあ!!」
「はあっ!!」
ザン!ザン!ザン!ザン!ザン!!
両者一歩も譲らず!激しい剣の応酬!けれどお互いに相手の刃を身体に触れさせることはなかった!
一見、互角に見える戦い……しかし、それは間違い。というより互角に見えることが本来はおかしいのだった。
(なんでこの人はぼくのスピードについてこれるんだ!?あれだけの大きさのもの、重量だって凄いはずなのに、トゥレイターに振り負けていない……!!)
そう、このクロスレンジでの攻防でブラーヴ改はトゥレイターと同等のスピードで渡り合っていたのだ!それは絶対にあってはならないことなのだ!
(なんて膂力だ……!そしてそれを最大限に生かすためのマシン……!わかっていたけど、改めてタモツさんやティーチャーパストルとは全然違う……!ピースプレイヤーの特性と装着者の資質ががっちりと噛み合っている……!)
今日何度目かになる戦慄。トモルの前に敗北の二文字がちらつき始める。だが、だからといって打開策がないわけではない。
(ベッローザの剣と撃ち合って砕けたガンドラグのブレードじゃ、斬り結ぶことなんて到底不可能……相手に対応できないスピードを出すしかない!ならば!!)
ザッ!!
「――ぐっ!?小癪な!?」
「さっきのお返しですよ」
トゥレイターは足下のブラーヴ改が砕いた砂利を蹴り上げ、目眩まし返しをした。
そしてできた一瞬の隙の間に距離を取る。
「なんだ?また弾丸の撃ち合いか?」
「いえ、ティーチャーパストル的に言えば、ギアを上げさせてもらいます」
「ほう……」
「ブレードオフ!からのブレード展開!リバース!」
トモルの声に応じガンドラグRの上部にあった刃は消え、代わりにグリップの底から新たな刃が形成された。
「さぁ……決着を着けましょう、ジョゼットさん!!」




