炎が描く軌跡の果てに……
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
全ての力を解放したドラグゼオは両膝に手をつき、肩で息をした。
「やっぱり……タリクの炎を吸収したからといって……一日二パニッシュメントは無茶だったかな……」
許されるならば、今すぐ横になりたいところだが、そうは言ってはいられない。普段より重くなった頭を頑張って動かし、周囲を見回す。
「今度こそ……倒せて……ますよね?」
(あぁ)
(タリクの気配は完全に消失した)
(君の勝利だ、トモル・ラブザ、ドラグゼオ)
頭に声が響くと装備されていた遺物が、勝手に宙に浮き、離れ、ドラグゼオの前に横一列に並んだ。
「そうですか……皆さんのおかげです」
ドラグゼオは腹に力を込めて背筋を伸ばした。それが感謝を伝えるのに、そして先人を送るための最低限の礼儀というものだから。
「いくんですね……?」
(我らは本来ならこの世に存在してはいけないもの……)
(だが、我が同胞をもて遊んだタリクを倒すために現世にとどまっていた)
(それが果たされた今、漸く天にいる同胞の下にいける……)
「きっと同胞の方もよくやったって、褒めてくれると思いますよ」
(どうかな?)
(結局、俺達がやったことは問題の先延ばし……本来は我らの時代で決着をつけるべきだった)
(けれど、当時のおれ達にはそれを為す力がなかった)
(だからこの武器と、それを正しく操れる強く清らかなる者を選別する遺跡を作った)
(未来を生きる者達を危険に晒し、迷惑をかけてしまうのは、とても心苦しかったが、奴を倒すためにはこれしか……)
(済まなかったな。我らの力が至らぬばかりに……)
「でも、まぁ……タリクを倒せたんで結果オーライってことで」
(そう言ってもらえると救われるよ)
(本当に君が我らのゲツタの民の想いを継いでくれる者で良かった)
(あぁ、改めて感謝する、トモルよ)
「いえいえ、こちらこそ助かりました」
ドラグゼオはペコリと小さく頭を下げた。
(フッ……気持ちのいい男だ)
「初めてそんなこと言われましたよ」
(もっと素直に生きれば、みんな言ってくれるようになるさ)
「それは……ちょっと無理そうですね」
(それもまたいいだろう。心の赴くままに生きればいい)
「……はい。人間、結局自分の意志を貫くことが幸せに繋がると信じています」
(他人の迷惑をかけない範囲でな)
「わかってますよ」
(そうか……ならば死者からはもう言うことはない)
(さらばだ、現代に生きる勇者よ)
(ありがとう、トモル……)
「ありがとうございます、ゲツタの勇者……」
別れを告げると三種の神器は一瞬で真っ白な灰になり、さらさらと風に流され、天に昇っていった。
「……さてと……ぼくも帰ると……」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……
「!!?」
突如として足の下の岩盤が、周りの岩壁が、大きく震え始める。
「これは……火山が活動し始めたのか!?いや、当然か……あれだけ大暴れしたんだから……!」
激闘を終えて緩んだ心を引き締め、ドラグゼオは急いで出口に……。
「くっ!?」
足が重かった。まるで泥に浸かっているように、まるで足枷をはめられているように、思うように動かせなかった。
(まずい……思ったよりまずいぞ、これは……!)
一歩一歩進むごとに身体にかかる重力は増していっているように感じた。さらに……。
(意識も……)
限界を迎えていたのは肉体だけでなく、精神もだった。視界が霞み、意識が朦朧とする。
「くそ!こんなことなら、もうちょっとマントの人に現世にとどまってもらって外まで運んでもらうんだった……!申し訳なく思うんなら、最後まで面倒見てから成仏してくれよ……!」
さっきの別れを台無しにするような文句を呟きながら、必死に足を進める。しかし……。
コツ……
「あっ……」
普段だったらなんともないような突起に躓く。一度倒れてしまっては、再び立ち上がる力は今のドラグゼオには……。
(終わった……もう一歩も動けない……躓いて終わりなんて、ドラグゼオを入手する時を思い出すな……あの時はアピオンが助けてくれたけど、今のぼくはひとりぼっち……)
「トモル・ラブザ!!」
(あぁ……そんなことを考えていたら、幻聴まで聞こえ始めた……ぼくを呼ぶ声なんて……)
「トモル!しっかりしろ!!」
(しかもよりによってメルヤミさんの声だとは……彼女はお父さんに止められて、火山に来てもいないのに……自分で思ってるより、彼女のこと気に入ってたのかな?)
「トモル!トモル!!」
(ピンクのトゥレイター……彼女に奪われたぼくのマシンまで見える……いよいよだな……)
トモルはゆっくりと目を瞑った……。
「起きろ!バカ!!」
ガギィン!!
「!!?」
トゥレイターがドラグゼオの下にやってくるや否や、頬をおもいっきりビンタした。ピンク色の手から放たれた衝撃はピンク色の装甲を貫いて、トモルの生身の皮膚に鋭い痛みを与える。当然、そんなことをされては目はばっちり冴えてしまった。
「え?え?現実?本当にメルヤミさん?」
「そうよ。ようやく夢の世界から帰って来たわね。ほら、肩を貸して上げるから立ち上がりなさい」
「ど、どうも……」
「よい……しょ!」
言われた通りトゥレイターの肩に手を回すと、半ば力ずくで起き上がらされた。
「さぁ、とっととここから出ていくわよ。この温度……さすがのあたしのトゥレイターでも長くはもたない……!」
「いや、トゥレイターはぼくの……じゃなくて!何でここにメルヤミさんが!?」
「そんなもの来たいから来たに決まってるでしょ。いいから口じゃなくて、足を動かしなさい!」
「は、はい!」
メルヤミの剣幕に足が重いなどと言ってられなくなったトモルは、さすがに走ったり、顔を上げることもできないが、先ほどまでが嘘のようにそそくさと出口に向かって歩き出した。
「メルヤミさん……」
「まだ何かあるの?」
「まだというか……来たいから来たって、それって大丈夫なんですか?お父様からあんなに反対されていたのに……いずれウレウディオス財団のトップに立つ者として、軽率じゃありませんか?」
「ふん!優秀な部下を見殺しにするようなトップに誰が付いてくるというの!あたしはあたしなりに考えた上に立つ者としての責務を果たしてるだけ!そもそも誰かの指示に大人しく従うような人間はトップに向いてないのよ!お父様だって昔はかなりやんちゃをしていたというのに……!」
「メルヤミさん……」
ぶつくさと文句を言うメルヤミを、トモルは頼もしく、そして好ましく思った。
(きっと彼女のように他人のために危険を犯せる人間、強く優しい意志を持つ者こそが頂点に立つべきなんだ。タリク・ウシャマール……ただ人を見下すことしかできないあなたはやはり世界を統べる王の器じゃない)
必死に前を、未来を見据えるトゥレイターの横顔にトモルの口元は自然と緩む。
「何、笑ってんのよ?」
「え?マスクごしなのにわかっちゃいました?」
「なんとなく……こんだけ密着していれば……で、何がおかしいのよ?」
「いや……さすが上流階級の人は違うな……って」
「……褒め言葉として受け取っておくわ」
「あと、ぼくは別にあなたの部下って訳じゃないです」
「言葉の綾よ。細かいわね、だから友達がいないのよ」
「手厳しいですね」
「まぁ、数なんて誇っても仕方ないけどね。本当に必要なのは、本当の友達っていうのは、うわべだけの付き合いじゃなくて、困った時になんとしても手を差し伸ばしてあげたくなる人、そして逆に自分が辛い時に動いてくれる人……そういう人が一人でもいればいいと思うわ」
「ですね」
「その点ではあなたは恵まれてるわね」
「……え?」
メルヤミが顎を動かし、顔を上げるように促す。それに従い、重い頭を上げると、そこには……。
「トモル!」
「ケントさん!」
「ラブザ!」
「ジョゼットさん!」
「無事か!?無事なんだな!?」
「トラウゴットさん!」
「おれっちもいるぜ!」
「アピオンまで……!」
ボロボロのヒガンマジロと同じくボロボロのツムゾルム、そしてこれまたボロボロのブラーヴ・ソルダ改二が待っていてくれた。
その姿を見た瞬間、その声を聞いた瞬間、トモルは目頭が熱くなるのを感じた。
「みんな……」
「信じられないことに、この状態であなた達が戦っていた超高温地帯に行こうとしていたのよ。あたしが来ていなかったら、どうなっていたことやら……」
「そうですか……」
「あら?あなたもしかして泣いてるの?」
「泣いてませんよ……泣きそうにはなっていますけど……」
「じゃあ、なんとかもう一押しして泣かせてやりたいわね」
「確かに、顔ぐちゃぐちゃにして泣いて欲しいわ!」
「気持ちはわかるが後にしろ。早くここから脱出しないと」
「せやな。もうすぐ噴火するっぽいし」
「わかるんですか、ケントさん?」
「わかるも何もさっきからずっと教えてくれてるやないの」
「教えて……?誰がです?」
「はぁ?この声が聞こえ……」
「だから!話は後にしろ!!とっととヒガンマジロに掴まれ!!」
「「は、はい!!」」
ジョゼットに一喝され、トモルとケントは慌ててヒガンマジロに掴まった。メルヤミは一足早く上の方に乗っかっている。
「みんな乗ったな!」
「はい!」
「では、トラウゴット様」
「うむ……ここからはフルアクセルのノンストップで行くぞ!落ちても回収に戻らないからそのつもりで!!」
「おう!!」
「そんじゃあ……アピオン号出発!!」
最後の最後に変な名前を勝手に付けられたヒガンマジロは四体のピースプレイヤーを乗せながら、全速力のホバー移動で来た道を逆走した!
「急げ!急げ!ゴー!ゴー!ゴー!!」
行きのヘリの時のようにアピオンが荒ぶる!それに応えるように巨大なマシンはエンジンを極限まで……。
ボゴォン!!
「「「うおっ!?」」」
ヒガンマジロが火を噴いた!もう限界が近いのだろう。しかしそれでも、もくもくと白い煙を出しながらもマシンは動きを止めることはない!
「もう少しだ……!もう少しだけもってくれ……!」
「いや、さすがにこのスピードじゃ負担が大きくてもたないんじゃないですか!?もう少しスピードダウンしても……」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
「「「いっ!!?」」」
後ろから鼓膜を破らんばかりの爆発音!熱風と共にキラキラと赤い火花が運ばれてくる!
「今の無し!アクセル絶対に緩めちゃダメです!!」
「全開や!全開!!ベタ踏みで固定や!!」
「頼むぞ、ヒガンマジロ……!せっかくタリクを倒せたというのに、噴火に巻き込まれて、全滅なんて……!」
「全然笑えないわ!!」
「あれだけの数の虫と戦い、勝ったんだ!お前の力はそんなもんじゃないだろ!!」
「そうだ!アピオン号は最強無敵!!」
「絶対に……絶対にみんなで生きて帰るんだ!!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
その日、ムーサ火山が噴火した。実に三百年ぶりのことだった。




